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時計館奇譚  作者: 京泉
都市伝説
12/16

エピローグ

 ──今とある掲示板で流行っていることがある──


 大切な人に時計を贈る。ヨウコは素敵な事だと思ったのだ。これなら父親と話をするきっかけにできるのでは無いかと。


 今日、父親は都会からこちらの田舎まで車でやって来る。早くて夕方になるだろう。

 

「おばあちゃん、買い物に行ってくる」

「おや、お父さんが来るんだよ」

「まだ着かないわよ。それまでには帰る」


 ヨウコは一万円札を握りしめ玄関先に置いた自転車を漕いで町にある貴金属店に向かう。

 離れて暮らす父親からは十分なお小遣いを貰っている。欲しい物もねだれば買ってくれるだろう。

 でもこの一万円はお小遣いでは無い。中学生のヨウコはまだアルバイトが出来ない。だから祖父母の手伝いで少しづつ貯めたのだ。


 今時律儀だと祖父母は言うが、ヨウコは父親からのお小遣いが素直に使えずにいた。

 それは小さな意地だった。


 ヨウコが小学校入学を目前にした五歳の頃、母親が亡くなった。ランドセルを選んだ帰り、通り魔に遭ってしまったのだ。母親はヨウコを庇いその身に何回も刃を受けた。


「怪我はない?ヨウちゃん」


 それが母親の最期の言葉だった。

 父親は泣き叫ぶヨウコを抱きしめて何度も「ごめんな、ごめんな」と謝るばかりでどうして父親が謝るのか悪いのは母親を刺した人だと幼いながらも父親に伝えたが悲痛な表情をした父親は「俺のせいだ」と聞いてくれなかった。


 母親が居なくなり、父親の仕事上一人では世話が出来ないと親戚一同での話し合いの末、ヨウコは母方の祖父母の元へ預けられる事となった。

 父親は自分と会う時も祖父母に会う時も何処か辛そうだった。その理由を知ったのは中学校へ上がる春の事。


 母親を刺した人物は父親がかつて捕まえた前科者。

 自分が悪い事をしたのにその事を逆恨みしての犯行だったと言う。

 ああ、だから父親は何度も謝っていたのか。と、ヨウコは合点がいった。だから父親は自分に遠慮しているのだと。


 逆恨みからの報復。良くある事だが、良くある事でもない。

 ドラマのような出来事がヨウコから母親を奪い、父親と距離を作った。


 あれから十年。ヨウコは犯人を憎んでも父親を憎んではいない。それを分かってもらいたい。

 だからこそ、父親からのお小遣いではなく、自分の力で貯めたお金で時計を買う。

 これを渡せればヨウコも意地を張らずに父親からのお小遣いが使えるのだ。


「お父さんは罪を憎んで人を憎まずって言うだろうけど、悪い事をするのは人だもん」


 憎いからどうにかしてやりたいとは思った事がある。

 それでは同じ犯罪者だ。もし、母親の命を奪った人と出会うことがあるとしたらその時は満面の笑みで楽しく生きていると笑ってやる。「貴方はずっと罪を背負って生きてください」そう言ってやる。


