第186話「岩の回廊」
虚無の迷宮の中の岩場を進んで行く。
ここには、様々な魔獣が潜んでいた。
角無し鬼と戦った後は、砂トカゲや大カマドウマなどと遭遇した。
肉食の奴等は、迷わずこちらを攻撃して来る。
しかし、その襲撃は、カディンの召喚獣がいち早く存在を教えてくれるので、その対応は簡単だ。
そいつらと遭遇する前に、こちらは対策ができていた。
召喚獣は、警戒だけが役目ではない。
その戦闘力も、なかなかのものだ。
カディン1人で、何役もこなしている。
ただ、彼女と召喚獣の負担も考え、交代で召喚するようにしていた。
また、虫が多量に湧き出した。
名前の解らない、甲虫や羽虫達。
それを火炎球で焼き、逃れた奴を1匹づつ呪文や武器で潰して行く。
何十、百数匹倒したのか解らない程だ。
「何で、こんなにいるんだ?」
「意外と、餌が多い場所なのかな?」
「魔力を消耗しただけみたいね。」
「こいつらとは、契約しないのか?」
「1匹づつだと弱過ぎよ。育成しても、大した事無いから。もうちょっと、大きくなって育て甲斐のあるのならいいんだけど。」
昆虫の群れを一掃した。
そして、ようやく岩場の端に来た。
壁を探ると、また降りの階段状の洞窟を見付けた。
岩の階段を降ると、暗い通路が続いて行く。
サンタをカディンが先に行かせた。
すると、サンタが前方で何かに引っ掛かったようだ。
「30m位先で、サンタが立往生してるわ。」
救出の為に急ぐ。
そこに行ってみると、サンタが糸のような物に絡まって動けなくなっていた。
(糸?)
どこかで、見たような気がする。
周囲に、岩場にいた虫達の甲殻が散らばっている。
「はっ」と思い付き、前方に火炎矢を数発放った。
ここから先は、通路が広がって大きな空間になっている。
ポイも察して、前方に光の玉を複数撃ち出した。
「何? あれは?」
空間には、無数の糸が網のように広がっていた。
そして、空中の糸の上を何かが進んで来ている。
「あいつは、大洞窟毒蜘蛛だ。牙に毒を持っているから気を付けろよ。」
光の玉に照らし出された巨大な毒蜘蛛は、以前、ハノガナの迷宮で見た奴よりも大きい。
胴体だけでも5mは越えている。
巨体を支える蜘蛛糸が毒蜘蛛の体重でたわむが、切れはしない。
そいつに向かって呪文を連発して行く。
体は大きいが、呪文は有効なようだ。
火炎矢が次々と当たると、奴も怯んだ。
そこへ更に火炎球を直撃させる。
奴の体だけでなく、蜘蛛糸も燃え始めた。
空洞のあちこちに広がった蜘蛛の糸に引火し、それが燃え広がる。
蜘蛛糸が燃えて、蜘蛛の行き場が消えて行く。
周囲の床には、巨大な蜘蛛だけでなく、50cm程の子蜘蛛も沢山いる。
そいつらにも、呪文を放って行く。
ついに、親蜘蛛を討伐し、子蜘蛛の大半を掃討した。
カディンは、子蜘蛛を1匹追い詰めていた。
その蜘蛛を杖で滅多打ちにするカディン。
そして、動きの鈍ったその蜘蛛と、契約の儀式をしていた。
蜘蛛の軍団を全て片付けた。
残ったのは、カディンが契約した子蜘蛛だけだ。
「何だ、契約したのか?」
「ええ、この子ならば、育ててもいいかなって。名前は、バルマにするわね。」
新たな召喚獣が誕生した。
バルマもサンタも今は消耗しているので、カディンは待機させた。
代わりに、ケルンを呼び出した。
「警戒は、しばらく手薄になるけど、ケルンの鼻でも少しは探れるはずよ。」
暗い空間を進んで行く。
今進んでいる空間は、これまで通過した場所とは違う地形だ。
進んで行くと、洞窟が枝分かれしているのだが、今までと違い、皆、同じ方角に向かっている。
