第144話「開拓村の隣人」
開拓村の近くの森で、フェムネの笛を使ってみると、彼らが現れた。
イナール大森林と、この辺りは距離があるので、フェムネでも群れが違うと思うが、その辺りも聞いてみよう。
「何で、笛を持ってる?」
マレイナ「それはね、前にイナール大森林で貰ったんだよ。これを使えば、あなた達に会えるって言われたの。」
「そうだった。うん、解った。それで、何か用?」
マレイナ「ごめんね。用事がある訳じゃないけど、ここにもあなた達がいるのか調べてみただけなの。」
「そう。でも、ここ、僕ら少ないよ。ここは、旅して来たから。」
ディーナ「旅? いつから、あなた達は、ここにいるの?」
「そだね。僕たち、時間の単位解らない。でも、ここに来て200回はお日様登ったの覚えてる。ああ、雨の日とかもちゃんと数えてるよ。」
キオウ「お前ら、そんな数を数えてるのか?」
「うん、うん。僕たち、自然の中の小さな事から大きな事からも、いろいろと知ってる。だから、寒くなる時、温かくなる時も解かるよ。」
イルネ「凄いわね。フェムネは、自然と共に生きているのね。」
「でも、それ当たり前。でないと、自然は怖い。食べ物、無くなっても気付かないよ。」
イルネ「なら、あなた達、この森に来てから、フードを被って顔を隠した人を見た事はない? 人数は多くはないけど、人の村から離れた所を歩いていると思うのだけど。」
「その人、知らない。僕たちがここ来てから、見た事ない人。」
フェムネが、この森に来たのは半年と少し前くらいだろう。
その間、あのフードの連中は、ここを出入りしてはいないようだ。
森の中の事は、フェムネの方が詳しいはずだから、信用しても良い事だ。
マレイナ「ねえ、あなた達、ここに住んでいる数は少ないって言っていたけど、寂しくないの? イナール大森林にいたのは、あなた達の同族なの?」
「多分、違う群れ。寂しいよ、数少なくて。でも、どこ行くか解らない。」
イルネ「前は、どこにいたの?」
「僕たち、西から来た。森、木が少なくなって、旅に出た。」
そうか、このフェムネは、多分、森が伐採されて、ここに逃げて来たのだろう。
なら、イナール大森林まで、連れて行ってやるのがいいのか?
「僕たち、余り遠く行きたくない。」
フォド「ならば、私の故郷に来ますか? そこならば、そんなに遠くはありませんから。」
「森の妖精、そこなら安心、行くよ。行きたい。」
フォド「ならば、私が連れて行きましょう。でも、仕事がまだここであるので、もう少し待ってくださいね。」
「うん、うん、よろしく。準備してる。」
数日後、魔鉱石の発掘が終わったので、ハノガナの街へ帰る事になった。
マレイナが開拓村の近くで笛を吹くと、荷作りしたフェムネがやって来た。
その数は、8匹。
彼らの荷物であろうか? その背には風呂敷で包んだ何かを背負っていた。
マレイナ「ねえ、ここにいるあなた達は、8匹だけなの?」
「そう、そう。これで全部。とても少ない。」
フェムネの移動だが、荷馬車に乗せるか?
体は小さいから、そんなに邪魔にはならないと思うが。
「大丈夫、大丈夫。僕らにも、乗り物あるよ。」
フェムネの1匹が荷物から横笛のような物を取り出すと、演奏を始めた。
しばらく吹き鳴らしていると、森の中から何かが何匹も飛び出して来た。
それは、1mを少しばかり越えた大きさの小型の脱兎鳥の仲間だった。
人や荷を乗せる脱兎鳥よりも小振りなので、小脱兎鳥とでも呼ぶのだろうか?