 強くペダルを踏み込んでヨウコは町へと伸びる坂道を登った。



 カッチコッチカッチコッチ

 チッチッチッチッチッチッ

 コチコチコチコチコチコチ


 不思議な喫茶店だ。

 貴金属店の帰り、喉が乾いたヨウコは自販機でお茶でも買おうとした所、その自販機の側に蹲る人を見つけた。

 貧血だろうか顔色が悪くヨウコは声を掛けた。何処か休める場所を探して目に止まったのがこの時計だらけの喫茶店だ。


「セージとレモンバームのハーブティーです。こちらはラズベリーリーフティーです。セージは少し苦いのでこのクッキーと一緒にどうぞ」


 いつの間に注文していたのか差し出されたハーブティーを手にしてヨウコは目を瞬かせた。

 対面に座った女性は甘い香りにホッとした表情をして口にするのに倣いセージティーをヨウコも口にする。

 苦味はあるがスッキリとした口当たりと、レモンバームの香りが通りヨウコも一息吐いた。


 そっともう一度女性を見れば彼女の視線と合い、その優しい眼差しにふと、母親がいたらこんな感じなのだろうかと温かい感情が湧き上がりヨウコは恥ずかしさに俯いた。


「ご気分はいかがですか」

「ええ、大分良くなったわ。ありがとう」


 ふわりと微笑む笑顔はどこか記憶の母親に似ている。


「いえ、困っている人がいれば当たり前です」

「貴女は優しい子ね」

「あっ!」


 はたとヨウコは自分のお財布が気になりゴソゴソと開いて青ざめた。

 父親の時計を買って残りは千円もない。ここの支払いは足りるだろうか。


「ふふ、ここの支払いは気にしないで」

「そんなわけにはっ」

「ねえ、マスターここのサービスってどうなっていたかしら」


「当店では最初にお出しするものは私のお勧めからなんです。勿論サービスです」


「だ、そうよ。心配しないで」


 そんな店があるのか。それでは利益が出ないのではないだろうか。


「私もビックリしたわ。前回はBARだったのに喫茶店なんだもの」

「この店に来た事があるんですか?」

「ここではない所で。でもまさかまた来れたなんて嬉しい。それにしても「その時に欲しいものが出てくる」のも変わらない」


 懐かしそうに店内を見回す女性の腕に般若と桜が描かれた変わったデザインの腕時計が付けられている。

 ヨウコが父親に買った時計よりも高そうだ。


「それ、誰かへのプレゼント? あら、腕時計?」

「あ、はい。父に⋯⋯」

「この店も時計が多いでしょう? なのに何故かうるさくないのよね。この腕時計もここで⋯⋯あら? どこで買ったのかしら。ここだったかしら?」


 不思議そうな顔でマスターを見る女性に彼はコクリと頷き

「お気に入り召されたようで」と一言だけ発してカップを磨き始めた。


「お父さん、嬉しいでしょうね」

「だといいのですが。喜んでもらえるでしょうか」


 急に不安になる。殆ど顔を見ていない子供の選んだ物なんて喜ぶだろうか。


「勿論よ、絶対喜ぶって」


 元気になった女性はニコニコと帰り支度を始める。

 そう言えば今何時だろう⋯⋯そろそろ帰らないと祖父母が心配する。

 ソワソワとしてヨウコは時計を見上げた。


 カッチコッチカッチコッチ

 チッチッチッチッチッチッ

 コチコチコチコチコチコチ


 時を刻む音が頭に反響してぼんやりして来た。こんなに時計があるのにどうしてか時間が分からない。


「マスター。これ今回の。私は二回目だから」

「えっ、私も支払います!」

「お嬢さんのはサービスです」


 はっとして慌てて財布を取り出すがマスターはヨウコの分は受け取らず女性の支払いだけを受け取った。


「また、ご縁があったら」

「あの、ご馳走様でした」

「御来店ありがとうございました」


 女性に促され店を出ると日が傾き始めていた。

 急いで帰らなければ父親が着いてしまう。


「あの、それじゃ帰ります⋯⋯お大事に、さようなら」

「助けてくれてありがとう。また何処かで会えると嬉しいわ」

「マリカ!」


 別れの挨拶をかわしてしると女性の旦那さんだろうか焦った様子で男性が声をかけて来た。


「なかなか帰ってこないから迎えに来た」

「心配症ね」

「だってマリカに何かあったら⋯⋯」


 ふふ。と笑う女性が男性を宥めてヨウコに微笑む。


「家族っていいものよ」

「はい」


 女性と男性は肩を寄せ合い幸せそうに手を振りそれを背にしてヨウコは自転車を漕ぎ出した。



 到着した父親を囲んでの夕飯は賑やかだった。

 久しぶりに会う親子は最初こそぎこちなかったがヨウコが取り出した腕時計を手にした父親は無言でポロポロと涙を零し、自分のせいでヨウコから母親を奪ってしまった事を繰り返し、ずっと気にしていた。ヨウコに合わせる顔がなかったと頭を下げていたが、意味が良く分からなかった。

 父親とは仕事の関係で一緒に暮らせないだけなのに。

 それでも泣き止まない父親にヨウコは母親そっくりの笑顔で「最新型のスマホを買ってくれたら許す」と断言した。


 大人しく、物分かりが良かったヨウコが初めて年相応のおねだりをしたのだ。父親は益々号泣し、祖父母までも泣いていた。


「お父さん、明日学校から帰ったら買い物に連れて行って」

「ああ、新しいスマホを買いに行こう」


 布団に入ったヨウコは天井を眺めながら夕飯時の事を思い出してふふっと笑う。

 明日は父親と買い物に行くのだ。欲しいものが沢山ある。新しいスマホに最新のゲーム機。そらそろコスメも欲しい。

 正直まだほんの少しだけ恥ずかしい。けれど、嬉しさの方が勝った。

 でも⋯⋯何か忘れている気がする。父親とどうして距離ができてしまったのだったか。

 母親が通り魔に刺されて亡くなった辺りからだったのは覚えている。それなのに、何故父親はあんなにも自分のせいだと言うのだろうか。

 あの場に父親は居なかった。居たら警察官の父親だ母親と自分を絶対に守ってくれたはずだから。


「お母さんが居なくなったのは辛かったけど、お父さんがいるもの」


 思い出せないのなら些細な事だ。

 ヨウコは布団を深く被り直し、明日の予定を考えながら眠りに落ちた。

 


「お父さん約束忘れないでよ!」

「当たり前だ。寄り道せずにまっすぐ帰れ」

「はーい。行ってきます」

「ああ行ってらっしゃい」


 翌朝、早速腕に時計を付けた父親に見送られヨウコは学校へと向かった。

 その笑顔はスッキリとして、ヨウコから微かにレモンバームの香りがした。


────────────────────


 マリカとヨウコが帰った「時計館」。

 マスターはヨウコが座っていた席に時計が落ちているのを見つけた。

 指に嵌めるとても小さな指輪時計。

 それを拾い上げてマスターは微笑んだ。


「あんなに若い子に「忘れたい記憶」があったのですね」

 

 しかも、ほんの些細な「恨み」。

 もっと重大な「忘れたい記憶」があるのに彼女はそれを忘れたいとは思っていなかった。むしろ、絶対に忘れない。忘れてやらない。そんな記憶だった。


「流石、親子ですね」


 ふわりと香るレモンバームにマスターはいつものように呟く。


「セージの花言葉は「家族愛」そしてレモンバームは「思いやり」家族思いの子ですね」


 そして、もう一人。久しぶりの再会だった。


「ラズベリーリーフティー。新しい家族ができたのですね。花言葉は「幸福な家庭」ですね。おや「後悔」が⋯⋯おやおや」


 恐らく「後悔」はマリカの付けていた腕時計のものだろう。


「まだ、帰って来たくはない、という事でしょうか。仕方ありませんね」


 カチャリとカップを手にマスターはカウンターに戻る。

 流しに置く時に覗いた自身の手首にクスリと笑った。

 確実に時計へと変わる自身。百年掛かっている。心底待ち望む「その時」。

 

「私もそろそろなんですが⋯⋯早く戻ってきてくださいね」


 その呟きに店の灯りがふっと消え、ただ町の喧騒だけが店に響いた。

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