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私が育てました 〜双子を拾って育てた魔女と、美しく育ちすぎた上に魔女を溺愛する息子たちの話〜

掲載日:2021/02/17

「やれやれ、魔女への供物とは時代遅れね……」




『私』は樫の木の根本に捨てられているそれを見た。

雄牛の目玉、乙女の髪の毛、血のように赤い美酒。

そして――五歳にも満たないと思われる、汚い人間の子ふたり。


愚かな村の人間たちは数千年経っても魔女はそんなものを好むと思い込んでいる。

『私』のような現代を生きる魔女にすれば、それら全てが血腥く、時代遅れのものでしかない。

どうせなら一袋の金貨の方が、私にとってはよほどありがたいのだが。


ふと――私は子供たちを見た。


「おや――」


『私』は目を細めた。

この子たちは――双子だ。

しかもどちらも、天使のように愛らしい、金髪の女の子だ。


「こっ、この子は美味しくないよ! こっちを先に食べて!」


そう言って小さな身体で通せんぼし、既に泣き出してしまった妹を必死になってかばう姉。


なるほど、と私は事情を察した。

古来より双子は畜生腹――つまり忌み子として嫌われる。

この供物はそう見せかけているが私への捧げものではない。

どうぞこの忌み子をどうにか処理してくださいという意味だ。

身なりから言っても、身体のあちこちに浮かんだ痣を見ても。

この双子の姉妹の生い立ちは決して幸せなものではなかったようだ。


「ちっ、人間の考えそうなことね……」


私は人間という種族の卑しさ、傲慢さにほとほと呆れた。

双子が畜生腹で縁起が悪いなどという話は無知蒙昧に由来する迷信でしかない。

生まれる可能性があるなら最初から子を生さねばいいだけなのだ。


しかし、反面私は少し喜んでもいる。

なぜなら、人間の少女は魔法的な才能に秀でるからだ。

魔法的な才能に秀でるということはつまり、魔女の眷属になり得るということだ。


もうかれこれ五十年ほど、私には眷属がいない。

先代の眷属であった黒猫は優秀で、気まぐれで、強くて、そして愛らしかった。

彼女らなら猫よりは長生きしてくれるだろう――そんな風に思った。


「おいお前たち、生きたいか?」


私は姉のほうに手を差し出した。

その行動に、姉は大層驚いた様子で目を瞠り、私と差し出された手を交互に見た。


「食べるんじゃ――ないの?」

「食べるかどうかはこれから決める。だが、お前たちが生きたいというなら考えてやる。どうだ、私の眷属になり、一生を私に捧げるというなら――私が責任持ってお前らを生かしてやる」


