第133話「大森林の蠢動」
迷宮内の各所で、魔鈴を試す日々が続いていたのだが、ある日、久し振りにアグラム伯爵に呼ばれた。
伯爵の執務室に向かうと、難しい表情をした伯爵がいた。
アグラム「やあ、諸君、よく来てくれた。また、厄介な事が起きたよ。」
伯爵の話では、アデレード地方の北方にある、タガドール地方で魔獣の大量発生が起きたらしい。
その魔獣の群れは、地元の領主の軍に撃退されたようだが、それなりの被害が出たようだ。
魔獣の群れが出現する事も稀にある事ではある。
だが、それを軍が対処したとすれば。
アグラム「そう、出現したのは狗毛鬼と獣悪鬼の混成だったようだが、奴らは胸に魔票を付けていたのだ。」
また、魔票を使った事件が?
今から、数日前の事らしい。
イナール大森林から、魔獣の小集団が幾つも湧き出し始めたそうだ。
最初は、地元の冒険者のパーティーが何組かで対処していたが、直ぐに手に負えなくなり、周囲の街へも応援が要請され、それでも解決しなかったので、ついに領主が兵を動かしたそうだ。
事の起こりは2週間程前の事で、鎮圧されたのは5日前の事らしいが、今も散発的に魔票に操られた魔獣の出現が続いているらしい。
イナール大森林と言えば、その東側で自分達がフェムネに出会った場所だ。
あの大森林は、今回のタガドールとケリナの街のあるグラナイトの両地方に広がっているのだ。
翌日、準備を整え、伯爵から馬を借りると、タガドール地方へ向けて出発した。
今回は、イルネを含めた6人だ。
目指すのは、イナール大森林近くにある、タンドリアの町だ。
今も、そこに領主の兵士らの一部が常駐して対処に当たっているらしい。
今回の自分らの役目は、彼らへの応援と、対策に魔術を伝授する事だ。
地元の冒険者らにも、魔法を教える役目もある。
馬を走らせ、目的の町には5日後に到着した。
タンドリアの町に着くと、対策本部に借り上げられた宿屋へと向かう。
ここの責任者は、サイガという名の30代中頃の騎士だった。
サイガ「いや、これはご苦労。応援感謝致す。」
彼は、如何にも幾つもの修羅場を抜けてきたようなガラワンやグランマドのようなタイプらしい。
こういう現場には、相応しい人物のようだ。
騎士というよりも、ベテランの冒険者という風格だ。
サイガ「まずは、現場を見て欲しい。」
町から、大森林の入口までは、数百mしか無い。
間に、農地があり、普段ならば、森は町の生活圏に含まれる場所なのだろう。
だが、今は農地は踏み荒らされてしまっている。
サイガ「まあ、これは魔獣共だけの仕業じゃないがな。ここも戦場だったのさ。」
森が近過ぎるのも、被害が出た原因かもしれない。
今は、町の外壁の外側にも、臨時に築かれた防壁もあり、四方には櫓も建てられている。
一通り、町の周囲を確認して回った。
町中に戻ると、早速、魔術の指導を始める。
光属性の呪文などを教える相手は、領主が集めた魔術師に神官、配下の騎士らで魔法の得意な者、冒険者らだ。
今回は、20人程に教える事になりそうだ。
こういう事は、ナルルガが得意なのだが、贅沢は言えない。
以前、ナルルガに教えて貰っていた頃の事を思い出した。
修得が早いのは、神官らである。
彼らは、ほとんどが光属性の魔法が元から使える者が多い。
続いて、魔術師らの吸収が早いようだ。
ここでも、教える呪文は、光の円陣、光の尖槍、光の御符の3種類だ。
この3つを覚えるだけで、魔票に操られた相手に有効だ。
更には、多くの魔族にも効く。
神官や魔術師らは、翌日までにほぼ修得し、他の者も数日中には修得してくれた。
サイガ「ありがてぇ。これで、対処が楽になったぜ。」
魔票に操られた魔獣は、この町に自分らが来てからも散発的にやって来ていた。
少ないと10匹程度、多いと30匹程が、時間を選ばずに現れる。
続けて来る時もあれば、しばらく出て来ない時もある。
サイガ「多い時は、百を越えて来やがったぜ。」
それも一方向からではなく、森の方々からも来るそうだ。
今回、出て来る魔獣は、狗毛鬼と獣悪鬼の二種だ。
それが、時に混ざって出て来る。
厄介なのは、今回、出現する魔獣に統制が取れている事だ。
奴らは、互いに庇い合い、助け合いながら戦うのだ。
まるで、それは訓練された兵士のようである。
魔票で、奴らへ何かしらの指示を与えているのは間違い無い。
魔票自体も、できる事が増えている。
サイガ「それが、苦戦している理由よ。冒険者らの手に負えなかったのは、その為でもある。」
故に、領主が早々に、兵士らを向けたのだ。
その迎撃へも参加した。
今回も、光の呪文は有効である。
光の円陣を使うと、魔票の支配から抜け出すので、後は普通の魔獣相手の戦いになる。
呪文を伝えた事で、町の防衛に余裕が生まれた。
ならば、次は、森林の中の様子を探ってみるか?
