第192話「迷宮の死闘」
虚無の迷宮の奥での半妖精との戦いが続いている。
奴の盾の効力は無くなったようだが、盾を剣に持ち替えた二刀流で奴は戦いを続けていた。
雷撃と火炎の魔剣の攻撃がサダらに迫る。
だが、半妖精は、剣の魔力に頼った戦い方から、剣による直接攻撃へ切り替えていた。
それでも、魔剣は恐るべき武器である。
盾や武器で避け損ねれば、致命的な傷を負うであろう。
「やっと、いい考えが浮かびました。」
ポイが言う。
「よし、任せたぞ。」
ポイが、新たな呪文を使い始めた。
すると、半妖精の頭上に、巨大な岩石が浮かんだ。
そして、それが奴の上へと落ちて行く。
それを奴は、魔剣で難無く切り裂いた。
(あんな岩をも簡単に切るのか?)
ポイの呪文も、無駄に終わったようである。
「ダメじゃない。そんな呪文使っても。」
「大丈夫。これでいいのさ。」
それからも、何度もポイは岩石を呪文で発生させては、半妖精の頭上に落とし続けた。
けれど、半妖精は、余裕でその岩を両手の剣で切り裂き、それを避けていた。
ポイの折角の作戦も、無駄に終わりそうだ。
だが、奴の攻撃の手数が減っている。
ポイが岩の呪文を放ち続けているので、武器の切り付けができなくなってしまい、サダも呪文の攻撃に変えた。
しかし、カディンと2人の呪文は、半妖精の鎧に弾かれ続けている。
まだ、何度もポイは、岩石を呼び出し続けていた。
すると、半妖精は切らずにそれを避けた。
(何故だ? 奴は、何故、避けたのだ?)
次の岩石も、奴は剣で切断せずに避ける。
(もしかして、魔剣を使う気力を消耗したのか?)
どうやら、ポイが岩石を呼び出し続けていたのは、奴に気力の消耗を強いる為だったようだ。
何度もポイの岩石を、半妖精は避け続けていた。
「ポイ、そろそろ呪文は止めてくれ。奴に止めを刺す。」
「解かったよ。」
そうポイは言ったが、最後にもう1つ岩石を生み出して、奴に慌てて避けさせた。
「惜しい。」
奴は、稲妻と火炎を放つ気力も失っているらしい。
そのまま、サダとの切り合いになる。
だが、奴の魔剣に、サダの長剣が押される。
あいつが気力を消耗していても、剣自体の威力が鈍る事は無い。
何度も切り合うが、まだまだ奴を仕留めるには早いようだ。
奴の2本の剣をすり抜けて、こちらの攻撃も呪文も当たるようになり始めていた。
余裕に見えていた奴も、盾を捨てた辺りから苦しそうに見える場面が増えた。
それでも、奴の鎧だけでなく、兜や手甲に当たった攻撃は全て防がれているのだが。
こちらの装備では、あんな防御力など無い。
奴の防具が、魔法や武器の攻撃をことごとく弾く。
その表面には、傷の1つも残らない。
その下にも、打撃は伝わってはいないであろう。
全く、伝説の装備という奴は、硬過ぎる。
今後、こんな恵まれた装備を持った奴とは、戦いたくもない。
渾身の一撃が、まるで岩壁にぶち当たったように防具に当たって止まる。
奴も口を開く余裕は無いが、それに口角を曲げる程度の事は出来るようだ。
防具のお陰ではあるが、奴の勝ち誇った表情が、まだそこに見えている。
(くそっ、その鎧のお陰だろうが!)
そろそろ、こちらは手持ちの武器の代わりを周囲から見付け出さないと。
だが、そのほとんどは、既に奴への攻撃に使い終わった物ばかりだ。
魔道武器も、その力を消耗して本来の力が出せないであろう。
まだ、未使用の手斧を見付けると、それに持ち替えた。
(こっちも、ここまで贅沢な武器の使い方をした事は無いな。)
武器を交換する間に、ポイの連続魔法が奴へと殺到していた。
ポイの魔力は、まだ尽きないようだ。
魔力回復薬の予備もあるようなので、その呪文が止む事はなさそうだ。
その呪文の波状攻撃に、半妖精も驚きは隠せないようだ。
「獣の分際で、何という魔力、呪文の数よ。このような相手がいたとは、驚きである。」
奴も、ポイの魔法に脱帽のようだ。
本当に、あの兜も脱いでくれれば良いのだが。
既に、戦いは、始まってから1時間近くは立っている。
回復薬で、戦闘態勢を保つのも限界が近い。
ここまで、全力で戦い続けるなど、滅多に無い経験だ。
ハノガナの迷宮で拠点を作っていた時は、交代要員がいたが、ここでは身代わりがいない。
何とかポイらと3人で、隙を見付けて回復させ耐えている状態だ。
だが、カディンの呪文を放つペースが落ち始めていた。
彼女の限界が近いようだ。
それでも、ここまで戦い続けてこれた、魔力は素晴らしい。
この限界を越えれば、彼女は更に強くなるであろうが、ここであいつを倒さなければ、その先は無い。
自分も、いつまで武器を振るえるのであろうか?
