嘘
見つけた。
恭一は確信した。
美沙もあの事件現場近くに居たのである。
現場から少し離れた所の
防犯カメラの映像では有ったが
そこにはそれらしい姿が映し出されていた。
しかし彼女は被害者では無い。
彼女の家を訪ねて行った時
刺された様子は微塵も無かった。
では彼女はあの場所にいて
あの騒ぎに気付かなかったのだろうか?
事件と彼女のいた場所が
単に偶然一致しただけだったとか?
狙いは彼女だと言っていた。
何故彼女は狙われるのか?
そこには
五年前の事件に鍵が有るような気がして
ならなかった。
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「それでおばさま、判った事を教えて頂けませんか?」
食卓を囲みながら
先日の侵入者の件を美沙は尋ねた。
「なんでも、サンケンって会社の人の依頼と言ってたわ。
小娘を一人処理して欲しいって。
何か気付かれてるみたいだからって、来たそうよ。
私たちみんなを殺す気だったみたいだから
割と簡単にしゃべってくれて・・・」
「サンケン? そう言ったのか?」
美沙より先に、小父さまが口を開く。
その言葉に引っ掛かった様だ。
「サンケンか、まさかそんな名前が出るとは・・・」
小声で小父さまが呟いた。
「サンケンって、知ってるんですか?」
「蚕の繭と書いて、蚕繭と読む。
国内有数の総合商社だが、そこの依頼とは・・・。
少し情報が欲しいな」
少し考え込んだ後
こちらへもう一度向き直して
「まあ、今後も自分で判断して
好きに事を進めなさい。
私たちを気にする必要は無いから。
自由に動いてくれて構わない。
それより今のところは、全て順調のようだな」
その言葉を聞いて美沙は頷く。
「そうですね。狙い通りです」
「思った通りのいい撒き餌だった。まだ続けるのか?」
「全員をあぶり出すまでは続けます。
一人も残したく有りませんので。
一番効果の有る撒き餌ですから・・・」
路上ライブ。
それは小父さまと私が考えた
犯人を誘き出すための手段だ。
謎の楽器と巷で言われている
クロア。
その名手である、在る先生の指導の下
後継者と認められる程のテクニックを
五年間で身に付ける事が出来た。
大切なのは、ここから先である。
その楽器は
世間の注目を浴びる為の手段には
違いないのだが
それだけで注目を得られる事が出来るとは
もちろん思ってはいなかった。
絶対に注目を集める事の出来る方法。
それは・・・
魔法を使う事。
ゼロから身に付けた魔力。
その魔力を演奏に付与する。
一つは
自分の演奏を聴いた人が
その音楽に熱狂してしまう効力を持つ魔法。
そしてもう一つは
五年前の事件の全ての関係者が
その音楽を聞いた事によって
あの犯罪を何度も思い出し
不安に苛まれる効力を持つ魔法。
後のはむしろ呪いに近い。
決して逃れる事の出来ない呪いの魔法。
それが路上ライブを始めた目的だ。
世間の注目を集める事が出来たのも
魔力を付与しているからだ。
勿論自分の置かれた運命や楽器の珍しさ等
それぞれが
話題の一つには違いないのだけれど。
しかしそれは
決め手にはならないって判っていたから
それだけに頼る事は出来なかった。
確実に犯人をおびき寄せる為の手段。
それが呪いに近い効力を持つ魔法。
犯人ホイホイ。
どんなに無視しようと思っても
一度でもその音楽を聴いたら
逃れる事は絶対に出来ない。
リフレインが押し寄せて来る。
忘れようとすればする程
それは増幅して
襲い掛かって来るように
魔力を込めて有る。
呪い殺す音楽にする方が
実は簡単で手っ取り早いのだが
それでは家族が殺された理由が
判らないままに終ってしまう。
犯人を見つける事無く
終わってしまう可能性が高い。
それでは困るのだ。
自分の手で
全てを明らかにして
犯人たちを根絶やしにして
終らせなければならない。
「サンケンの名に、聞き覚えは無いのか?」
小父さまのその問いに、美沙は答えられずにいた。
まだ10歳の頃である。
父の事も母の事も
何をしていたのか、どういう付き合いが有ったのか
それ程詳しく覚えている筈は無かった。
断片的な記憶は有るものの
それがサンケンと繋がっては来ない。
父は研究者だった。
全国を飛び回り
その度にその土地土地のお土産を
持って帰ってくれた。
そんな会社と関係を持つ事は
無い様にも思える。
まだまだ情報が少ない。
父を知っている人を探さなければ・・・。
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月命日になると
美沙は必ず墓参りに行った。
五年間の穴埋めをする様に
毎月行くのを決まり事にしていたのだ。
そこに見覚えの有る男性が
両手を合わせている。
確か父のいとこ。
その人は、こちらを振り向くと
「美沙ちゃん」
そう声を掛けて来た。
「叔父さん」
「しばらく見ないうちに、大きくなったね」
そういう叔父さんの表情は
明らかに青ざめていて、やつれて見える。
美沙はその顔色の悪さには
一切触れずに
「叔父さんですか? 家族の葬儀をしてくれたのは。
戻って来ても、誰も教えてくれないし
聞いても判る人がいなかったんです」
「親戚で相談して、僕が喪主になって葬儀を済ませたんだ」
「そうでしたか。有難う御座います。
私、その時の事は何も知らないから・・・」
そう言いながら場所を変わって貰うと
水をあげ、お線香に火を付ける。
一段落すると、二人とも無言で手を合わせ帰途に就いた。
分かれ道に出て叔父さんは
「お金とか生活費は、大丈夫なのか?
困った事が有ったら、何でも相談に来なさい」
そう言われて
「有難う御座います。
助けて下さる人もいますし、今のところは大丈夫です」
そう答えると
「だったらいいんだが・・・」
と、少し困った表情を見せる。
何かあるなって感じた美沙は・・・
「ところで叔父さん、少し聞きたい事が有るんですが・・・」
「何だい?」
「サンケンって商社、御存じですか?」
その言葉を聞いた瞬間
叔父さんの表情が曇ったのを、美沙は見逃さなかった。
「家族が殺されたのは、その会社が絡んでいるって
ある人から聞いたんですが、知りませんか?」
その困惑の表情とは裏腹に
「聞いた事無いなあ。そんな噂が有るのか。
自分は初耳だよ」
「そうですか・・・。
判りました。
何か思い出した事が有ったら、教えて下さいね。
どんな小さなことでも構いませんから」
「危険な事はしないでくれよ。
美沙ちゃんまで何かあったら、それこそ取り返しが付かない」
「大丈夫ですよ。そう何度も危険な事なんか
起こるもんじゃ有りませんから」
美沙は笑って見せる。
「そうだ叔父さん。これ差し上げますね」
そう言うと、近々発売予定のCDを鞄から取り出す。
「もうすぐ発売なんです。是非聞いて見て下さい。
けっこう会社の人達にも評判いいんですよ。
これなら絶対売れるって」
美沙の差し出したCDを手に取ると
叔父さんはそそくさと自分の鞄に仕舞い込む。
叔父さんとはそこで別れた。
何かを知っている、
それは間違い無い。
不安の種は、更に植え付けて置いた。
月命日に墓参りに来たのは
不安に苛まれた為だろう。
私の音楽を聴いたに違いない。
CDを聞いてくれれば、その不安は更に増幅される筈。
あとはただ、待っていさえいればいい。
必ず、何らかのリアクションが
どこからか出て来るはずだ。
そう思いながら、美沙は帰途に付いた。