第167話「新拠点の先」
半妖精の問題は、ほぼ解決したと思えた。
後は、地上に来た彼らと、我々が上手くやって行けるように努力する場面だ。
また、迷宮内の第二の拠点にも、様々な施設が作られていた。
建物などは、半妖精らが残した物を再利用する。
そこに、ギルドの職員が送られ、また、警戒の為に少人数の兵士を引き続き伯爵は駐留する事を決めた。
兵士らの使う建物も、そこにある物を利用する。
第二拠点に留まるギルド職員や兵士らは、1ヵ月毎の交代になるそうだ。
迷宮内にギルドの拠点が2つできた訳だが、第一拠点は中級向け、第二拠点は上級者向けと使い分けられる事となった。
また、第二拠点は、元が半妖精の支配層が使用していた建物が改造されて使われる為に、どの家屋も地下にしては大きな物となっている。
宿屋に改修された場所も、部屋の作りが大きく地上のちょっとした宿屋並の広さがあり、利用者には好評だ。
ただ、その分、使用料は高額になっているのだが。
他にも、武具屋や道具屋、鍛冶屋なども作られ、ちょっとした町のような設備が整っていた。
施設は、今後、更に充実して行くであろう。
自分達も、第二拠点に泊まり、迷宮の先に行ってみた。
だが、そこから先は、なかなかに厳しい。
拠点を出た時は、体力も気力も充分なつもりが、深層の奥に向かおうとすると、その消耗が激しい。
魔獣に出会い、体力を削られるのもあるが、ただ歩いているだけでも、今まで以上に負担が大きい。
そして、今までも迷宮の中でたまに感じていた異変を、頻繁に感じるようになる。
今の迷宮の暗闇の中で、何かが囁いている。
それが何を言っているのか、解らない。
マレイナが、声が聞こえる周辺を探るのだが、何もいないと言う。
声がするのだから、そいつが近付いて来るだろうと、待ち構えても何も出ては来ない。
そして、その囁きが、また別の方角、距離から聞こえて来る。
それは、遠くから聞こえて来る訳ではない。
時として背後から、また耳元で急に聞こえたりする。
慌てて、身構えるのだが、何もいない。
かと思えば、何かが体の横を素通りして行く。
まるで、中型の犬か何かが、体を少しばかり擦り付けて横を通り過ぎたように感じる。
だが、幾ら目を凝らしても、そいつがいると思しき場所へ手を伸ばしてもこちらから触れる事ができないのだ。
また、背中を軽く叩かれる事もある。
鎧の上から、まるで拳でノックをするように。
別に、殴られるような衝撃は無い。
ただ、何かの合図のように軽く叩かれるのだ。
金属の鎧の上をこんこんと音を立てて。
そんな怪異に出会う度に、身震いした。
そして、消耗して行く。
圧し掛かるような重さは、その場にしばらくいれば慣れて来る。
だが、正体不明の様々な気配には慣れはしない。
それが、もし、魔獣や魔族の仕業によるとしたら。
拠点を出て、数時間でまた戻って来てしまう。
そこから、街へ戻る気力も失われ、またそこで一泊してしまう。
結論を出したが、「慣れるしかない」と決めた。
深層に向かうには、そんな威圧に耐える力を身に付けるしかないのだ。
このまま、拠点の近くで、異変に身を晒し、それが当たり前の事だと身に覚えさせるしかない。
他の冒険者らも、そうして少しづつ、深層への挑戦を始めていた。
深層に入れば、その環境だけが苦難ではない。
魔獣も、今までに見た事の無い奴と遭遇した。
迷宮の暗闇に潜み、気配を低下させて待ち伏せる人型の魔獣の岩身鬼。
肌が浅黒く、獣の毛皮を纏い拾い集めた武器で武装している。
数が多くは無いが、4,5匹程度で待ち伏せをする。
手前でマレイナが気付き、慌てて光の玉をそいつらが潜んでいる場所に放つと、奴らへの目くらましになる。
だが、奴らの回復も早い。
手に持った、棍棒やら長剣など様々な武器を振り回しながら、人の背丈と変わらない大きさの蛮族を思わせる、その魔獣が襲い掛かって来た。
そいつらの武器の扱いは、特別に上手い訳ではないが、力任せな荒々しい戦い方にやや押される。
動きも、なかなかに素早い。
大角鬼よりも小柄だが、あいつらよりも腕力がある。
その体力も高く、数回切り付けた程度で倒せる奴でもなく、傷を負っても戦意が衰えない。
武器で切り付ければ、巧みに武器を扱い、こちらに対抗して来る。
組み合えば、噛み付こうとして来る程に、戦意も高い。
人より獣に近い魔獣のようだ。
それでも、奴らを責め立て、1匹2匹と数を減らす。
だが、最後の1匹まで、激しく暴れ回るような厄介な相手であった。
倒してから、また使われないように、その武器は回収した。
その中には、半妖精の物であったと思しき真新しい長剣も混ざっていた。
また、洞窟の中から、長いツタか触手のような物が伸びて来る事もある。
そいつが、こちらの体に絡み付いて来ようとする。
何本も伸びて来る、そいつを仲間らと切る。
その先に光の玉を投げ込むと、そこに岩みたいな物が複数立っていた。
いや、岩ではなく、殻だ。
巨大な1mを越えた貝殻に覆われた、小さな山か岩のようなそいつがいた。
洞穴貝の一種のようだ。
複数の貝殻に覆われたそいつは、殻の合間から沢山の触手を伸ばして来ると、こちらを絡めとろうとする。
こいつも、気配を感じない魔獣だが、その貝殻の擦れる音で存在に気付いた。
殻は硬いが、その隙間に剣を差し込めば、直接に奴を切り刻める。
それに、魔法も有効だ。
存在に気付かずに近付いてしまう恐れはあるが、相手が見えればそうは苦戦はしない相手であった。
そんな貝の化け物が、生息場所の洞窟の中に溢れている。
数十の奴らを突き刺し、魔法で撃ち抜いて行く。
やがて、地面に砕けた大きな貝殻が散らばっていた。
それから、こんな迷宮の奥にも獣のような魔獣もいる。
巨大な鹿か山羊が、洞窟の斜面を駆け下り、また登っている。
こちらの存在を知ると、その頭の大きな角を使い襲って来るのだ。
体長だけで2mを越えるので、そんな巨体にぶつかられただけで致命傷だ。
仲間らと散らばって、奴らが接近して来るまでは、呪文を放つ。
呪文が当たると一時的に怯みはするが、また速度を上げて突っ込んで来る。
そして、それをギリギリで避けると、その瞬間に武器で切り付ける。
振り回される大きな角にも注意する。
角が一回り以上も大きな奴は、雄の個体か?
突進の速度は早いが、咄嗟な方向転換は苦手らしい。
避けては一撃を加え、また次の突撃に備える。
こいつらの毛皮と角は、買い取りも良さそうなので、必死に戦った。
こいつは、引き際も見極めるのか、3,4頭を切り倒すと、あっさりと引き上げた。
皮と、角を剥ぎ取った上で、肉も食えそうなので、切り取って拠点へと持ち帰る。
今日は、こいつの肉を調理して貰おう。
キオウ「ここらも、また新しい魔獣がいるな。」
「ああ、どれも体力があるから、こちらが根負けしそうだったよ。」
ディーナ「ここらでは、まだあいつらの体力の方が上のようね。悔しいけど。」
あいつらは、ここで生きている。
それが、自分らとの違いかもしれない。
早く、この周辺でも、まともに動けるような体力気力が欲しいもんだ。