それを自分らは、請け負う事とした。
町の防衛は、引き続きサイガらが担当する。
自分らは、森の中へと踏み込む。
森を進んで行くが、特に変化は無い。
数多くの魔獣が通り過ぎた痕跡はあるが、それ以外は、普通の森である。
いや、獣の気配が無い。
鳥の鳴き声もしない。
危険を察知して、どこかに行ってしまったのだろうか?
キオウ「何もいないな。木は生えているが、まるで、死んだ森みたいだ。」
フォド「そうですね。いい雰囲気ではありません。どこか、緊張したような嫌な感じです。」
イルネ「こっちにも、フェムネはいるのかしら?」
マレイナ「そうだ。あの笛を吹いてみようか?」
それはいいかもしれないが、こんな場所に、来てくれるのだろうか?
笛を使うにしても、もう少し場所を選ぶべきかもしれない。
更に、森の中を歩いた。
すると、微かに、鳥の声が聞こえた。
耳を澄ますと、何羽かいるようだ。
ここならば、いいか?
マレイナが、フェムネに貰った小さな笛を吹いた。
「ぴぃいいいいいぃ」
少し高い音が鳴った。
しばらく、様子を見て、もう一度吹く。
そして、彼らを待つ。
10分、15分待っただろうか。
森に風が吹いたと思うと、彼らが現れた。
「呼んだ、呼んだ。何かな? 何かな?」
8匹程のフェムネが、目の前に現れた。
彼らの姿を見て、驚いた。
彼らは、間違いなく、あのフェムネだ。
ただ、今、いるのは、何かしらの装備を身に着けているのだ。
一番少ない装備でも、腰の辺りにベルトを付け、そこに幾つか小物入れを吊るしている。
その他は、背嚢を背負ったり、中には、革兜を着けた者までいる。
そこには、小さな冒険者らがいたのだ。
腰に小型の杖やロッドをぶら下げているのもいる。
数ヵ月で、彼らの生活を大きく変えてしまったのだろう?
キオウ「お前ら、変わり過ぎだろう?」
「いやいや、便利、便利。でも、僕らの生活は変わらない。これ、物運ぶ、持つ、便利なだけ。」
これが、彼らの生活に悪影響でなければいいのだが。
フェムネに、森での変化の事を聞いてみた。
「怖いの近頃、沢山いる。でも、森の中には来ない。みんな、人の所に行く。」
彼らも、魔獣の動きは知っているようだ。
だが、あれだけの魔獣が森の奥には来ないのか?
イルネ「ねえ、その怖い奴を操っている奴がいると思うけど、それを知ってる?」
「うん、顔を隠した人が、何かやってたよ。あれは魔法だと思う。」
「そいつが、いる場所は、解かるのか?」
「うん、解かるよ。森の中に隠れてる。」
イルネ「それ、何人くらいいるか解かる?」
「3人だね。他にはいないよ。」
マレイナ「そこに、案内してくれる?」
「いいよ、いいよ。あいつら、やっつけてよ。」
どうする? 相手は3人だけのようだが、自分らで対処できるか?
「僕らも手伝うよ。」
フェムネの案内で、森の中を進む。
進んで行くと、また鳥の気配も消えた。
「森、怖がってる。これよくない。」
そして、木々の間にテントが見えた。
「あれ、あれ。あそこだよ。」
テントが2つ張ってあり、それを木の枝などで隠してある。
ここが、黒幕の隠れ家のようだ。