私は微笑みとともに双子の姉妹を見た。

姉はまだ悩んでいる様子だった。


――と、そのとき。

今までずっと泣いていた妹が姉の身体から這い出し、私の手を掴んだ。




「生きたい――生きたい!」




強い、透き通った声だった。

私は我知らず微笑んだ。


「よろしい――契約成立だ」


私は立ち上がり、双子の頭を撫でながら言った。




「覚えておけ。今日からお前たちの母親はこの《(しきみ)の魔女》、アシュタヤだ――」




その夜、私はそうして、人間の双子を拾った。




それは十七年前、満月の美しい夜のことだった。







「ねぇママー、朝ご飯できたよ! いつまで寝てんの!?」


ガチャッ、と大きな音がして、寝室のドアが開かれた。


んむう、と私は枕に顔を押し付けた。

魔女は夜型と相場が決まっている。

だからたとえそれが毎日のことであっても、朝の襲来は非常にありがたくないのだ。


「ママ、早く起きて! 料理が冷めちゃうよ!」


再度の呼びかけ。

それでも私は頑強に起床しなかった。

業を煮やしたように、勢いよく部屋のカーテンが開かれた。

暴力的で鬱陶しい朝日が顔に当たる。

私は布団を被り、下を向いて、全力で朝の到来を拒否した。


「もうママ! いい加減にしないと怒るよ!」


がばっ、と、布団に手を掛けて引っ剥がされた。

途端に、それなりに冷たい朝の空気が私の全身を容赦なく苛んだ。

ちょっと身を縮めてみたが、どうにも寒さは収まってくれない。


「んも……うるっさいねニコル……寒いだろ、布団返せ、ばか」

「うわ! ママ、またそんなカッコで寝て! ただでさえ寝相悪いんだから風邪引くよ!」


ニコルはなるべく私の方を見ないようにして私を引きずり起こした。

私は寝るときは下着以外はなにも身に着けない全裸タイプ魔女である。

その方が布団の感触が心地いいからなのだが、はしたないからやめろといつも言われている。


「いいから早く起きる! ほら、頭モジャモジャだよ! ご飯食べようよ!」


私は布団の上にあぐらをかき、毛布を(あわせ)のように着て、頭をボリボリと掻きむしりながら、やってきた「彼」を見た。


輝くような癖の強い金髪。

海を思わせる深い青の目。

生意気にも私を追い越した身長。

子供の頃から変わらない、天使のような愛くるしい美貌。

まるで誂えたように似合う、蒲公英(たんぽぽ)色のエプロン。




彼の名前はニコル。

私の息子であり眷属、そして非常食2の、二十歳の青年である。




大きくなった、本当に。


私は目をこすりながら、大層な美丈夫(イケメン)に育った彼を見つめた。


十七年前のあの晩、私は双子を拾った。

だが、家に帰ってきて服を着替えさせてやって、私は驚いた。




双子は「彼女ら」ではなく、「彼ら」だったのだ。




正直、巧妙な詐欺に引っかかった気分だった。

女と違い、男は魔法使いの眷属としてはやや扱いにくい。

でもまぁ、一度「拾う」という契約を交わした以上、また捨ててくることは出来ない。

契約は魔女のあらゆる力の根源だ。

平然と契約を破るような魔女は魔女ではない――。

私の師匠だった老魔女は口を酸っぱくしてそう言っていた。


だから私はその契約を全うすることにした。

どうせ人間が生きて死ぬまでなんて瞬きするような時間だ。

非常食だと思って飼えばいいのだ。


食事も作った。

風呂にも入れた。

勉強も教えた。

魔法も学ばせた。

遊びにも連れて行った。


そしてほぼ二十年。

千年を生きる魔女にしてみれば一瞬の、だが子育てをするとなるとこれほど長いと感じる時間はないぐらい、長い長い時間が流れた。




そして――私が思った以上に息子は美しく、強く育ってしまった。




「ほーらマーマ! 起きた起きた! 今日はママの好きなハムエッグだよ!」

「あーもーうるっさいわね……ハムエッグで《(しきみ)の魔女》が釣れると……ムニャ」

「ダメだよ二度寝しちゃ、ほら起きて! 僕もう行くからね!」


ニコルはユサユサと私の肩を揺らして部屋を出ていった。


ニコルは双子の弟の方で、器用な上にしっかり者だ。

