第184話「狼と鷹」
虚無の迷宮の中、草原に達した。
そこで、自分らは、犬型の魔獣に遭遇した。
腰まで伸びた叢の中を奴らが迫って来る。
草原の中、幾筋かの線がそれを掻き分けながら迫って来る。
そこへ、ポイが呪文を放つ。
使う呪文は、旋風陣という風属性の魔法だ。
ポイの周囲に旋風が起きる。
その風は、防御力を上げる効果もある。
そして、その旋風から、風の呪文攻撃が湧き出し、向かって来る奴等に放たれる。
その呪文攻撃が、連続で続いている。
呪文の効果が続く限り、防御と攻撃が可能な魔法だ。
数発の風の呪文が、迫る魔獣に撃ち掛る。
その攻撃を受けた魔獣が飛び上がった。
(あれは、狼か?)
6匹の狼が迫っていた。
体毛は、白にちかい灰色だ。
更に、その額に特徴がある。
「目だ。」
額に第三の目がある狼。
三眼狼、草原や原野によく棲む、大型の狼である。
狼なので、群れでの狩りが得意で、更に目が多いので、狩りが上手いようだ。
迫る三眼狼の中に、一際大きな体の奴が混ざっているが、あれはボスであろうか?
「あいつ、欲しいわ。」
カディンが声を上げた。
「あいつと、契約したいから、みんな協力して。」
それは解かったが、手加減して戦える程に容易い相手ではない。
動きも素早く、あのボスが指示しているのか、手強い。
奴等は目標を定めると、一斉に襲い掛かって来る。
油断をすれば、6匹の狼を相手にする事となる。
奴等の攻撃を避けながら、こちらも連係できるように距離を離されないように動かないと。
向こうは、ただ襲い掛かるように見えるが、こちらを分断しようと、その間を走り抜けて行く。
狩るのはこちらではなく、まるで向こうの方であるかのようだ。
ポイは、体が小さく、奴等に真っ先に狙われそうに思えるが、旋風陣のお陰で身に危険は少ない。
自分も、防具に武器も一通り揃っているので、攻防共に問題は無い。
危険なのは、カディンだ。
彼女の防御力が一番低い。
その上で、三眼狼を狙っているのだ。
彼女を庇いながら、奴等の襲撃に堪える。
それでも、彼女も怯まずに戦っている。
杖からは、様々な呪文を放ち、接近した狼をその杖で撃退する。
いつしか、狼の数も減って行く。
そこで、こちらもボスへの攻撃を集中させる。
カディンの水流槍の呪文や、ポイの風の呪文が三眼狼のボスを目掛けて放たれる。
接近した奴を、自分は短剣で切り付ける。
数回の攻撃を当てて、奴の体力もかなり低下させたはずだ。
「じゃあ、あいつと契約するから、他は頼んだわ。」
カディンとボスの一騎打ちが始まる。
それを手下の狼たちが、妨害しようと迫る。
こちらは、他の狼を寄せ付けないように、踏ん張る。
自分は、犬型の魔獣はどうも苦手だが、そんな事は言ってはいられない。
カディンを妨害しようと迫る狼を切る。
カディンも杖を振り上げ、ボス狼と戦う。
ボス狼の方でも、カディンに粘着している。
今は、余りカディンから離れないので、彼女は呪文を使う機会を失っていた。
去っては繰り返し攻撃を仕掛けて来るボス狼を何とか、彼女は杖で追い払っていた。
これは、狼と彼女の根競べだ。
どちらが先に倒れるのか。
ボス狼の方が優勢かと思いきや、カディンも負けていない。
その木の杖に魔力を込めて、威力を上げる事も忘れない。
狼を避けながらも、確実に狼に打撃を加えている。
先に力が落ちたのは、狼の方であった。
よろけた狼に、素早く契約の儀式を施すと、ボス狼が地に伏せた。
その姿を見た他の狼達は、走り去って行った。
「ありがとう、みんな。この子と契約が成立したわ。」
「もう、そいつは大丈夫なの?」
「ええ、安心して、ポイ。なかなかにいい子だわ、これは。」
カディンが元ボス狼の背を撫でているが、全く抵抗しない。
「これで、攻撃役が出来たわ。でも、少し、この子は休ませないと。その前に、名前を決めておくわね。そうね、あなたの名前はケルンにしようね。じゃあ、ケルン、今は休んでいてね。」
ケルンの名前を決めたので、カディンは待機させた。
自分らも、少しばかり休憩である。
「多分、ここの三眼狼がまた出ても、ケルンを呼び出せば攻撃を受けないと思うわ。」
「そうなの?」
「そうね、ケルンは、ボスだったから、他の狼は手を出して来ないと思うわ。」
「なら、ここでは、もう魔獣に襲われないかな?」
「他の奴がいなければね。」
「そうなると、いいね。」
休憩を終えると、またカディンはサンタを呼び出し先行させた。
今度は、100m程先を行かせる。
3人で、草原の中をまた歩き出した。
サンタを先行させているが、今のところは何もいないようだ。
サンタの姿は、叢に隠れていて見えないが、自分らはその後を追い掛けている。
もう、数百mは進んだか?
