第172話「昏睡」
迷宮の中で響いた、遭遇した事の無い魔族の発する大音響。
その音に、西方の炎風の面々は、打ちのめされていた。
逸早く回復したイルネが、宙に浮かぶマントに向けて遊光球を放つ。
6発の光の弾が、そのマントの体の部分に当たると、その中で何かが消し飛んだ。
そして、ばさりと、マントだけが地面に落ちた。
イルネ「大丈夫? みんな?」
フォド「ええ、まだ頭がガンガンしますけど、何とか。」
キオウ「何だったんだ、今のは? 気持ち悪い。」
ディーナ「まるで、魂が揺さぶられると言うか、頭の中を掻き混ぜられたような気がしたわね。」
マレイナ「頭、痛~い。それに、気分が悪くなったよ。」
フォド「あっ! サダさん、大丈夫ですか?」
ディーナ「サダ、どうしたの? どこか具合が悪いの?」
皆、音が止んで、何とか立ち上がれるようになったが、ただ1人、サダだけが地面に倒れ込んでいた。
イルネ「サダ、しっかりして、どこか具合が悪いの?」
マレイナ「どうしたの? 起きてよ、サダ。」
皆で声を掛けるが、サダは意識を取り戻さない。
フォド「見た所、怪我などはどこにもありませんね。体には異常は無いようですが。」
ただ、昏睡したようにサダの意識だけが戻らないようだ。
キオウ「兎に角、サダを第二拠点まで連れて行こう。このままじゃ、何もできない。」
サダをキオウが背負い、第二拠点まで戻る事とした。
装備が重いので、一部は外して、仲間らに持たせる。
ディーネ「このマントも持って行きましょう。」
フォド「中身は、何も残ってませんね。元から体なんて無かったのでしょうか?」
イルネ「今は、拠点まで急ぐわ。」
1時間程して、何とかサダを拠点まで運び込んだ。
拠点の宿の寝台にサダを寝かせた。
声を掛けても、揺さぶっても、サダは目覚めない。
フォド「呼吸もしてますし、心臓の鼓動も聞こえます。体温も正常ですね。」
キオウ「なら、何で起きないんだよ。」
ただ、意識だけが戻らない。
キオウ「サダは、どうなっちまったんだ? 他のみんなは、何ともないのに?」
フォド「ある種の精神に影響する音だったのかもしれませんね、あの魔族の叫び声は。」
イルネ「精神攻撃。それが、サダには負担が大き過ぎたのかしら?」
マレイナ「サダの中には、お母さん達の意識もあるんだよね? それでかな?」
ディーナ「サダの中に、そんな他人の意識が?」
フォド「可能性はありますね。まるで、魂を揺さぶるような音でしたから、他の人とは違うサダさんは、より大きな影響を受けたのかもしれません。これは、街まで戻らないと、対処できないかと。」
キオウ「なら、早く街に連れて帰ろうぜ。」
イルネ「いえ、私達も消耗しているわ。無理せず今日は、拠点に泊まりましょう。」
サダを街に連れて行くのは、翌日とした。
(どこだ、ここは?)
薄暗い場所で、目が覚めた。
確か、自分は迷宮の深層部にいたはずだが。
そこは、暗がりではあるが、周囲の様子は解かる。
(洞窟の中?)
と言う事は、ここは迷宮のどこかか?
だが、ランタンも無く、魔法で灯りが付けられている訳ではない。
まるで、日が暮れて薄暗くなった部屋の中のようだ。
洞窟の床が見え、周囲は20m四方程の空間だ。
だが、出入口のような物は見当たらない。
ただ、幾つか、微かに白っぽい光を発する柱のような物が周囲に幾つか立っていた。
いや、柱ではない。
(人だ。)
人が光を発しながら、白い長衣のような物を纏っている。
その光る人間に近付いてみた。
(これは?)
その光る人は、自分の父親だ。
他の人を見てみると、もう1人は母親だ。
その他は、中年の見た事の無い男と、若い女性だ。
両親と、見知らぬ男女。
それが、何故、この空間に自分と一緒にいるのか。
ふと、自分の手を見てみると、それも他の人と同じような光を発していた。
「父さん、母さん。」
光る人物に声を掛けてみたが、黙ってその場に立ち尽くしているだけだ。
両目は開いてはいるが、その前にいる自分の事など目に入っていないようだ。
いや、そもそも生きているのかも解らない。
全員が、うつろな目をしたまま、ただ立っているのだ。
見知らぬ男女も見てみた。
その2人も、目は開いているが、何の反応も示さない。
いや、この顔は、もしかして、アキヤマとモリタではないのか?
両親を含め、自分の中にいるという人物が、今はそれぞれの体が存在している。
しかし、反応が無いという事は、この4人の魂だか心は、まだ自分の中にあるのだろうか?