だからズボラでものぐさな私は、今や彼に生活の八割の面倒を見てもらっている。

夜型で低血圧の私が人並みの生活ができているのは、ほぼ彼のおかげと言ってよかった。


そんな彼の心配と頑張りをまるきり無碍にするわけにもいかないだろう。

ふわああ、と特大のあくびをかましながら、私は仕方なくベッドから降り、一階に降りた。


そこにいたのは、ニコルとよく似た顔立ちの青年。

金髪であることは同じだが、その瞳は血の色の赤。

そして、人懐っこそうな子犬のような雰囲気を持つニコルと比べて、こちらは言うなれば狼のような鋭さがある。

ニコルが淹れたのであろう濃い目のコーヒーを啜りながら、彼は優雅に足を組んで椅子に座り、パチパチと計算機を弾いて家計簿をつけていた。


「おはよミゲル。朝からおべんきょしてんの? ホンット几帳面ねアンタは。一体誰に似たんだか」

「ええ、先月発売したポーションの売上計算です。それに魔女の眷属ならこの程度は当たり前ですよ、アシュタヤ様」


その一言に、私は眉間に皺を寄せた。


「アンタね、ちゃんと母さんって呼べっていつも言ってんでしょ。いい加減なんでフルネームなのよ?」

「俺は愛しい主様を母とは呼べません」


私は壁に干していたニンニクを毟って投げつけた。

スコーン、と間抜けな音がして、ニンニクは見事にミゲルの側頭部を直撃した。


「何が愛しい主様だ。おもらしパンツ私に洗ってもらってた非常食が言うには二万年早い台詞だよ」

「随分汚い言葉をお使いになりますね。魔女集会に行ったときは控えたほうがいい。あなたが誤解されるような事があったら俺は悲しいので」

「ふん、生意気言うな。アンタなんかより金貨に描かれてる昔の王様の方がよっぽどいい男だよ」

「はいはい、いつか金貨の王様よりもいい男になれるように精進しますよ」

「ほほう、言ったな? いつか世界一いい男になって私を口説き落としてみやがれ」


私はゲラゲラと下品に笑いながら椅子に着席した。




彼の名前はミゲル。

双子の兄であり、私の息子第一号、そして非常食1である。




だが、拾ったときから、ミゲルは何故か私をフルネームで呼んでいる。

そして私を「愛しい主」と呼び、母親扱いではなく、律儀に主人扱いする。


彼いわく、自分は魔女の眷属であるから、主を「母さん」と呼ぶことはできない――とかなんとか。

全く、たった二十年生きたぐらいなのに見上げた自立心だと言えるだろう。

それで彼は十七年間、頑なに「母さん」という呼び名を避けている。

まぁ、それが不器用な彼なりの愛情表現であり、母性への倒錯した渇望の表現――いわゆる照れ隠しであることは、おそらく本人もわかっているだろう。


私があくびを噛み殺しながら食事を待っていると、目玉焼きを乗せた皿をテーブルに置きながらニコルが言った。


「もう、ミゲル兄ぃ! いい加減家計簿はやめてご飯!」

「あぁ、今いいところなんだよニコル。アシュタヤ様と先に食べててくれ」

「こぉらミゲル、朝食は一緒に食べなさい」


母親の声でそう言うと、ミゲルは速攻で作業を中断し、素早く食卓に座った。

ミゲルは誰にも懐かないように見えて、こういうところはとても素直な良い子だ。


それを見て、私は目玉焼きにドボドボとソースを掛けた。

フォークもナイフも使わず、そのまま目玉焼きの端っこをつまみ上げ、ハムを食べる要領でそのまま口に運んだ。

美味い、黄身のトロトロさ加減とソースの甘酸っぱさが絶妙にマッチしている。

目玉焼きと言ったら私はこの食べ方が一番好きだ。


「アシュタヤ様、いくらなんでも行儀が悪いですよ」

「うるっさいわね、一番の好物は一番美味い方法で食べるのが一番なのよ。マナーより味よ」

「もう……ママのそういうところは相変わらず変わんないね」

「もうホント、アンタたちが息子でよかったわ。アンタたちが成長する前はこんな美味しいもの食べられなかったし」

「ママってそれまでどんなご飯食べてたの?」

「おっ、聞きたい? どうせなら今度作ってやろうか?」

「よせニコル、聞くんじゃない」


苦笑しながら、ニコルとミゲルはきちんとフォークとナイフで食事を開始した。

