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時計館奇譚  作者: 京泉
都市伝説
11/16

後編

 大岩が死んだ。


 前日の夜はなんの変わりもなく、読書をして過ごしていた姿が確認されていたのに。翌朝、留置担当官が冷たくなっていた大岩を見つけたという。

 検死の結果外傷はなく不審な点もなかった為に心不全による急死とされた。大岩が亡くなった時間、それは丁度上林が「時計館」で青黒い悪魔の振り子時計を手にした時間だった。

 

 上林は紫煙を吐き出してボンヤリとその行方を眺めた。


 「時計館」に行った記憶はあるし、今のところ何かを忘れた感じはない。

 しかしあの夜、眠気に突然襲われて気が付けば家のベッドの中だった。どうやって帰って来たのかいつ帰って来たのか全く覚えていないのだ。

 しかもだ。「時計館」があった場所が思い出せない。


 記憶を失くす。

 上林には忘れたい記憶は無かった。それで「時計館」の場所を忘れさせられたのか。

 それなら大岩が記憶を失くしたのはあの「時計館」へ行ったからなのだろうか。

 馬鹿馬鹿しいと上林は頭を振った。

 例え大岩が「時計館」へ行き、記憶を失くしたとしてもそれを実証する事は出来ないのだから。


「オイっここは禁煙だ」

「ああ⋯⋯すまん」

「⋯⋯残念だったな」


 上林が煙草を揉み消す手元を確認しながら山谷は心底無念だと唸る。

 これで追っていた薬物ルートは途切れた。大岩は被疑者死亡で書類送検されて終わり。後は検察の仕事だ。

 毎日疑い毎日追いかけて毎日無駄に終わる。

 それがほとほと虚しくなると。


「俺達は一体何をしているんだろうな」

「上林、ヤケになるなよ。無駄足になる事が多くとも一つ一つ潰せている。ホシにだって牽制になる。絶対そうだ」

「だから山さんも俺も出世しないんだろうな」

「違いない」


 事件としては大岩の件は終了だ。

 それでも大岩の残した証拠から繋がる糸を手繰り寄せる。その先がどこかに繋がると信じて。それが自分達の仕事。


「そういや探していた店は見つかったか?」


 山谷の問いに上林は首を振る。


「似た店は見つかったが違った。一杯飲んで帰ったよ」

「おいおいそれは経費で落ちないからな」

「当たり前だ」


 嘘だ。「時計館」は見つかった。でもまた行けるとは限らない。

 何故なら上林には失くしたい記憶がないからだ。

 マスターは上林の来店を「予期しない事」だと言っていた。信じられないがあの掲示板の書き込み。それが今回だけは上林を「時計館」に導いたのだろう。


「お前少し休暇を取れ」


 山谷が休暇申請書を上林の前に置く。

 

 疲れた。

 ここ最近事件が一つ終わりを迎えるとどっと疲れがやって来るようになった。

 若草ナミ。大岩マサシ。手が届いたと思ったのにまた捕まえられなかった。尚更疲れが襲ってくる。


「ああ、そうするよ。山さん」


 上林は申請書にペンを走らせる。書き終えた書類を山谷に渡そうと上林が差し出すと彼はニンマリと笑い懐から紙を取り出した。

 ヒラヒラと翻すそれは山谷の休暇申請書。


「相棒が休むなら俺も休みだ」


 山谷は上林の一回り以上、上だ。定年まではまだ少しあるのに往年の刑事然とした風格は子供の頃に夢中になって見ていた警察ドラマの影響だと笑っていた。陰で管理官や署長を「ボス」と呼んでいるのは二人だけの秘密らしい。

 それに反して上林は知的に事件を解決する表面上は冷静でもその内は犯罪を憎む熱さを秘めたスマートな警察ドラマで育った世代のどこか冷めた風体。

 それでも気が合った。性格が反対に見える二人だからこそとも言うのかも知れない。


「ありがとう、山さん」

「俺が休みたかったんだが?」

「そうだろうと思った」


 「帰るか」と背伸びをする山谷の手首にある時計が蛍光灯に光った。


「山さん、その時計⋯⋯」

「ああ、これか。息子がな。へへっ息子がくれたんだよ」


 黒とシルバーのシンプルで数字が大きな腕時計はデジタル表示が苦手な山谷の為に選んだのだろう。嬉しそうに見せびらかす山谷を上林は少し羨ましく思った。

 