その背にフェムネは1匹づつが跨った。
短い彼らの足は、地面よりも遥かに高い位置にあるが、上手い事、小脱兎鳥に乗っている。勿論、手綱も鞍も無い、裸小脱兎鳥の上にだ。
「僕ら、これで、行くよ。」
荷馬車の周囲を自分らの騎馬が守るようにして進む。
その後ろから、フェムネを乗せた小脱兎鳥が遅れる事も無く、付いて来る。
フェムネは、降り落とされる事もない。
キオウ「あいつら、俺らが馬に乗り始めた時よりも、遥かに上手く乗りこなしているな。」
その姿に、危なげな所は無い。
二足で走る鳥の背に、大ネズミみたいな容姿をした生き物が、背中に風呂敷を背負い乗っているのは、不思議な光景だが。
マレイナ「小脱兎鳥に乗るの上手いね。」
イルネ「そうね。魔法もできるし、彼らは本当に多才だわ。」
やがて、ハノガナの街に着いた。
アグラム伯爵の城館に向かう。
街を見る、フェムネは、驚いて眺めていた。
ああ、小脱兎鳥だが、街に入る前にフェムネらが解放すると、一目散にどこかに消えて行った。
フェムネらによると、あの小脱兎鳥らは、彼らが飼育しているのではなく、野生の物を呼び寄せて、その時々で乗せて貰うらしい。
ふと頭の中に、(タクシーみたいね)という声が響いたが、それは、あのモリタの声に似ている気がした。
タクシーが何か解らなかったが、何も答えは返って来ない。
伯爵の執務室に、フェムネも連れて行った。
アグラム「そうか、君達がフェムネか。よろしくな。」
「はい、はい。偉い人。初めまして。」
フェムネをフォドの故郷に早く送ってやりたいが、まだ、しばらく先の事になりそうなので、この城館に滞在して貰う事となった。
ここなら、庭園や小規模な林も敷地内にあるので、そこなら彼らもしばらくの間は大丈夫であろう。
屋根のある場所として、納屋の一隅を彼らの専用の場所にもした。
納屋と言っても、薄汚れた場所ではなく、藁を敷き詰めれば立派な寝台に使えるし、雨風も問題無い。
「おお、いい所、いい所。僕ら、ここが気に入ったよ。」
アグラム「それは、良かった。食べ物も、好きな物を言ってくれれば、用意するぞ。」
フェムネの件は、しばらく置いておき、旧市街の再開発は、次の段階に入る。
けれど、これも、自分等の出番は、まだ無い。
次は、採取して来た魔鉱石の加工である。
それは、魔工術師らの仕事である。
なので、迷宮に向かおうかと思ったが、フェムネと話をしてせがまれた事があった。
彼らには、イナール大森林の同族の話をしたら、自分達も魔法を覚えたいのと、冒険者に興味があると言うのだ。
それで、彼らを魔法屋とギルドに連れて行く事にした。
その費用は、伯爵持ちである。
まず、魔法屋に連れて行くと、彼らは様々な属性の魔法の呪文の巻物を買い漁っていた。
初級呪文は当然として、中級や上級までもである。
あっという間に、上級呪文まで使える8匹の魔術師が誕生した。
そして、ギルドである。
受付嬢のヘルガや、親しい冒険者らには、フェムネの話をしてはいたが、多くの冒険者らは、彼らの存在を知るのは初めてであり、驚いたように眺めていた。
ヘルガ「ようこそ、冒険者ギルドへ皆さん。他の街でのお仲間の活躍も聞いておりますよ。どうぞ遠慮なく、ご利用ください。」
8匹のフェムネは、冒険者の登録を済ませた。
彼らに、冒険者タグは少々大きいが、首から下げる鎖の長さは、体に合わせて調整した。
あとは、防具屋や武器屋で、彼らに合せた装備を特注した。
数日後には、彼ら用の装備も揃うであろう。
勿論、彼ら用の背嚢も道具屋に頼んである。
冒険者になった、フェムネと迷宮に行ってみた。
彼らには、慣れない環境かと思えば、順応性が高い。
「僕たち、洞穴とか穴倉でも生活するから、へっちゃらだよ。」
ランタンの灯りも必要無く、迷宮で活動できるのだ。
それに、マレイナ以上に警戒能力が高い。
キオウ「おいおい、フェムネの冒険者が増えたら、俺らは皆、廃業だぞこれは。」
そんな日が、来るのか? ありえない話ではないな。
しかも、その魔力が凄過ぎる。
それは、久し振りの迷宮内の水辺での事だった。
迷宮内に降り込んだ雨水が溜まったのか、ちょっとした池のようになった場所があった。
そこに巣くっていたのは、あの水竜だった。
自分等も何度も戦った相手ではあるが、今も大物ではある。
それに、今は、ナルルガという大火力のある魔導師もいないのだ。
けれど、それは杞憂でしかなかった。
戦闘が始まると、8匹のフェムネによる、魔法の一斉放射が始まった。
彼らがまず使ったのは、お馴染の火炎矢ではあるが、その数が凄まじい。
彼らの短い両手から、連続で放たれる呪文の嵐。
それが絶え間なく、水竜に向かって行く。
その呪文の発する輝きで、洞窟内が昼間のように明るくなる。
放たれた火炎矢は、何十、いや百数発もあったかもしれない。
それが止んだかと思えば、今度は大火球を数発、連続で放った。
彼らの呪文の連射が終わった。
そこへ、黒焦げ状態の水竜だった物に、止めなのかダメ押しなのか一撃を加えた。
幸いな事に、呪文の影になった場所に水竜の鱗が残っていたので、討伐の証は回収できた。それにしても、魔法が凄過ぎる。
まるで、ナルルガが8人いるみたいだ。
「やったね。みんなで、倒せたね。」
ナルルガよりも、遥かに謙虚だ。
何度も迷宮に通っていると、フェムネも冒険者としての勘が備わって来たようだ。
その頃に、魔鉱石の加工も終わったようなので、今度は、旧市街の再開発が本格的に始まる。
まずは、その地区に結界を張り、安全を確保するのだ。
それが終わってから、住居などの再建が始まる。
その為に、ある人物をハノガナの街に呼び寄せてあった。
その人が、いよいよ到着したのである。