ズボラでものぐさな私に育てられたのに、ニコルは家事全般が得意で、特に料理の腕前は王都で料理屋が開けるほどだ。

反面、薬学や商才に秀で、新薬の開発や販売など、いつの間にかこの家の全家計を背負って立っているミゲル。

この兄弟なら、たとえ王城の舞踏会でも王立魔法院の学会でも魔女の集会(サバト)でも、どこに出してもいい自信が私にはある。


そして何より、二人ともはっとするような、途轍もない美男子に育った。

最初は女の子と見紛ったほどの顔立ちであるから、いい男に育つだろうとは思っていた。

だが私の期待を遥かに越えて、二人は極めて対象的に美しく、丈夫に育った。


ミゲルは触れれば切れそうな鋭い美貌の美男子として。

ニコルは子犬のようにころころと人懐っこい好男子として。

顔だけでなく、心も身体も、極めて健康に。

身長などは、今では生意気に二人とも私を追い越してデカくなった。


幸せ――。

私の中にある感情を言葉にするなら、そうなるだろう。

魔女は孤独なものと相場が決まっているが、こと私にはそれは当てはまらない。

こうして無事成人を迎えた美しい息子が二人もいる食事風景。

彼らを眷属にする十七年前までは想像もしなかった光景だった。




慎ましくとも家族三人、幸せな食事――。

その温かさをパンと一緒に噛み締めていた、その瞬間だった。




ピクッ、と、私のこめかみの辺りに言いようのない感覚が走った。

ん、と顔を上げると、ほぼ同時にミゲルとニコルも顔を上げた。


「アシュタヤ様――」


ミゲルが言った。

私も頷いた。


「人間ね――それも独りじゃない。とうとう結界を破って入ってきたか」


私はこめかみに右手を当てて、探知魔法の感知野を広げた。


手に手に松明と剣を持った二十人ほどの人間たち。

その表情はみな一様に固く、狂気に呑まれているのがわかる。

どう考えても友好的に話し合いをしに来たわけではなさそうだ。


私は、口々に何やら喚いている彼らの声に意識を集中した。




「魔女を狩り出せ! 我々の正義を信じよ!」




ハァ、と私はため息をついた。

同じく探知魔法でその台詞を聞いたらしいニコルが、疲れたような目で私を見た。


「ママ、また引っ越しだね……」

「えぇ、とうとうここもバレたか。この五年で四回目よ、全く、また引っ越し代がかかってしゃあないっての」

「心配ってママ、この期に及んでお金の心配してるの?」

「この世にカネ以上に大事なものがあるなら私はそれに抱かれたっていいわ」

「ぬっ、聞き捨てならない事を……それで、どうしますアシュタヤ様? 偽装魔法で誤魔化しますか?」

「あー、いいいい」


私は首を振った。


「一応、あの結界破ってきたんだから結構な相手がいるんでしょう。ソイツにだけでも少し痛い目見せないと……」


そう言って私が立ち上がった、その途端だった。


背後から肩に両手が置かれ、私は強制的に椅子に着席させられた。

後ろを振り返ると、ニコルがにかっと笑いかけてきた。




「だったらなおさら、ママにそんな危ないことさせられないよ」

「俺たちが行きます。アシュタヤ様は食事を続けてください」




全く――。

私のようなズボラな魔女から、どうしてこんな出来た息子が二人が育つのだろうか。

それが可笑しくて、私はついつい笑ってしまった。


「ハァ、全くデキた息子たちだわ、あんたらは。――じゃあ頼むわね」

「了解。朝食前の運動と行くか」

「誰も殺さずに、ですね?」

「あくまで対応はソフトに紳士的に、ね?」


よくよく言い聞かせると、ミゲルとニコルは力強く頷いて家を飛び出していった。







パンを齧りながら、私は感知野を広げて彼らの姿を追った。

ミゲルとニコルが現れると、魔女狩りの集団は驚いた様子だった。


『な、何だ貴様らは!?』

『ま、待て! こいつらは人間だ! 殺すな!』


人間ならば殺すのをためらい、魔女ならば容赦なく火炙りにする。

愚かな人間特有の残酷さに、ただでさえ苦いコーヒーが更に苦く感じた。


集団の中の、僧兵の格好をした年配の男が進み出て言った。


『我こそは王都より派遣されてきた異端審問官である! ここに潜伏する《(しきみ)の魔女》の拘束を命じられてこの地へ来た! お前たち、奴の潜伏在所を知らぬか!』


