第194話「造る者の御業」
気が付くと、サダら3人は、造る者の作業場と呼ばれている洞窟に移動していた。
周囲を見渡すと、造る者が、何やら作業をしている。
「おお、帰って来たのか。おや、他にもお客さんかな?」
「えっ? ここが、そうなの?」
「おお、転送されたみたいですね。」
「帰り方が解らないので、皆で来ましたよ。」
造る者は、別に人数が増えても構わないようであるが。
「ふむ、何やらいわくのありそうな者らを連れて来たようだな。」
「あの、魂魄の糸を持って来たのですが。」
サダが糸の入った小箱を差し出した。
「おお、確かに、これが魂魄の糸じゃな。これで、お前さんの体は元に戻せる。どれ、魂を継ぎ合わせてやろう。ただし、この糸で繋げば、もう魂は分かれる事はなくなる。完全に1つに混ざり合うのだから、それぞれの自我など合わさって消えてしまう。お前さんの自我は中心になるから変わりはしないが、他はそうではない。最後に挨拶をしておけ。」
造る者にそう言われたサダは、光る父親の体に近付いた。
すると、父親が反応し始めた。
「おお、サダか。元気にしているか?」
「ああ、父さん、何とかな。」
「あの魔族に出会い、それからの事は解らなくなったのだが、無事だったのだな。」
「そうだね。でも、元に戻るには、父さんらの魂と、今度は本当に1つに混ざり合わないといけないらしい。これで、父さんらとはお別れみたいなんだ。」
「それは、仕方ない。でも、元からあの時に私らは死んでいる。本来あるべき形に戻るようなものさ。それに、混ざり合うのだろう? 父さんは、サダといつも一緒にいるからな。さらば、息子よ。これからも、よろしく頼むぞ。」
「ありがとう。父さん。じゃあ、またと言うべきかな?」
サダの目から涙が溢れ出ていた。
次に、サダは、母親の体に近付いた。
光る母親も反応し始める。
「ああ、サダ、無事だったのかい?」
「無事さ。体も元に戻せる方法も探して来たよ。でも、これからは、母さん達と完全に1つになるみたいなんだ。これからは、こうして、母さんらとは会えなくなるんだ。」
「構わないよ。サダ、お前が元気になれるなら。」
「さよなら、母さん。まだ話したい事はいっぱいあるはずなんだけど、言葉が出て来ない。」
「いいんだよ。私は、いつでもサダの心の中にいるから。」
「ああ、寂しくはない。それに、仲間もいるから。じゃあね、母さん。」
次に、どちらに先に話し掛けようかと迷ったサダは、結局、アキヤマの前に立った。
アキヤマが動き出す。
「あれ? 君は?」
「少し若くなったが、サダだよ。アキヤマさん。」
「そうか、君なのか? あの魔族に襲われてからの記憶が無いようなんだけど。」
「あの時、自分らの魂は打撃を受けて、体から飛び出てばらばらになったんだ。でも、それを戻す為の道具を手に入れて来たんだ。」
「そうだったのか。流石は、サダ君だね。」
「ありがとう。それで、元の体に戻るには、自分らの魂を1つの物にしなければならない。こうして、アキヤマさんと話せるのも最後らしいんだ。」
「そうなのか。まあ、私は、もうとうに死んでいるんだ。気にする事はないよ。この数年、元の世界とは違う体験ができて、私も楽しかったよ。」
「ありがとう。アキヤマさん。」
「じゃあ、これからも頑張れよ。サダ君。」
「ええ、アキヤマさん。さようなら。」
最後に、モリタの前に立つサダ。
一番、文句を言われるであろうと思った、彼女に話し掛ける。
「もう、どうなってるのよ。あら? あなた誰?」
「ええっと、いろいろあったんだけど、自分はサダなんだ。」
「えっ? サダ君? でも、随分と若返ってるよ? 何で? ちょっと、ズルいんだけど。」
モリタには、若返りしたい願望があったようだ。
サダは、魔族に攻撃を受けてからの事をモリタに説明した。
「だから、もう、自分らは1つになって、話したりは出来なくなるんだ。まあ、これまでも自由に話せた訳ではないけどね。」
「そうか、でも、私の魂も完全に合わさっちゃうけど、消える訳じゃないんだよね。それなら、別にいいよ。こうして、違う世界を体験出来たのも、凄い事なんだから。」
「それじゃあね、モリタさん。」
「ちょっと待ってよ。もう少し話をしようよ。これが、最後なんでしょ? その造る者とか紹介してよ。」
仕方なく、サダは、造る者らをモリタに紹介した。