途中で、2本3本と別れても、その先はまた同じ方向に向かう通路となって合流している。
しかも、その通路が30m以上の幅があり、これまた広い。
枝分かれしているが、木箱は置いていないので、新たに武具や道具が手に入る訳でもない。
しかも、この通路が何百mどころか、1kmを越えてもまだ端に到達しない。
その上、魔獣らにも遭遇しないのだ。
「ここは、入口の蜘蛛しかいないのか?」
「なら、楽でいいんじゃない?」
休憩をしながら、回復したサンタに前方を探らせている。
「ダメね。100mは進ませたけど、何もいないし、まだ反対側には着かないわ。」
「この通路が、迷宮の行き止まりまで続くのかな?」
「可能性はあるかもしれないな。でも、まだ油断はできない。」
サンタを150mまで進ませてみたが、変化は無い。
遠くに送り過ぎても連係出来なくなるので、サンタを戻した。
そして、再び歩き出した。
通路を進んで行くと、また先が広がった。
幅は、50mはあるであろう。
天井の方も、かなり高くなったようだ。
「こういう広い場所は不安ね。何か大きなのが出て来そうだわ。」
耳を澄ましてみるが、迷宮の中を吹き抜ける風の音しか聞こえない。
周囲には、何もいないようだ。
サンタを50m程先に進ませて、更に通路を進んで行く。
この先は、枝分かれした場所も無いようだ。
この迷宮の入口から、どの位進んで来たのだろうか?
風の音だけが聞こえる。
いや、何か別の音が聞こえたな。
足を止める。
「どうしたの?」
「何か、聞こえた気がしたんだ。」
「そだね。何か、聞こえる。サンタを戻した方がいいんじゃない?」
「そうするわ。」
カディンがサンタを戻し、ケルンも召喚する。
風に混ざる音が大きくなって来た。
「これは、羽ばたく音だな。何かが飛んで来る。」
「こんな暗闇の中を? コウモリかしら?」
「いや、それにしては、大きいと思う。」
「じゃあ、大コウモリ?」
「そんな優しい相手じゃない。多分、魔族だ。みんなで、魔族対策をしよう。」
各自、光の御符で身を守る。
カディンは、サンタとケルンにも、その呪文を使う。
多くの魔族が翼を持ち、空を飛べる。
こいつは、どんな魔族なんだ?
空間の中、羽ばたく音が大きく感じられる。
(これは、とてつもなく大型な魔族じゃないよな)
いや、ポイの光の玉の明るさの中に入って来たのは、巨大な翼を持つコウモリを思わせる奴だった。
「これ、コウモリの仲間じゃないの?」
「いいや、これも魔族さ。こいつは、翼の魔人だ。」
飛行能力の高い魔族が2匹飛んで来た。
こいつに向けて、空中に光の円陣を発動させる。
光属性のちょっとした結界である、この呪文は、空間を飛ぶ魔族を床へと叩き落とした。
藻掻く奴等に戦斧で切り掛かる。
刃の大きな斧が、魔族にしては細い体を持つ翼の魔人をざっくりと引き裂く。
だが、まだ羽ばたく音が近付いて来る。
「まだ、他にもいるぞ。」
視界に入った魔族を光の円陣で捕らえる。
翼の魔人だけでなく、小魔人も混ざって来る。
そいつらを光の呪文で弱らせ倒し、数を減らして行く。
戦闘が終わる頃には、10匹は倒していた。
「こんなに魔族に出会うとは思わなかったし、それを全部倒せるなんてね。サダに呪文を習っておいて良かったわ。」
「ああ、こんなにも早く、活用できるとは思わなかったよ。」
「ここは、魔族の巣窟だったんだね。まだ、他にもいるかな?」
「かもしれない、油断は禁物だな。」
周囲を見てみたが、今は何の気配も無いようだ。
いや、闇の中を影のような物が動いたような気がした。