ミゲルとニコルは顔を見合わせ、私も少し眉をひそめた。

異端審問官――それは魔女の天敵であり、国家公認の異端狩りのエキスパートだ。

そこらの村人とは違い、彼らに居場所がバレるのは少々厄介なことであった。


『居場所を知って、拘束して、それからどうするんですか?』


ニコルがあっけらかんと訊ねると、異端審問官は当然の如く言った。




『何を馬鹿なことを。魔女は見つけ次第拘束し、裁判の後に火炙りに処す。その遺灰は二度と復活できぬように国中にばらまく――魔女狩りならば手順は決まっているだろう?』

『なるほど』




その瞬間だった。

ミゲルが右手をさっと構え、異端審問官に向けた。




『つまり――今ここで死にたいということらしいな』




その言葉と同時に、ミゲルの右手が強く発光した。

途端に、地面から屹立した無数の光の柱が異端審問官を取り囲んだ。

それはまるで光の牢獄――。

ぎょっと、異端審問官が目を剥き、ミゲルを見て喚いた。


『な――!? なんだ、貴様らは!? こ、この光は一体……!?』

「へぇぇ、【上級光槍(パラディンアロー)】! アンタこんな凄い魔法いつの間に覚えたの!?」

『あなたの眷属ですからこの程度は当然です』


私の独り言に律儀に返答しながら、ミゲルは脅すように異端審問官に唸った。


『おい貴様、今ならまだ無傷で王都に帰してやる。もう二度と《(しきみ)の魔女》を追わないとここで誓え』

『なっ――!? き、貴様らは魔女の眷属か、おのれ……!』


僧兵は慌てて光の柱に組み付いたが、光の柱はびくともしない。

そりゃそうだろう、【上級光槍】はその気になればドラゴンだって容易く拘束できる魔法だ。

如何に異端審問官といえど、ひとりでこれを破ることなど逆立ちしたって不可能だ。


『無駄ですよ、兄の拘束魔法は僕にすら破れませんから――さて、あなたたち』


ニコルが手に手に武器を持った村人たちににこやかに話しかけた。

この殺気まみれの人間たち相手にも表情を変えずにに話しかけることができる。

それがこのニコルの凄いところでもあり、恐ろしいところでもある。


『皆さん、随分恩知らずですねぇ。《(しきみ)の魔女》はあなたがたの病を癒し、魔物を退治していたのに。皆さんとは結構打ち解けられたと思ってたんですが……僕の勘違いだったとはとても残念です』


その一言に、村人たちがはっきりとたじろいだ。

そりゃそうだろう、今まで私は村人たちに敢えて恩を売っていたのだ。

病が流行ればポーションを調合し、安価で売り渡してやった。

危険な魔物が出れば率先して退治して、田畑を守ってやった。

私がいなくなればこの地に不利益だと思わせるために、万全に撒き餌はした。

その不利益さえ天秤にかけて異端審問官なんぞ引き入れるとは――やはり人間は徹底的に愚かだ、私の息子以外の人間は。


『んな……何をしている! 臆するな、殺せ! 魔女の眷属を殺すんだ!』


異端審問官が怒鳴ると、怯えたような声を出してから村人数人が斬りかかかってくる。

今度はニコルが左手を上げた。


『残念だなぁ。でもあくまで対応はソフトに、だよね……』


瞬間、感知野に不快なノイズが走り、私は顔をしかめた。

同時に、ニコルの左手から不可視の波動が広がり、村人たちに降り注いだ。


「ほほう、【極大麻痺(マッシヴパラライズ)】か。最初はネズミ一匹も麻痺させられなかったのに上達したこと」

『あはは、ママの特訓のおかげだよ。そぉら、どんどん力が抜けていくぞ!』


私が感心している間に、二十人ほどいた村人たちが次々とその場に崩れ落ちた。

泡を吹いて痙攣を始めた村人は、ものの数秒で全員が完全に沈黙した。


あっという間に一人になった異端審問官は、光の牢獄の中で顔を恐怖にひきつらせた。


『さぁ、どうする異端審問官。そこから剣でも振り回してみるか?』

『お、おのれ、下賤な魔女の手下めが……! わっ、私を殺してもいい気になるな! おっ、恩寵あまねく東の聖女様が貴様らを地獄の果てまで追い詰めるぞ! かっ、か……! 覚悟しておくんだな!』




東の聖女?

