勇気明日照
???回廊
世界から弾かれてしまった。
漂流者と化してしまったようだ。
だから、俺は物語の外からでしか、仲間達に干渉することができない。
ほんの少し前までは物語の中にいたのに。語られている登場人物達と、彼等と同じ登場人物だったというのに。
どうして、はじき出されてしまったというんだ。
キャラクター構成因子が剥離した?
それとも、どこかの時点で、登場人物構成要素が変質してしまった?
創作されなかったというのか?
俺というキャラクターなんて、わざわざ文字に絵に記す価値もないと?
「ちくしょう、なんで俺だけあの世界にいないんだよ!」
俺は、目の前にあるテレビ画面に向かって、言葉をかけ続けた。
画面には複数のキャラクター達。
彼等は苦戦を強いられている。
何か必要な操作を見過ごしたのか、一向にボスに勝てる気配がなかった。
「ここで終わりなのか?」
やがて、力尽きたパーティーメンバーたちが一人、また一人と倒れていく。
そして、最後に主人公が倒れた。
彼等は、自分をこれまで支えて来た全ての人達への謝罪の言葉を残して倒れ伏した。
そうして、物語はバッドエンドを迎える。
けど、そこには俺もいるはずだった。
ほんの少し前までは俺が、そこにいるのが普通だったというのに。
あの世界から弾き出されてしまった俺は、ここでこの世界の住人として、細い糸を手繰って彼等に干渉するしかできない。
他に一体どんな、最善の方法があったというのだ。
今までなぞって来た道を、頭の中で思い浮かべてみても、まるで分からなかった。
エンドロールの一つが流れて、画面が切り替わった。
リストが更新されている。
G軸世界 #「7」=K6.5768.3491 消滅
カーソルを合わせてクリックをしても、画面は変わらなかった。
俺はこのままこの回廊の住人と化してしまうのだろうか。
何にしても、過去は変えられない。
俺達は、負けたのだ世界の悪意に。奴が作り出した、あの狂った世界の悪意に。
「そうね、敗北者」
声がして振り返るとそこにいたのは見知らぬ女だった。
「お前は……」
リィズ・ブランディシュカだ。
「負け犬はさっさとくたばるしかないのよ。それがこの世界のルール。お前の存在をヨミへと落とす」
「――っ!」
「何を今さらそんな顔をしているの」
彼女は言った。あくまでも淡々と、そこに感情は込められていないと言わんばかりに。
「語る程の価値の無い物語のキャラクターの末路なんてそんな物じゃない。てんで駄目ね。なってないわ。読む価値もない、手に取る価値もない、描写する価値もない、気に留める価値もない、思いをはせる価値もない、想像力を働かせる価値もない。お前の物語なんて、ただのゴミだわ」
「俺達の物語はゴミなんかじゃねぇ。お前は分かっていない」
反論するのに、躊躇う必要なんてどこにもなかった。
俺はもうとっくに気が付いていた。
俺の目の前にたっているその女の正体が。
性格の悪い女。
妹を亡くした哀れでひとりぼっちの魔女。
復讐の為に、幸せになる事を拒否し続けている悲しい少女。
「リィズ。それは違うな。あんたの妹はそうは思わないはずだぜ。たとえ誰からも褒められる事が無い物語でも、たとえ誰からも気に留めてもらえない物語だとしても、生まれた以上は役割があるんだ」
「その減らず口、いつまで続くのか見ものね」
俺は自分に課せられた役割を超えられなかった。
分というものから解放されなかった。
だから、託す。
顔も知れない誰かに名前を渡すことに決めたのだ。
リィズにやられるくらいなら、顔も知らない誰かに、ここであった俺達の物語を託した方がよほど懸命だ。
「俺の名前は勇気だ。名前を分けてやる。彷徨える魂の残滓よ、俺の望みに応えろ。俺達が生きていた物語を、俺達の命の証拠を、終わらせないでくれ」