周囲をよく見ると、そこには、もう1人いた。
その人物だけが、光を発してはいない。
その人物だけが洞窟の床に直接に座って、何か作業をしていた。
「あの、ここは、どこですか? あなたは、誰ですか?」
作業をしている人物が手を止めて、自分の方を向いた。
(こいつ、人間じゃない。)
その背中は人間に思えたが、その顔は妖精でも小人でも獣人でもない。
どちらかと言えば、妖精と小人に近いのかもしれないが、知っているどの種族でもない。
その服装は、やや古めかしいが、普通に一般人が着ている袖までしかない短衣だ。
頭に頭髪は無く、耳がやや長い。
身長は座っていてよく解らないが、160~170cmの間位か?
その眼球は黒く、白目が無い。
「何だ、気付いたのか、お前?」
その言葉は、理解できた。
「その、あなたに助けて頂いたのでしょうか?」
「助ける? まあ、そうかもしれないな。でも、それは、たまたまだ。」
「それで、仲間らは、どこに?」
「お前の仲間? それは知らんよ。」
「えっ? でも、自分は迷宮の中にいたんですが、そこで助けて頂いたんですよね? ありがとうございます。」
「迷宮? 一体何の事だ? 儂がお前を助けたのは、その体を作って魂を入れた時さ。」
「体? 魂?」
「ああ、そうさ。お前が、体を引き裂かれて死んでいたのを治してやったのさ。ただ、魂の損傷も激しくてな。それは、お前が死んでいたからかもしれない。だから、適当に魂を混ぜ合わせて、1人分にして、その体に入れてやったのよ。」
何の話をしているんだ? でも、それは、自分らがバロの魔犬に殺された時の事なのか?
「その話、もしかして、自分が森でバロの魔犬に襲われた時の事ですか?」
「バロの魔犬? その名は知らんが、猟犬共にやられたんだろうな。あの辺りで、奴らの臭いがしたからな。」
「そうでしたか。それで、あなたは? 妖精族なのか、それとも違う種族なのか?」
「儂は、妖精じゃあないよ。多分、お前の知っているどの種族とも違う。勿論、魔族でも無いぞ。」
魔族でも無いのか。なら、何なんだ?
「あの、それでは、あなたは?」
「そうだな、お前らの知識からすると、神の仲間かな? 半神よ、儂は。」
「半神? では、四主神でも邪神でも無い、別の存在ですか?」
「お前たちの世界では、そうなるかな。神は、お前が思うよりも、もっと大勢いるのだがな。」
半神、そんな存在がいるのか?
だが、神の力を持っていれば、死んだ人間を生き返らせる事もできるのかもしれない。
けれど、ならば、今、この半神に出会ったのは何故だ?
それに、ここはどこなのか?
「それで、あなたに名前はあるのですか? それと、ここは迷宮でないならば、どこでしょうか?」
「名前か? そうだな。儂の事は『造る者』とでも呼ぶがいい。ここは、その造る者の仕事場よ。以前、お前は一度、ここに来たのだがな。記憶には残らなかったようだな。」
そう言いながら、造る者は、自分が作業中の物を見せてくれた。
それは、木の台の上に、何かを造り掛けている粘土の塊があった。
「ほれ。こうして、お前の壊れた体も以前に造り直したのさ。」
自分の体を造り直した? それをその粘土のような物で?
益々、混乱して来た。
半神は、そんな土塊から、人間を作り出す事ができるのか?
ならば、また自分の体が壊されるような事があったのか?
「いや、今回は違うぞ。壊れたのは、体の方ではない。魂の方だ。どうやら、何かの力で、1つに固めた魂が、またバラバラになってしまったようだ。これはまた、面倒な事になったもんだ。」
魂がバラバラ? だから、父さん達がここにいるのか?
それは、元に戻す事はできないのか?
休養が済んだので、西方の炎風の仲間らは、まだ意識の無いサダを連れて街へと急いだ。
サダは、街に戻す物資輸送用の空の台車に乗せている。
第二拠点にある薬などを試してみたが、サダの意識は戻らない。
後は、街に戻り、神殿で回復して貰うしかないだろう。
サダは、まるで深く眠っているようで、何の反応も示さない。
マレイナ「このまま、意識が戻らないなんてないよね?」
イルネ「大丈夫よ。サダなら、直ぐに回復するから。」
ディーナ「神殿に行けば、もう直ぐよ。」
だが、皆に不安が無い訳ではない。
全員が、同じような攻撃を受けた。
だが、何故、サダだけ意識が戻らないのだろうか?
それとも、サダだけが、別の攻撃をあの魔族から受けたのだろうか?
誰もが、不安を胸に抱いていた。
やがて、迷宮の外に出た。
外は、小雨がぱらついている。
その雨の中、街へ急ぎ神殿へと向かう。