「まあ、よく喋る魂じゃな。ここまで、自分の置かれた状況に驚かない奴も初めて見たわ。」
「いいじゃない。こうなったら、私の力で何も変えられないんだから。造る者、あなたが、死んだ私達の魂をサダ君の中に入れてくれたんでしょ。ありがとう。あのまま死んでたら、こんな体験出来なかった。」
「丁度、魂があったから、使ったまでの事。それ以上の意味は無かったぞ。」
「それでも、誰もが体験出来る事じゃないんでしょ。それは、お礼を言わないと。」
次に、ポイを紹介した。
「フェムネって、賢くて、可愛いよね。」
「まあ、そうだけど。」
「そのどや顔も、可愛いよ。」
「どや顔って、何?」
「誰かに褒められた時なんかに、あなた達がしている表情の事よ。」
「そなの?」
「うんうん。頭撫でたかったな。サダ君が体を取り戻したら、撫でさせてよ。」
「ま、まあ、触られるのは嫌じゃないよ。」
「じゃあ、約束だから。サダ君もよろしくね。」
最後に、カディンを紹介した。
「あなたが、新しい仲間なんだね。なかなかに可愛い子だね。」
「そんな、可愛いだなんて。」
「体が透けてるね。何だか、今の私と同じみたいね。」
「そう言えば、そうね。これは、どういう事なんですか? 造る者?」
「おお、そなたも魂だけの存在で、体が無いのだよ。」
「何? それ? じゃあ、私も死んでるの?」
「そのようじゃな。」
「そんなの最初に説明してよね。」
「それは、後で話そうと思っていたのじゃよ。」
「ねえ、造る者。カディンちゃんの体は残っているの?」
「いや、そんな物は、とうに消えているよ。」
「何? 私、死んでいるの?」
「そうじゃよ。誰か、他の半神が、そなたの魂だけを封印して保存していたのだろう。だが、体の方は、もう残ってはいない。」
「なら、私は、これからどうすればいいの? 死んじゃうの?」
「ねえ、造る者、他に体があれば、カディンちゃんは生き返る事が出来るの?」
「そうじゃな。魂と体があれば、生き返る事も可能じゃよ。魂は、今のお前さん自身だからな。」
「なら、今、サダ君が使ってる体は、使えないの?」
「ふむ、出来ない事は無いの。」
「えっ? 私、男の人の体になっちゃうの?」
「いいんじゃない? それでも?」
「生き返りたいけど、どうせなら、女性の体の方がいいかなって。元の体、そんなに嫌いじゃないし。」
「安心せい。ちゃんと、お前さんの望む体を造ってやろう。」
「ありがとうございます。造る者よ。」
「どうせなら、希望を聞いて貰うといいよ、カディンちゃん。おっぱい大きくして貰うとか。後悔しないようにね。」
「えっ? そんな事も出来るのですか?」
「なんじゃ? 元の体を造って、それに戻すのではないのか?」
「造る者。どうせ造り直すなら、本人の希望を聞いてやってよ。」
「そうなら、少しだけ胸を大きく出来ますか?」
「まあ、望むならば、そうしてやろう。」
相変わらず、モリタは周囲と話し続けていた。
「そっ、そろそろいいのかな? モリタさん。」
「えっ、まだ全然喋り足りないんだけど。」
「でも、大分話したんじゃないかなって。」
「そうか。まあ、私が完全に消える訳じゃないからね。サダ君。これからも、いろいろと体験させてね。」
「その辺りは、ちゃんとやりますので、安心して下さい。」
「そうね。真面目だよね、相変わらず。じゃあ、またね。それから、ちゃんと、マレイナちゃんに気持ち伝えるんだよ。」
「ええ、また。えっ? 何で、マレイナに?」
「まだ気付いてないの。本当に鈍いんだから。多分、彼女、心配して待ってると思うよ。お礼とか言うの忘れないで。」
「ええ、それは、もう。」
「じゃあ、戻ったら、西方の炎風の人達とか、他の人によろしくね。キオウにも、ナルルガちゃんに気持ち伝えろって、お尻叩くのも忘れずにね。」
「ええ、みんなに伝えます。で、何でキオウとナルルガに?」
「そこも気付いてないか。まあ、それがサダ君だよね。キオウも大して変わらないけど。」
やっと、モリタが黙った。
いや、彼女には、まだまだ喋りたい事も沢山あるようだが。
「それじゃあ、お前たちの魂を1つにまとめよう。」
造る者が、光るサダの両親らを手に取ると、丸めて1つの光る大きな玉状にした。
更に、サダに近付くと、その体の中に手を入れると、中から光る何かを取り出し、先程の玉と1つに合わせた。