「ほら、都市伝説の掲示板。あそこが何故か忘れたい記憶があるのと同時に忘れたくない記憶もあるとか哲学的な流れになったらしくて、大切な人と過ごせる時間に感謝して時計を贈ろうってブームが起きてるんだと。へへっそれであいつ、俺に⋯⋯これをくれたんだ、ぐすっ」


 よほど嬉しかったのだろう山谷は最後は鼻を啜った。


 署の前で「じゃあ、ゆっくり休め」と手を振る山谷と別れた上林は都市伝説の掲示板を開いてみようと車の中でタブレットを開いた。

 現代は掲示板の見知らぬ者同士で同じ事をする様な事は少なくなったのだろう。少し前の時代、こうした掲示板で出会った「名無し」達は顔を合わせない「オフ会」をよく開催していた。同じ時間に赤い傘をさすだとか、同じ食べ物を同時に食べるだとか。

 そんな事と同じ流れが掲示板にあった。



732:後ろの名無しさん

俺かーちゃんに目覚まし時計贈った

寝坊した日は弁当箱に五百円入ってるからさ


733:後ろの名無しさん

いやお前自分で弁当くらい作れや


734: 後ろの名無しさん

娘から懐中時計貰った⋯⋯嬉しい

けど娘と同じ掲示板に居る事に戦慄した


735: 後ろの名無しさん

>734おとーさーんおかーさーんみてるー?



 和やかな流れに苦笑する。

 書き込みを目で追いながら上林はその中に山谷の息子らしき書き込みを見つけて頬が緩んだ。



745:後ろの名無しさん

俺父親に腕時計渡した

万年ヒラだし出世しないくせに仕事ばかりだしただのおやじだしムカつくけど

俺が寝てから帰ってくる親父がいつも俺を見に来てた事知ってるんだ

今は部屋に入ってくんなって言っちゃったからドアの前でお休みって毎日言ってくれてる

恥ずかしいから直接は言わないけど親父と過ごす時間大切にしたいから


746: 後ろの名無しさん

お前直接言ってやれよ⋯⋯親父さん喜ぶって素直になれよ


747:後ろの名無しさん

イイハナシダナー

誰が都市伝説から感動スレになると思っていたか


748:後ろの名無しさん

オレには時計館必要ねーな忘れたくない事ばかりだもん



 忘れたくない事ばかり。

 ふう。と息を吐いて上林は目を閉じた。

 

──忘れたくない。忘れてなるものか。


 上林はスマホを手にして時間を確認する。そろそろ十時になる所だ。

 通話履歴に同じ名前が並ぶスマホを操作してコールする。


「まだ、起きているだろうか」


 五回目のコールが響く。十回コールしても出なかったのならかけ直そう。上林が耳元からスマホを外そうとした時、コールが止まり「もしもし」と返事が返って来た。


「起こしたか?」

「起きてた。そろそろ寝るけど」

「そうか」


 続かない会話。

 思春期の子供と親ならこんな時期もあるだろう。しかし、上林親子は十年前からこんなんだ。


「父さん、休暇を貰った。明日そっちへ行くからな。おばあちゃんとおじいちゃんに言っておいてくれ」

「そう」

「ああ、じゃあ明日──」

「お父さん。クイーンのケーキ⋯⋯食べたい」

「ああ買って行く」

「楽しみにしてるね。おやすみ」


 少し弾んだ声に上林は胸を撫で下ろした。

 拒否はされていないが娘のヨウコとはこの十年距離が出来ていた。

 上林の仕事が親子の時間を取れなかった。それだけが理由なら言葉は悪いが諦められた。


「⋯⋯サツキは「時計館」に居るのだろうか」


 「時計館」のマスターは時計が集まってくると言っていた。思いを抱えると言うのは未練を残しているのと同じなのではないか。


「恨んでいるか?」


  上林はハンドルに突っ伏して悔しさに零す。恨んでいるのならその姿を見せて欲しかった。


 サツキの夢、ヨウコの成長を楽しみにしていた。

 サツキの残したヨウコ。娘を幸せにしてあげるのが上林の使命だと言うのにこの十年まともに顔を合わせていない。

 叱って欲しい。「貴方にヨウコを任せられない」と。


 もう一度「時計館」へ行きたい。確かめたい。


 けれど忘れたい記憶が無い上林が「時計館」へ行けたのは今回の一度きりだった。


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