第125話「森の怪音」
ナールの町に来て、数日。
ギルドの依頼を順調に達成する日々が続いた。
魔獣も獣も多いので、稼ぎも悪くは無い。
このような依頼が少ないケリナの街よりも、遥かに稼げる場所である。
今日も、増え過ぎた大山猪の間引きを頼まれ、8頭程、倒した。
数が多いので、町まで全て持ち帰る事はできないので、1頭だけ木の棒に4本の脚を縛り付けて持ち帰る事にした。
その他にも、魔獣の討伐依頼を受けて来ており、そちらの方も狗毛鬼や一角鬼に遭遇したので達成済みである。
町へと向かって帰る途中であった。
森の奥の方から、大きな音が聞こえた。
「どぉ~んっ!」と地響きまで伝わって来そうな音である。
余りの音の大きさに、足が止まった。
だが、その後は、全く音は聞こえて来ない。
もしかして、樵が大木を切り倒したのだろうか?
聞こえた音は、確かに、倒木のように思えた。
だが、聞こえて来たのが、随分と森林の奥深くのように思えた。
そんな森の奥に、樵が立ち入るのだろうか?
聞こえた音も大きかったので、森の奥で大木を狙ったのだろうか?
だが、そんな奥で大きな木を切り倒しても、運ぶのが大変であろう。
当然、そんな場所では、魔獣も出て来るはずなのだ?
キオウ「あの音のした辺り、様子を見に行った方がいいかな?」
イルネ「でも、場所の特定は難しいと思うけど。」
場所が解らない上に、彼らが必ず魔獣に遭遇するとも限らないので、町へと再び向かう。
そんな音の事を忘れかけていた時に、また別の方角から音が聞こえた。
ディーナ「他でも、木を倒したみたいね。」
マレイナ「それも、今度もかなり奥の方だよね。」
ここの辺りの樵達は、随分と森の奥に入って作業をしているようだ。
だが、そろそろ日が傾き始めて来ているのだ。
あんな奥で木を切り倒しても、町まで運ぶには夜中になってもできるのだろうか?
キオウ「山小屋みたいなのがあるのかな?」
そうと考えないと、運び出すのも町へ戻るのも時間的に難しいはずだ。
ナールの町に戻って来た。
ギルドで、今日の依頼の報酬を受け取った。
その時、思い出したので、受付嬢に森の中で聞いた倒木の音の事を聞いてみた。
「ああ、皆さん、あれを聞いたのですね?」
あれ? 樵の作業の音ではないのか?
「周囲の町村でも、そんな森林の奥まで入って作業する事はまず無いです。伐採しても、運び出すのも大変ですから。あれは、誰かが木を切っているのではなく、獣の仕業みたいなんです。」
獣の仕業? そんな事があるのか?
「実際に、音のした辺りを何度も調べた事もあるんですが、どこにも切り倒したばかりの木なんて見付からないのですよ。魔獣にしては、音を出すだけなんて変ですから、みんな、獣の仕業だって言ってるんですよ。」
マレイナ「そんな悪戯する獣がいるの?」
「何のつもりでやっているのかも解りません。脅かすつもりにしても、離れた所から音がするだけですから。」
変わった奴がいるというなら、その正体を探ってみても面白いかもしれない。
残念ながら、そんな依頼は出されていないので、正体を突き止めても報酬にはならないのだが。
次の日、ギルドで依頼を受けて、また大森林へと入り込む。
今日は、あの音がした辺りを探ってみる。
場所を特定してる訳ではないが、大体、この辺りだろうという見当は付けてはいる。
けれど、広い森林の中なので、そうは場所を見付ける事はできない。
それでも、視界に入った範囲で、木が倒れたような所はない。
しかも、入り込んだ辺りは、木々の密度もそれなりに詰まっているので、大木を倒す空間は無いように思えるのだが。
その辺りでは、魔獣も大型の獣にも、今の段階では遭遇しない。
いるのは鳥たちと、小型な獣ばかりだ。
これでは、魔獣の討伐も、狩猟もできはしない。
場所を変えた方が良さそうだ。
キオウ「獲物になりそうなのが、何もいねえな。」
マレイナ「気配も無いよ。鳥と、ネズミくらいかな?」
歩き回り、疲れもしたので、少しばかり、休憩をする。
イルネ「今日は、森林浴に来たみたいね。」
ディーナ「ええ、歩き回るだけでも悪くないわね。」
マレイナ「待って、何かいるよ。」
マレイナの言葉で、全員が口を閉じた。
マレイナが、神経を張り詰めた様子で、周囲を伺う。
自分達も、マレイナには及ばないが、耳を澄まし、周囲の気配を肌で探る。
(いや、何も感じないな)
マレイナも集中を止めたようだ。
マレイナ「ダメだな。気配が消えたよ。でも、魔獣ではないと思うよ。何かが、こっちを見てたのは間違いないけど。」
近付いて来た反応が消えてしまったらしい。
