第199話「黄昏の荒れ野に向けて」
西方の炎風の面々やイルネらは目が覚めた。
今日からは、黄昏の荒れ野への調査に出掛ける。
朝食を済ませると支度をして、アグラム伯爵の城館に集まる。
探索に向かう者らを、伯爵も見送りの為に迎えた。
アグラム「困難な任務かと思うが、よろしく頼む。皆、無理はするでないぞ。」
伯爵や家中の者らに見送られ、サダらは馬上の人となり出発した。
一行は、まず北上しクライツ地方へと向かう。
アデレード地方の北がタガドール地方で、更に北がクライツ地方となる。
クライツ地方へは、馬で9日程であろう。
途中のタガドールと言えば、イナール大森林がある。
大森林の傍のタンドリアの町に立ち寄る事とした。
ここの町のギルドには、大森林に棲むフェムネらが出入りしているはずなのだが。
タンドリアの町に到着したので、まずは宿屋に向かい荷や馬を預ける。
ポイは、一度、小脱兎鳥らを解放していた。
そして、皆で冒険者ギルドに向かった。
「あら、サダさん達、お久しぶりです。おや、フェムネもお仲間にしてるのですか?」
顔を知っている受付嬢が、対応してくれた。
「今も、大森林のフェムネらは、ここにも出入りしているのかな?」
「ええ、毎日は来ませんが、数日おきに来てますよ。ここの依頼も受けていますし、町で買い物もしてます。」
「やっぱり、タンドリ団子が目当てなのか?」
「ええ、それもありますし、他にもいろいろ買っているみたいですよ。」
ポイ「タンドリ団子って、何?」
マレイナ「それ、美味しいよ。後で食べてみたら?」
ポイ「うん、食べてみる。楽しみだな。」
しばらく、ギルドで話し込んでいると、依頼を達成し終えた冒険者らが帰り始めて来た。
その中には、フェムネも混ざっていた。
「やや、見慣れない方がいるね。」
ポイ「おや、同族の方々、僕は、大魔術師のポイだよ。よろしく。」
「な、何と、ポイ殿ですと? 本物じゃろか?」
ポイ「本物も何も、僕は前からポイだよ。でも、寄り道してたら、300年位過ぎてたみたいだけどね。」
「それは、まことで。そうか、それで今まで誰も行方が解らなかったのか。」
フェムネらは、ポイが消えた理由に、納得しているようだ。
いや、人間ならば、そんな事をなかなか信じられないと思うのだが。
「フェムネは、名前を普通は、持たないんだ。だから、ポイの名前を持つ者は、ポイ殿しかいないはずなんだ。態々、それを他のフェムネが名乗るはずなどないんだ。」
イルネ「そうなの、あなた達?」
ポイ「うん、僕は大魔術師になれたから、ポイという名前をみんなから貰ったんだ。だから、大魔術師だからポイなんだよ。」
何やら、フェムネの中にも、習慣やしきたりなどもあるようだ。
ポイ「でも、久し振りに仲間に会えて嬉しいよ。」
ポイはフェムネ達と、町に散策に出掛けた。
多分、買い食いをするのであろう。
翌朝、宿を出ると、サダらは北上を続けた。
再び小脱兎鳥達を呼び寄せたポイは、その背に乗りながらタンドリ団子を食べていた。
マレイナ「さっき、宿で食べてたのに。」
ポイ「だって、この団子、美味しいから。」
イルネ「あなたには、何でも美味しいでしょ。」
ディーナ「そうそう、夜も朝も沢山食べてたわ。」
キオウ「体重を増やして、小脱兎鳥に嫌われないようにな。」
ポイ「大丈夫だよ。お腹いっぱいになったら、食べるの止めてるから。」
フォド「それは、止めた事になるのですか?」
馬と鳥を走らせ、サダらはクライツ地方に入った。
その西の外れである、ライドリアンの町に着いた。
ここを西に進めば、もうそこは国外である。
ラッカムラン王国側の最後の集落が、この町である。
そこは、田舎の中規模な町である。
一応、国境沿いではあるが、国外から誰かが来る事はまずない、最果ての土地と言っても良い。
それ程に、発展している場所でも無いのだ。
町から西の方角を見ても、特に変わっているようにも見えない。
宿で聞いてみたが、様子が変わるのは、国境を越えて更に進んだ場所からだそうだ。
「あの先に、あんた方は行きなさるので? それは、止めた方が良いですよ。行っても、何も無い場所ですし、危険な所ですから。」
町の人も、国境を越えて行く者も、ほとんどいないそうだ。
普通ならば、国境に検問所があるのだが、それは国境から離れたこの町にあると言う。
国境を越えるなら、町の検問所に一言挨拶をしておいた方が良さそうだ。
全員で向かうのも何だから、サダはイルネとキオウの3人で検問所に向かう事にする。
