第196話「迷宮に帰る」
意識を取り戻したサダ。
そして、体を鍛え直して冒険者としても、復活した。
5ヵ月という期間は、短くはなかった。
各所にいる知り合いにも、サダの近況は知らされていた。
ナルルガに、マガセ、フラムらにも。
彼等にも、サダの回復が文で伝えられた。
みんな、サダの安否を随分と心配していたようだ。
そして、サダの体験、新しい仲間らも紹介した。
ケリナの街にいるフェムネらからは、驚くべき情報が入って来た。
それは、ポイに関してである。
何でも、今から300年程前に、フェムネの中でも魔術に長けた者がいたそうだ。
その名前が、ポイだと言う。
ポイに、その事を聞いてみた。
「うん、多分、それ、僕の事だと思うよ。それよりも、虚無の迷宮に行ってたら、300年も経っていたんだね。びっくりだ。」
それは、サダも同じだ。
彼の感覚では、2週間程度の事と思っていたが、実際には5ヵ月も過ぎていたのである。
それにしては、ポイの300年は長過ぎるように思えるが。
「もしかして、あそこの森に長くいたからかな? つい、あそこの果実が美味しくてね。サダが来るかなり前に来てたんだけど。」
食欲に負けて、300年もいたのか?
そして、サダのリハビリ的な迷宮の探索も続いていた。
徐々に体の感覚を取り戻しつつあるサダだが、仲間の目からも完全に戻っていないように見えた。
少しの戦闘で、息切れしたような彼の姿を見ると、まだ元の地域まで進出するのは難しいと感じさせていた。
ただ、サダ以外に、ポイやカディンも、まだ迷宮に充分に慣れているとは言い難い状態である。
3人に合わせて、無理の無い活動が続いていた。
今は、第一拠点と第二拠点の中間での活動をしていた。
中層の終わりから深層の入口の当たりである。
その辺りから、出没する魔獣の体力などが上がり始める場所である。
迷宮の更に奥に慣れるには、丁度良い場所であろう。
それに、その付近ならば、魔族に出会う事も無い。
深層に少しでも入りと、ポイとカディンの反応も変わるのだが。
ポイ「何。ここ。少し入り込んだだけで、空気も違うね。」
カディン「重いわね。何が重いのか解らないけど。空気が違うと言うのか。」
キオウ「そうさ、これがこの迷宮の深層って奴だ。もっと、奥に行くと、いろいろと起きるから楽しみにしてな。」
「多分、初めて経験すると、鳥肌立つよ。」
カディン「そんなに?」
ディーナ「いろいろと、起きるから、なかなか慣れないと思うけどね。」
ポイ「それは、楽しみだね。」
この辺りでは、よく大角鬼や灰小鬼、灰白巨人に遭遇する。
その他にも、前は妖戦鬼に遭遇していたのだが、何故か最近は見掛けない。
マレイナ「どうしたんだろうね。妖戦鬼には、会わなくなったよね。」
カディン「前は、いたの?」
マレイナ「うん、初めて出会ったのも、この辺りだったはずなんだけど。」
その他にも、牛頭巨人にも出会ったのだが、あれ以来は出て来ない。
やはり、とても珍しい魔獣なのであろう。
また、いつの日にか、出会う事もあるのだろうか?
そう言えば、サダが昏睡状態であった5ヵ月間、西方の炎風らの仲間は、どうしていたのだろうか?