そして、それを魂魄の糸でぐるぐると巻いた。
「さて、これで魂は完全に1つの物となった。後は、お前さんの体に戻してやるだけだ。」
「ありがとうございます。でも、何も変わったようには思えないのですが。」
「それはそうじゃ。1つになっても、他の魂をお前さんが吸収したようなもんじゃ。だから、違和感などもあるまい。少し、このままで待っているが良い。」
次に、造る者が、サダの魂の抜け出た、若い体に手を伸ばした。
その体を丸めると、粘土の塊のような物になった。
それをこねくり回して行くと、それが若い全裸の女性の体の形に変化した。
「胸の大きさなど、これでいいのか?」
「サダ達は、見ないでね。そうね、もう少し胸は大きく、張りがあるといいかな? それに少しだけ、肌の色を白くしてよ。」
「そうか、なら、これで良いのか?」
カディンの希望を幾つか伝え、それを造る者が聞き、僅かに修正した。
その体の周りをぐるりと回って確認するカディン。
「こうして、自分の体を見るのも新鮮な感覚ね。うん、これでいいかな? 迷い始めたら、永遠にやっちゃいそうだから。」
「これで良いのなら、この体に、お前さんの魂を入れてやろう。」
造る者が、透けたカディンに体を伸ばすと、その体を丸めて光る玉に形を変え、それを新しい体の中に入れた。
最後に、その体を魂魄の糸で何周か巻いた。
動き出すカディンの体。
慌てて、先程まで着ていた、下着や装備を床から拾い上げて着て行く。
「さてと、サダ達、もういいわよ。」
ポイが振り向くと、そこには体の色が元に戻ったカディンがいた。
本当は、魂だけになったサダには、周囲の事が全て見えていたのだが、その事は黙っていよう。
全てが終わったサダらに、造る者が語り始めた。
「さて、これで、全ての事が終わったようじゃな。魂は、お前の体に戻してやろう。それで、他の者はどうするかな?」
「ねえ、私は、死んでるって事は、家族はどうなったの?」
「勿論、とうの昔に死んでおる。そなたの生きていた時代は、既に過ぎ去っておるからな。」
「なら、僕は、どうなの?」
「お前は、まだ死んではおらんが、元の世界では時間も大分過ぎておるな。」
考えてもいなかった。
そうか、ポイらが生きていたのは、随分と前の時代らしい。
「2人の生きていた時代に、戻す事は出来ないのですか?」
「そうじゃな。私も、時間は弄れはしない。だから、今の時代に戻す事は出来るが、遡る事は出来ん。未来に行きたいならば、ここに留まれば良いのだがな。」
「なら、私もサダと一緒に行ってもいいのかな? 他に知り合いもいないのは、嫌だから。」
「僕も、サダ達と一緒がいいです。可能でしょうか?」
「勿論、3人、まとめて同じ世界に戻してやろう。それを望むのであれば。」
「そうか、私の知ってる人はもう。私、一人になっちゃったのか。」
「そうじゃないんじゃないの?」
ポイの言葉にカディンは疑問を感じた。
「何でよ。私の家族とか、とっくの昔に死んだみたいなんだよ。」
「そうかもしれない。でも、カディン、君はサダの使っていた体を得たんだ。それは、君達が家族になったって事じゃないの?」
「家族? 私とサダが?」
「そうだな。自分も両親と会えなくなった。カディンが唯一の家族なのかもしれない。」
「なら、私は、サダの妹なの? よろしくね、サダお兄ちゃん。」
「ああ、よろしくな妹のカディン。」
「でも、僕は、一人だな。」
「ポイ、安心しろよ。フェムネも自分の時代に沢山いるから。」
「それじゃあ、元の世界に戻してやろうかの。」
「ええ、頼みます、造る者。いろいろとお世話になりました。」
「新しい体をありがとう。」
「造る者に会えた事、光栄です。」
3人が光に包まれて行き、その視界に写る物が変化して行く。
ここは、ハノガナの街の神殿の治療所である。
昏睡したままで、寝台に横たわるサダを見守る西方の炎風とイルネら。
寝ているサダは、少し頬がこけたように見える。
イルネ「もう、5ヵ月も経つのね。」
ディーナ「サダは、頑張ってるわ。」
キオウ「相棒、流石だよ。」
フォド「そうですね。神官らも驚いてますから。」
マレイナ「サダ、目を覚ましてよ。」
だが、サダは、彼等の声に答えない。
窓の外が暗くなり始めていた。
傾いた夕日が、サダの顔に当たり始めた。
しばらくすると、サダの目が開いた。