第103話「派遣指導」
ある日、アグラム伯爵からの呼び出しが掛かった。
キオウ「何だろうな。こんなの久し振りだけど。」
伯爵の執務室に自分達は集められた。
今回は、自分達5人とイルネだけだ。
アグラム「そう、硬くならんでくれ。今回は、君達に指導を頼みたいだけだ。」
指導、それは、対魔族、対魔票の魔術や戦闘法に関する物だ。
行先は、ラッカムラン王国内のとある地方、アデレード地方から見れば東北方向にあるテリオン地方だ。
ここの領主は、アグラム伯爵の知人である、ナグトアン子爵だそうだ。
アグラム「友人である彼から、少し頼まれてな。しばらく、向こうで、指導して来て欲しいのだ。よろしく頼む。」
今度は、自分達が指導する立場か。
務まるのか、自信は無い。
アグラム「何、緊張するな。君らの実績ならば問題無い。ハルム王国でも同じような事をやって来た経験もあるだろう。それに、向こうにも規模は小さいが、迷宮があるらしいぞ。たまには、他の場所での活動も良いのではないのか?」
そう言えば、ハルム王国では、フランらにも呪文を教えたりもしてたな。
そういう事なら、ナルルガとイルネがいるだけでも充分だろう。
数日後、準備を整えると、伯爵から馬を拝借し、6人でテリオン地方へと向かった。
目指すは、テリオン地方の中心都市のデルキトンの街だ。
馬で、7日もすれば着くであろう。
実は、この街も前にハルム王国に向かう途中で通過した事もあった。
なので、全く知らない場所でも無い。
久し振りに馬に揺られて、進んで行く。
道中も、問題無く、予定通りにデルキトンの街に到着した。
ここは、王都のあるマダリオン地方に隣接する為か、発達した都市である。
人口もハノガナの街よりも大きい。
キオウ「うわ~、ここも凄い街だな。」
「ああ、人も多いな。でも、ケリナよりは少ないかな?」
キオウ「そうか、同じくらいいるんじゃないのか?」
ナルルガ「ふっ」
キオウ「何だよ。何、笑ってんだ?」
ナルルガ「いえ、またかなって思ってね。」
城門を潜り、ナグトアン子爵の城館に向かう。
馬を降り、館の前で案内を請う。
家人が邸内に入れてくれた。
馬を馬丁に預け、自分達は屋敷の中に案内された。
客間に通され、ナグトアン子爵自ら出迎えてくれた。
子爵は、アグラム伯爵よりも少し若い男性だった。
ナグトアン「ようこそ、諸君。態々、出向いてくれて感謝いたす。」
子爵は、自分の配下の騎士や魔術師に、闇魔法などを教えて欲しいそうだ。
ナグトアン「滞在中は、ここを自由に使ってやってくれ。」
対面時間は、それ程に長くは無かったが、悪い人ではなさそうだ。
あてがわれた部屋に荷を置くと、幾人かの人物を紹介された。
騎士グランマド、魔術師エルノアの2人。
グランマドは、子爵の配下の騎士の1人で、今回、自分達が指導する騎士らの責任者だという。
エルノア、彼女は、子爵家に使える魔術師の1人だそうだ。
この2人を含めた数人に、明日から呪文やら戦闘方法を教える事になる。
翌日、朝食を終えた食堂に、一同が会した。
グランマドら騎士は12人、エルノアら魔導師は8人だ。
騎士らは、魔術も得意な者が集められた。
魔術師は、子爵の子飼いの者だけでなく、この街のギルドの者も含まれていた。
半数は、神官だ。
最初は、食堂を借りた座学となる。
それを主導的に教えるのは、ナルルガの役目だ。
それをフォドとイルネが補佐する。
で、自分らはと言えば、今の段階では出番が無いので、食堂の隅でナルルガの講義を眺めていた。
ナルルガの教え方は解り易く思える。
それは、自分達もハノガナの街で家を借りるようになった頃に経験済みの事であった。