ここの空間は、沼地よりも広いようだ。
天井も50mは高さがあるだろう。
熱くもなく、寒くもなく、気温は丁度良い感じだ。
カディンが、また何か感じたようだ。
「逃げて、サンタっ!」
サンタへの警告が、声に出た。
前方を見ると、叢に何かが落ちたように見えたが、またそれが飛び去った。
カディンが、またサンタに引き返すように指示を出した。
今日のサンタは、運が悪いな。
飛び上がった奴は、サンタを空から追い掛けているようだ。
そいつは、大きめの鳥のようだ。
数は1羽だが、執拗にサンタへの攻撃を空から繰り返している。
自分らも、走ってサンタと合流しようとする。
相手が空を飛ぶのでは、ケルンも使えない。
それに、まだケルンも回復中であろう。
何とか、カディンはサンタを待機状態にさせた。
さて、あの鳥は諦めてくれるだろうか?
大きな鳥、羽を広げると、1mを少しばかり越える。
見た所、鷹の仲間のようだ。
鷹にしては、それ程に大きくはないかもしれない。
そいつは、サンタが消えると、今度はポイを標的に選んだようだ。
黒い影がポイに空から迫る。
「あいつ、僕を狙い始めたよ。」
ポイに迫り、急降下して来る鷹。
それを避けながら、ポイは呪文を放つ。
「ねえ、ポイとサダ。あの子もいいかな?」
「それって、あの鷹とも契約したいって意味か?」
「ええ、そうだけど、ダメかな?」
「別に構わないけど、ポイは大丈夫か?」
「僕を食べようとしてる奴と、契約したいって気持ちは理解できないな。」
あの鷹を倒さないように、弱らせないと。
自分も水塊を空に向けて放った。
鷹の動きに呪文を合わせて放つのはなかなかに難しい。
素早い上に、的が小さい。
あれを攻撃するなら、弓を使った方が良さそうだ。
鷹を相手にするならば、空飛ぶ魔族を相手にした方が楽でいい。
ポイが新たな呪文を使い始めた。
すると、網のような物が、ポイの頭上に広がった。
そこへ、丁度、急降下して来た鷹が絡まった。
「ポイ、ありがとう。」
網に絡まった鷹の元にカディンが走り寄り、数発、手加減しながらそれを杖で叩いた。
動きが鈍った鷹に、契約の儀式を済ませる。
「ポイ、もう放しても平気よ。」
「本当だよね。また追い掛けられるのはゴメンだよ。」
ポイが呪文を解除すると、鷹を捕らえていた網が消えた。
鷹は、羽ばたいたが、今は飛べないようだ。
「よしよし、大人しくしてね。これは、何て種類の鷹かしら?」
灰色と黒の混ざったような羽根だな。
「多分、風切り鷹じゃないかな? これ、本当は魔法を使う種類だよ。」
ポイの話では、風属性の魔法を使う鷹らしい。
「そう、それはいいわね。あなたも名前を付けるわね。そうね、あなたはタルナにするわね。よろしくね、タルナ。」
名前を呼ばれると、タルナは短く鳴いた。
体力を消耗しているタルナをカディンは待機状態にした。
「召喚獣が、これで、3匹か。これで、何とかなりそうだわ。2人共、ありがとうね。これからは、警戒も戦闘も充分に果たせるようになると思うわ。ただ、もう少し待ってね。今はあの子達の体力回復が必要だから。」
「どの位、休ませればいいのかな?」
「そうね、半日位かしら。」
「なら、みんなで休める場所を探した方が良さそうだな。」
「この草原は、不安だから、抜けた方がいいね。」
「そうね。ここには、他にも魔獣がいるのかも。」
休憩後、また草原の中を進み始めた。
そして、ようやく、草原の反対側に到達したようである。