突然、ポイの呪文を喰らった半妖精の体がふら付いた。
それを見逃すポイではない。
そこへ2発3発と呪文を当て続ける。
その度に、半妖精の体が左右に揺れて、後退った。
(やっと効いたか?)
それでも、奴は踏み止まろうとし、一歩前に出た。
そこへポイの呪文が殺到し、それへサダとカディンの魔法も続く。
一歩前に出た、奴が数歩下がった。
それをまた、前に出ようと、足を踏ん張っているのが見える。
奴の防具の腿が微かに震えている。
微かな震えが、金属の小さな音に変わっている。
奴も、意地で踏み止まっているようだ。
ポイの呪文が止んだ所へ、サダが斧で切り掛かる。
半妖精も剣で対抗しようとするが、サダの1本の斧に翻弄される。
更に、そこへ盾をサダが叩き付けると、奴の剣が逸れた。
そこから手斧の一撃が、相手の胸にぶち当たる。
しかし、その程度で伝説の鎧は輝きを失いはしない。
だが、半妖精は下がった。
斧の打撃以上の衝撃が加わったかのように。
下がれば、またポイらの呪文が追い打ちを掛ける。
3人の連係が、半妖精に休みを与えはしない。
(こんなはずではなかったのである。)
半妖精は、後悔し始めていた。
こんな奴等に、この素晴らしき宝具で身を固めた我が負けるはずもない。
ここは、あの迷宮とは違う。
あの時は、備えが不充分だったのだ。
だが、今は違う。
ひれ伏すのは、奴等の方だ。
それにしても、あの少年は、我を知っているような口振りであった。
だが、あれは誰だ?
あんな者、会った事は無いはずなのだが。
まあ、そんな事など、どうでも良い。
最後に立っているのが、我であればいいのだ。
けれど、今は、この剣も鎧も、全てが重い。
重く、身に圧し掛かっている。
(いや、こやつらに、負けはせぬぞ。そうだ、もう二度と負けはせぬのである。)
半妖精の体が揺れていた。
本人は、無意識なのかもしれない。
そして、前に踏み出そうとした足は、逆に数歩下がった。
両手の長剣を持つ手も、やや低くなっていた。
今では、肩で息をしているような状態だ。
実際に呼吸も荒くなっている。
空気を吸っても、肺に上手く取り込めないような。
体の奥底から力が湧き上がる気もしない。
体力を気力を消耗し、限界が来ている。
身に付けた武具は、魔力を消費しないはずである。
だが、魂の迸りとも言うべき、気力が奪われていた。
それは、この武具が借り物である故なのかもしれない。
無意識に、右手の雷撃剣が落ちた。
だが、それに、半妖精は気付かない様子である。
ポロリと力なく右手から離れた魔剣を、全く意識もしていない。
寧ろ、剣の重みの無くなった右手を高く構えている。
(ここが、勝負所か?)
「よし、ポイ、カディン、最後の攻撃だ。」
「うん、解かったよ。」
「さっきから、そのつもりなんだけどね。」
3人の最後の力を振り絞った攻撃が始まる。
魔剣が片手だけになり、動きの鈍った半妖精に、3人の攻撃が面白いように当たる。
呪文は、鎧や兜に当たり、サダの攻撃も狙った場所に当たる。
奴は、左手の火炎剣を力なく振るうが、それで攻撃が防げる訳でも無い。
だが、その身に付けた防具は、彼の肉体を守り続けている。
しかし、その反面、攻撃を受ける度に、その精神を消耗していた。
連続でポイらの呪文が鎧に命中し、サダの斬撃も連続で全身を叩く。
その時、半妖精の中で、何かが切れた。
(ま、まだだ。)
そうは、思ったが、左に残った火炎剣が床に音を立てて転がり落ちた。
更に、膝ががくりと、床に付いた。
その体を支え立ち上がろうとしたが、反対の膝も床に落ちると、体が斜めに倒れ始めた。
彼の感覚では、ゆっくりと体が傾いて行く。
3人の敵が目の前に迫る。
だが、それを迎え撃つ気力が尽きたようだ。
(こやつらに、負ける訳はない。まだ、やれるのである。)
サダらの攻撃を受け続けていた半妖精が、剣を落とすと、膝を床に付き、横向きに倒れ込んだ。
まるで、支えていた糸が切れたように。
(これで、終わったのか?)