私はコーヒーの残りを啜りかけた手を止めた。




東の聖女とは、数年前からこの大陸に出現した、地上最悪の偽善者のことだ。

私たち魔女が使う黒魔法とは真逆、この世界を創造した女神の恩恵である聖属性の白魔法を使う女であるそうで、その可憐な見た目と巧みな話術で人々を狂わせる一方、自分は一切手を汚さないまま、聖女の宣託と称してアレコレ魔女相手に非合法をやりたい放題の腐れ売女(ばいた)だ。


その聖女とやらが異端審問官を焚きつけ、魔女狩りを主導しているなら。

私たちの相手は異端審問局ではなく、その聖女を庇護しているこの王国そのものということになる。


「なるほど、これはちょっと厄介な話ね……」


私は二人に訊かれないように呟いた。

私の懸念をよそに、息子二人はぽかんとした顔を見合わせた。


『聖女? ミゲル兄ィ知ってる?』

『いや、知らんな……魔女様なら知っておられるかもしれんが』

『きっ、貴様ら! 聖女様を愚弄するのもいい加減に……!』

『ふん、つまり貴様は生かして帰したところで、その聖女とかいう女に魔女のことを告げ口するつもりだということだな?』


上に向けたミゲルの指の動きと同時に、ぎしっ、と、【光槍】が範囲を狭める。

異端審問官は甲高く悲鳴を上げた。


『ミゲル兄ィ、対応はソフトに』

『あぁ、わかってるさ。特別ソフトなひき肉にしてやろう。久しぶりの人間の肉だ、魔女が喜ぶ』

『その肉を焼くのは僕でしょ? 僕は遠慮するぞ。兄ィが焼くの?』

『ちっ、俺はハンバーグを捏ねるのは嫌いなんだ。感覚過敏なんだよ……』

『ひぃ……うぐ……! き、貴様ら、こんなことをしてタダで済むと……!』

『俺の感覚過敏に感謝しろ。貴様は挽き肉にはせん。ただ、記憶の方を挽き肉にしてやろう』


パチン、とミゲルが指を鳴らした途端、異端審問官が頭を押さえてうずくまった。


『ぐ……! ガッ、ぎゃあああー! な、何を……ギ、ぅあ……!?』

『ただの記憶操作の魔法だよ。ここで見たことは生涯思い出せないようにするだけ、後遺症はないから心配ないよ』


ニコルの丁寧な説明も、最後までは聞こえてはいなかっただろう。

何しろ今、異端審問官は脳みそを直接手で捏ねられるような、想像を絶する不快感を味わっているはずだ。


結局、ガクガクと痙攣した異端審問官はそれきり沈黙し、白目を剥いて気絶してしまった。


「ご苦労、二人とも。さぁ、その男たちを聖女とかいうアバズレ女のところに送り返してやんな」

『了解。――【天窓転移(テレポート)】!』


ニコルが言うと、男だけでなく、二十人程の村人たちまでもが全員、フィルムのコマ落としのように消失した。

今頃、聖女は私からの痛烈な宣戦布告を受け取り、美しい顔を歪めて歯ぎしりすることになるだろう。


『ママ、終わったけどどうする?』

「あぁ、戻ってきていいよ。戻ってくる間に料理は温め直しといてやる」

『申し訳ございませんアシュタヤ様』


その言葉を最後に、私は感知魔法を切った。


人差し指をサッと一振りし、料理が冷めて固くなる前の時間に戻してやる。

私は今までただの一度も、彼らに冷たい食事を食べさせたことはないつもりだ。

育児の基本は食事、つまりこれは一種の食育である。


彼らが帰ってくる間に、足を組んで私は考えた。

聖女がバックについているとなると、これはちと派手な喧嘩になるだろう。

もしかしたら、この私でさえ聖女には力づくでは敵わないかも知れない。


それに、息子たちはもう二十歳、独り立ちするにはいい年齢だ。


流石に少し、迷ってしまった。

迷ったが、どうにも選択肢はなさそうだ。


気弱なため息を押し殺し、私はポケットの中にあった小瓶を取り出した。







「ママ、ただいま!」

「あぁおかえんなさい。悪いわね、面倒なこと頼んじゃって」

「こんなことでよければいつでもお申し付けください」


そう言って柔和に微笑んでくる息子たちを見て、私も笑い返した。


「さぁ、食事の残り食べちゃいなさい。後片付けは私がするから」

「あーお腹減った! いただきます!」

「ふむ、やっと食事にありつける」


まるで子供に戻ったかのようにハグハグと料理を食べる息子たち。

大きくなった、二人とも。

本当に――。


しばらくその顔を見て、頃合いを見計らった私は、意を決して言った。




「アンタたちは本当に大きくなった。もうアンタたちに私の力は必要ない。どこにでも行って、好きに生きな」




二人が同時に食事の手を止めた。


「ママ――?」

「アシュタヤ様?」

「アンタたちには聖女のことは教えてなかったわね。東の聖女は地上最悪のアバズレだけど、力は本物なの。私の事情にアンタたちまで巻き込むわけにはいかないのよ。だから――わかって」


その瞬間、ミゲルがはっとした表情を浮かべて私を凝視した。


「まさか――アシュタヤ様!?」

「安心しろ、(しきみ)の毒をちょっと弄ってあるだけ。すぐに身体は動くようになる。ただ、吐き出してももう意味はないわ」


言い終わらないうちに、ニコルが苦しげに唸り声を上げ、目玉焼きに顔を押し付けた。

ミゲルは必死になって抗おうとしていたが、樒の毒はミゲルの浄化魔法をもってしても簡単には浄化できない。

やがて力負けしたようにミゲルもゆっくりと項垂れ、最後には机に突っ伏した。


二人の体から完全に力が抜けたことを確認して。

私は怖い顔と声で恫喝した。


「最後に言っておく。私を追ってきたら殺す」


私は本気だった。


「容赦も手加減も一切しない。全力で殺す。偶然視界に入っても同じこと。アンタたちにできることは、《(しきみ)の魔女》の一切を忘れ、二度と私に出会うことがないように祈りながら生きること――いいわね?」