国境を越えても、どこかの国に入る訳でもないので、越境の許可などは不要らしい。
ただ、普通は行かない場所に向かうのだから、検問所に挨拶しておいた方が、後々の面倒も無いであろう。
検問所には、幾人かの兵士らがいた。
対応は、イルネに頼もう。
イルネ「こんにちは。私達、明日、国境を越えて黄昏の荒れ野に向かうつもりなんだけど。」
「荒れ野に向かうだって? 正気かよ、あんたら。止めといた方がいいぜ。そこは何もないぜ。」
イルネ「ええ、承知してるわ。でも、それが依頼なのでね。」
兵士らには、冒険者のタグを見せた。
「そうか、あんたら騎士なのか。それで、領主の命令なのか? 大変だな。無理はするなよ。あっちは、強い魔獣とか、うろついているからな。」
イルネ「気を付けるわ。お気遣いありがとう。」
挨拶は済ませた。
宿の女将も検問所の兵士らも、荒れ野を恐れているようだ。
それは、他の町の人も同じようだ。
夕方、皆で町の飯屋に入り、夕食を食べる。
店の中の他の客もひそひそ声で、荒れ野の噂をしていた。
町からは、距離があるので、日常で異変に出会う事は無いようだ。
だが、少しでも国境に近付くと、異様な魔獣の姿を向こう側に見るのだとか。
けれど、そいつらが荒れ野からは、何故か出て来ないようである。
荒れ野も国境を越えて進んだ場所にある。
その間には、まるで見えない壁があるようだと言う。
そこを越えた者には、命の保証も無いのだが。
その事を町の人間ならば、皆が充分に承知している。
だが、時たま、余所者が度胸試しのつもりか入り込む事があるのだとか。
その大半は、戻らない。
戻って来た者は、早めに引き返したか、気がふれた者なんだそうだ。
キオウ「おいおい、これから、そんな所に行くのかよ。」
フォド「ハノガナの迷宮と、どちらが危ない場所なのでしょうか?」
ディーナ「探索の途中でも、引き返す事も考えた方がいいかもね。」
イルネ「そうね。多分、あそこの全てを探る事なんて、まず不可能だわ。だから、みんなの安全が優先。無理に突き進むなんてしないように。」
「引き際の見極めも大切だな。」
イルネ「大丈夫。そんな事、今までに何度もあったわ。」
カディン「今度は、造る者とかは、助けてくれないでしょうね。気を付けないと。」
翌朝、宿を出た。
サダらは、町で食料など、必要な物を買い集めた。
往復で、10日程の物資を持って行く。
イルネ「ここまで必要かは解らないけどね。でも、現地で補充するのは不可能と考えておいた方が良いでしょう。」
キオウ「水も無いのか?」
「水は、魔法で作り出せば問題は無いだろう。」
フォド「魔法は、向こうでも使えるようですし、大丈夫でしょう。」
ポイ「不安はあるけど、未知の場所って、何だかわくわくするよ。」
ディーナ「本当に、フェムネは好奇心旺盛ね。向こうじゃ、美味しい物なんて無いわよ。」
ポイ「それは、凄く残念。次に行くなら、美味しい物が沢山な所がいいよ。」
イルネ「考えておくわね。」
一団が町を出て行く。
検問所の前を通るので、兵士らに会釈をした。
向こうも、挨拶を返して来た。
さて、探索の開始である。
道は、原野のただ中を続いている。
だが、余り人も歩かないので、所々で途切れていた。
だが、荒れ野に向かって、ほぼ一直線に続いていた。
町を出て、1km以上は進んだ。
この辺りが国境のようで、道の両脇に、石柱が立っている。
石柱に掘られた文字は読み難いが、「ここからラッカムラン王国」と書かれている。
何も他に無いのだが、国境を越えた。
その先も、国境の内側と何も変わってはいない。
ここからも、途切れ途切れな道を馬と鳥で進んで行く。
すると、前方の空に何かが見えて来た。
カディン「何なの、あの空は?」
前方の上空、その色がおかしい。
まだ、1km以上は先であろうが、空が濃い紫色をしていた。
夕暮れ時のオレンジ色ではない。
空の色が、青色から途中で紫色に変わっているのだ。
ディーナ「あれが、黄昏の荒れ野なの?」
イルネ「ええ、そうらしいわね。」
フォド「あんな空の色をした場所があるなんて。」
皆、紫の空の下を目指して、進んで行く。
第7章の舞台、黄昏の荒れ野にサダ達は向かいます。
これから、どんな事が起きるのか?
私にもまだ解りません。
また、本編に無関係ですが、新作を早ければ今日か明日から公開する予定です。
もし、よろしければ、そちらもお楽しみください。
これからも、冒険者稼業も、よろしくお願いします。