休憩を終え、再び歩き始めたが、遭遇する物が無いので場所を変える事にした。
森林の奥を目指して進む。
所々に、獣の痕跡が見付かるようになった。
マレイナ「この辺りになら、獣もいるね。猪に鹿も。」
ディーナ「ええ、そうね。それに、これは一角鬼の足跡かしら?」
獣だけでなく、魔獣もいるようだ。
ようやく、報酬になりそうな気配になって来た。
そして、一角鬼の一団に遭遇した。
戦いは、いつもと同じである。
呪文を放ち、奴らの数を減らし、更には混乱させる。
そこに武器で切り掛かる。
数もそうは多くも無いので、全て討ち取るのに手間も時間も掛らない。
ただ、相手が一角鬼では、余り報酬にはならないのだ。
森の中に、少しばかり開けた場所を見付けたので、そこで昼食にする。
ここらは、誰かが木を切った場所のようだ。
この辺りまでは、誰かが入って来る事もあるのだろう。
町から持って来た、肉やらパンを口に運び込む。
こういう仕事中の食事も楽しいものだ。
皆、食べていると、マレイナの動きが止まっている。
その顔を見ると、周囲の気配を探っているようだ。
不意に食事中に魔獣などに襲われても困るので、マレイナはいつも警戒はしている。
けれど、今は、何かに集中して、その相手を探ろうとしているようにも思えた。
無言のまま、指でマレイナに合図を送った。
(どうした?)
(何かが近くにいる)
また、何かがこちらに近寄って来たみたいだ。
そう言えば、さっきも、こちらが休んでいる時だったな。
意識的にやっているようだが、魔獣にしては変だな。
魔獣ならば、こちらに隙があると思えば、そのまま攻撃して来るはずだが。
周囲を見回してみるが、それらしき姿も気配も無い。
こちらを監視できる、ぎりぎりの距離から見張っているのか?
だとしたら、なかなかに頭の良い奴なのかもしれない。
正体不明の奴に見張られていると思うと、薄気味悪さも感じる。
魔獣なら魔獣、獣なら獣と正体が解かればいのだが。
獣がこっちを見張る?
そんな事をするものだろうか?
もしもそんな獣がいるなら、ちょっとそいつを見てみたい気もした。
食事を終え、しばらくの休憩をしてから、また歩き始める。
ふと、思い付いたので、食べ残したパンをその場に残してみた。
イルネ「何をするの?」
「いや、奴らも腹を空かしているかと思ってね。」
フォド「気に入ってくれるでしょうか?」
皆。自分の意図を汲み取ってくれたようだ。
その場を態と離れるように動き、大きく森の中を回ってそこに戻って来るように歩き始めた。
マレイナが気配を感じない方角へ態と向かい、少しづつ進む角度を変えて大きく回り込むようにして、先程の休憩場所へ戻って行く。
時間にして20分程掛けただろうか?
ぐるりと回り込み、先程の広がった場所へと戻って来た。
そこを見ると。
(あっ、無くなっている)
自分が地面に置いた、パンが無くなっていた。
マレイナが気配を探ると、すぐ近くの木の裏に、小さな反応があるようだ。
全員で近付くと逃げ出すかもしれないので、マレイナが気配を消して、そいつへ近付く。
相手も、今のところ、動きが無い。
マレイナも、剣に手を伸ばしてはいるが、まだその刀身を抜いてはいない。
「あっ!」
木の方で、声がした。
その声は、マレイナが発した物ではない。
(だが、人間みたいな声だったぞ?)
マレイナの足も止まり、前方を見ている。
そんなマレイナの後ろ姿を、自分達は離れた場所から見守る。
マレイナは警戒をしてはいるが、危険は無いようだ。
マレイナ「誰? 誰かいるの?」
木の反対側へ向けてなのか、マレイナも声を掛けた。
返事は無い。
マレイナ「言葉が、解かるの? 怖くないよ。」
まだ、返事は無い。
そもそも、さっきの声のような音は、言葉なのか?
しばらく、沈黙が続いた。
「あっ、あの。」
今度は、はっきりと誰かが話した。
いや、話した事になるのか?
マレイナ「出て来られる? 何もしないよ。私、少し下がるから、出て来て。」
マレイナが後ろ向きに、数歩下がって来た。
マレイナが下がると、何かが木の陰から体をのぞかせて来た。
大きさは1mより大きいかもしれない。
毛の生えた、何かの獣が後ろ脚で立ち上がって、こちらを恐る恐る見ている。
ネズミ? いや、アナグマかイタチのようにも見える。
いや、1匹だけではない。
同じような奴が、もう1匹出て来た。
2匹目の奴の前脚には、先程、自分が置いたパンが握られていた。
「本当に、何もしない?」
今度は、その生き物が、確実に言葉を発した。
こいつらは、何なんだ?