それだけ言って、私は立ち上がった。

食事が終わった自分の食器だけは、丁寧に洗って水気を切った。

外套を羽織り、帽子を被って、杖を手に持ち。

さてどうしようと振り返った。


なにか持っていこうと思ったが、この家のものはできるだけ彼らに残していきたかった。

それに、大半が三人での思い出が染み付いたものだ。

この食器も。

ボロボロの魔導書も。

ヤニがこびりついた薬瓶も。

焦げ付いた大鍋も。

三人で撮った念写絵(しゃしん)も。

全てが、かけがえのない思い出ばかり。

彼らから離れようとする私の脚を重くさせるものばかりだった。


結局、私は何も持たずに家を出ることにした。

振り返ることなくドアまで歩いて、後ろ手にドアを閉めた。




がちゃん、とドアを閉めた途端。

いろいろな思いが溢れ出てきて止まらなくなった。




「おいおい、情けないぞアシュタヤ」




私は私に向かって言った。




「泣くのなんて何世紀ぶりだよ。もう忘れたろ泣き方なんて。化粧も崩れる、目も腫れるぞ、みっともないからよせよ」




私は歯を食いしばった。

その事実そのものを拒否するように、私は下を向いた。




「よせよ、似合わないんだよ、悲しくないだろ。非常食がいなくなるだけなんだよ」




そう、非常食がなくなるだけ。

それだけなのに――。




「そうだろ、おい」




俯いた私の目から、涙は後から後から溢れて止まらなくなった。


この十七年。

彼らと過ごした十七年。

そこを、自分は振り切っていかなければならない。

それが母親としてできる最後のことなのに。

私の身体が、心が、それを全力で拒否している。

もっと彼らと一緒にいたかった、そう言っている。


つくづく私は――本当にダメな母親だ。


ぐしっ、と、私は力任せに服の袖で顔を拭った。

マスカラもアイシャドウもつけまつげもみんな取れて、ものすごい顔になっているだろう。

でもいい、いいんだこれで。

どうせみっともなく泣いてるんだ。

もっとみっともなく、みじめな顔になればいい。


私は必死になって深呼吸を繰り返し、どうにか嗚咽だけは押し留めた。

よし、歩いていける。

かなり無理をして決意し、一歩を踏み出した。


魔女が徒歩で移動――これほど間抜けなことはない。

だが私は、空飛ぶ箒も、空間転移魔法も使わないと決めていた。

使えば探知魔法により、息子たちに居場所が呆気なくバレる。

脅しても、拒絶しても。

呪っても怒っても叱っても怒鳴っても哀願しても。

きっと、彼らは私を追ってくるから。

だから――魔法は使えない。

私は母親として、徒歩で彼らから離れなければならない。




しばらくのしのしと歩いた私は。




森の出口にいた人物を見て――茫然となった。




「遅いよママ。――え、なんで徒歩なの?」

「アシュタヤ様、物凄いお顔になってます。まさか泣いておられたのですか?」




何故――。

私は意味がわからなかった。

(しきみ)の毒で半日は動けないはずなのに。


口をパクパクさせている私に、ニコルが苦笑顔で言った。


「ママってさ、自分では気づいてないんだけど、動揺が顔に出るんだよね」