子爵の配下らに教える呪文は、光属性の物と、闇属性の物だ。
騎士の中には、光と闇の属性の呪文を取得していない者もいる。
なので、まずは、その修得を目指す。
ナルルガも、張り切っているように見える。
また、こうして彼女の講義を聞いていると、自分達も復習になる。
数日は、こうした座学のみになる。
数日後、午前中は引き続き座学を教え、午後は館の練兵場で実技となった。
最初に彼らに教えた呪文は、光の円陣と光の尖槍、光の御符の呪文だ。
この3つを覚えれば、魔族や魔票への攻撃も防御も一通りできるようになる。
魔術師らは、流石は魔法の専門家であるから、その修得は早い。
だが、騎士らは、使った事も無い属性の呪文は苦手なようだ。
グランマド自身も、魔法はそれなりにできるようだが、慣れない属性は苦手らしい。
グランマド「あんたらも、この呪文を修得してるのか?」
「まあ、そうだな。自分達は、ケリナ魔法学院で習ったけど。」
グランマド「ケリナで習ったのか? そいつは、凄いな。」
グランマドも貴族配下の騎士ながら、話し易い人物だ。
彼も、それなりの修羅場は潜って来たような人らしい。
ガラワンとある意味で似たような男かもしれない。
ガラワン「うっくしゃっ! 何だ?」
それでも、数日で皆、修得したので、新たな呪文を教える事となる。
更には、実戦での事も自分達の体験を元に語る事となった。
今までに出会った魔票に関わる相手、動く石像や動く死体、屍霊人や一角鬼の事。
そして、遭遇した魔族の事など。
「魔票で動く奴らは、それを剥がせば動きを止める。だが、複数付けてる奴らは厄介だ。剥がすまでに、抵抗も強い。」
特に、苦戦した屍霊人の事は強調した。
そんな奴らも、光の円陣を使えば楽に無力化できるはずだが、大量に発生した場合には、呪文を使えない兵士らと共に対処する場面もあるだろう。
また、魔族らも、今後は各地で遭遇する可能性もあるので、種類毎の特徴やら戦い方なども説明した。
グランマド「何だよ、随分と魔族らとも戦っているんだな。」
キオウ「望んだ訳じゃないが、何度かな。そして、ハノガナの街の地下迷宮で見たが、あいつらを利用して魔獣を呼び寄せる事もできる。」
エルノア「そんな事まで? それを実際に見たのですか?」
ナルルガ「ええ、魔法陣に封じ込められた魔族が、大食い鬼や狗毛鬼を呼び寄せていたわ。多分、より強力な魔族は、もっと強い魔獣を呼ぶ事もできると思う。」
グランマド「おいおい、思ったよりも深刻だな。」
イルネ「確証は無いけど、国家レベルでそんな事を悪用しようという動きもあるみたいなの。」
エルノア「そんな事まで?」
イルネ「ええ、ハルム王国での動く死体の騒動は、知っている?」
グランマド「そんな噂も聞いた事があったな。国軍が動く死体を掃討したとか。」
ナルルガ「それ、魔票を使っていたのよ。」
エルノア「あれも、そんな事でしたか。」
イルネ「ええ、それで子爵も私達を呼んだのよ。」
グランマド「これは緊急事態だとは聞いてたが、そんな事情があったのか。」
イルネ「ここは、王都にも近いわ。だから、その対策も必要なんでしょうね。」
説明で深刻さが伝わったのか、講義を受ける者らの熱意が上がったようだ。
座学に、呪文の使用、それに武技の講習も始めた。
呪文を武器に込め、威力を高める。
魔術師や神官なら、できる者も多い。
だが、騎士らの中には、その経験も無い者もいる。
魔術師や神官らが、騎士らの武器に呪文を掛ける。
これで、魔票で動く者や魔族らへ大打撃を与えられるようになる。
勿論、魔獣にも有効だ。
そんな指導を始め、数週間が過ぎた。
子爵に頼まれた事も、ほぼ完了に近付いた。