サダの回復の為に、あちこちで彼の魂を探し回ってはいた。
だが、その他にも、様々な活動を彼等もしていた。
何度も魂を探し回っていた間も、迷宮に潜る事も続けていた。
その他にも、様々な場所で調べ物なども行っていた。
その1つが、ケリナの街にあった。
ケリナの街は、魔法学院もあるが、ラッカムラン王国内で学園都市とも呼ばれている。
ここには、「ケリナ王室図書館分室」という巨大な図書館もあった。
分室とはなっているが、蔵書数で国内有数の場所なのである。
国内に存在する全ての種類の書物が、ここにあるとも言われている場所なのである。
その文献を求めて、彼等もここを訪れた事もあった。
ただ、ここの閲覧が出来るのは、特別に許可された者だけである。
入館するのに、アグラム伯爵、ユドロ侯爵、タバル教授らの推薦状を揃える必要があった。
ここへ入館しても、膨大な文献の中から目的の物を探すのも難しい。
もしも、本棚の端から端まで見ていても、数年が掛るかもしれない。
その為の書庫係に世話になった。
魂に関わる文献だけでも、数百が揃っていた。
調べる内に、複数の魂を持った人物の事が書かれてある物もあった。
だが、それを戻す方法に関しては、どこにも記載が無い。
そもそも、複数の魂がある事自体が例外的なのだ。
それを作る方法など、誰にも解りはしないのだ。
数多くの蔵書の中に、魂魄の糸について書かれている物もあった。
しかし、彼等にも、その用途は解らなかった。
古の神々からの贈り物と、あやふやな事しか記録は無かった。
マレイナ「何だろうね。この魂魄の糸って。」
キオウ「さあな。でも、これはサダの事とは無関係だろう。」
マレイナ「そうなのかな? これ、魂を結び付ける事が出来るって書いてあるよ。」
キオウ「結び付けてどうするのさ。今は、その魂がどこにあるのか探す方法の方が大切だろ。」
マレイナ「それは、どうだけど。もし、体に魂を幾つも戻すなら、必要じゃないの?」
キオウ「それは、戻せなかった時に、また考えればいいさ。」
膨大な蔵書の中で、必要な情報を探し出すのも大変であった。
また、資料だけでなく、魂を探せるという人物も求め探し回った。
ラッカムラン王国内にも、幾人かそれが出来ると噂された人物がいたのだ。
だが、その多くはそんな力も無い人物であった。
ただ一人、それらしい人物がいた。
それは、シロノリアの町、あのガイデイル渓谷のある町である。
その人物は、町には住んでいない。
いつも、渓谷を彷徨い歩いていると言う。
噂を頼りに、その人物を渓谷で探し回り、数日後に出会う事が出来た。
しかし、彼との会話は成り立たなかった。
川沿いの大岩に座ったまま動こうともしなかった、その人物。
着ている服も、ボロボロである。
何度話し掛けても、返事は無い。
その目を見ると、焦点が合っていない。
キオウ「ダメだよ。これじゃあ。」
ディーナ「こちらの言葉が、彼には聞こえているのかしら?」
マレイナ「でも、聞くしかないよ。あの、私達、仲間の魂を探しているのですが。それが、1つではなく、幾つかあるのですが。それを見付ける方法はありませんか?」
返事は無い。
そのまま1時間程が過ぎると、突然に彼は立ち上がった。
そして、ふらふらと歩き始めた。
イルネ「待って、どうか教えてください。」
「・・・・・・。」
マレイナ「サダの魂を取り戻したいんです。」
「・・・、ハノガナ。・・・・・・。」
フォド「今、何と?」
彼が去って行く。
キオウ「ダメだよ。この人も。いや、他の人は会話が出来ただけ良かったかもしれない。」
マレイナ「でも、あの人、ハノガナって言ったよ。」
イルネ「どういう事かしら? 私達が、そこから来たと知っているの?」
ディーナ「そう言えば、サダの事は話したけど、どこから私達が来たのかは言ってないわよね。」
フォド「ハノガナですか?」
マレイナ「待っていれば、いいって事?」
フォド「それとも、迷宮のどこかに行けば良いのでしょうか?」
結局、また、心当たりの場所で、魂を探す位しか、思い付く事はなかった。
それで、アデレード地方を何度回った事であろうか?
サダは、そんな事を詳しくは聞いていなかった。
聞いても、仲間らは笑って答えない。
だが、5ヵ月もの間、仲間らが何かしら動き回っていた事は想像がついた。
(いつか、皆にお返ししないとな。)
そうは、思うが、どうすれば良いのかは解らない。
迷宮に入れる位の体力が戻った時には、街で御馳走するなどしたが、その程度で返せる程に軽い物ではないであろう。
(また、今度、お返しをしよう。)
そう考えていた。