「あぁ、そうとも。アシュタヤ様ぐらいわかりやすい嘘をつかれる方はいない」


息子たちは私のくさい芝居を咎めるかのように、両方とも腕組みをして私を見た。


「大体、今まで一回も言ったことないでしょ、『後片付けは私がする』なんて」

「あぁ、たとえ流行り風邪で高熱出していても、皿洗いだけは代わってもらったことがないからな」

(しきみ)の毒なんてすぐに浄化魔法で浄化されちゃったよ。どんな毒でも浄化できる凄い魔法。僕たちが使えるなんて知らなかったでしょ?」


完全自動状態回復(オートリザレクション)】――。

私は呆然と二人を見た。

そんな魔法、教えたこともないどころか、私だって使えない。

否、そんな高度な回復魔法を使い、保ち続けられる人間が、果たしてこの世に存在するのだろうか。


息子たちは想像以上に――いや、想像を絶して成長していた。

固まったままの私を見て、最初に口をとがらせたのはニコルだった。


「しかし全く、僕らと別れるにしてももう少しそれらしいムードと入念な準備ってもんがあるよね」

「そうそう、アシュタヤ様はいつもやることがガサツだ。俺たちがいないと生きていけるとは思えん」


息子たちは半笑いの声で言った。


「だいたいママは料理をよく焦がす」

「きちんと整理整頓もできないものぐさ魔女だ」

「ドケチ、いや、ドドケチだし」

「朝も起きられん」

「酔っ払うとすぐに脱ぐよね」

「ウエストが弛んでこられたんではないですか?」

「歯ぎしりもうるさい」

「寝ていると人を抱き枕にしてくる」

「怒るとすっごく怖い」

「疲れるとすぐに帰ろうと言い出す」

「箒の運転が荒い」

「化粧も濃い」

「何にでもソースをかけて食べる」




私は思い切り右手の杖を振り抜いた。

ボッ! と空間が蒸発する程の超高熱を発し、特大の火球がミゲルとニコルの間を通り抜けた。

ジジジジジジッ! と周囲の水蒸気を尽く蒸発させながら宙を飛んだ火球は唸りを上げて空中を驀進し――。


次の瞬間、臓腑を揺さぶるような爆音とともに爆発し、二人の背後に巨大なクレーターを作り上げた。




パラパラ……と、辺り一面に土塊(つちくれ)が降り注いだ。

あまりのことに固まっている二人に、私は腹の底から怒りの声を絞り出した。




「ついてくるなって……追いかけてきたら殺すって……!」




ぼろぼろと、私の目から涙が溢れた。




「視界に入っても同じだって……! もう二度と会わないことを祈れって……!」




膝から力が抜け、私は地面にへたり込んだ。




「バカ息子どもぉっ! なんで私の言うこと聞かないんだよおっ!」




もうダメだ。

嬉しくて嬉しくて、死んでしまいそうだった。




「私は母親だぞ! 母ちゃんなんだぞ! ちょっとは母親らしいことさせなさいよ! あんなにキメ顔で言ったのに……ばかっ! バカ息子ども……!」


わああああん、と、私は手足をばたつかせ、歳甲斐もなく喚き散らした。

それはあまりにも少女じみていて、みっともなくて、キツい光景だったに違いない。

でも、数世紀ぶりに泣くことを思い出した私の涙腺は、もう調節が利かなかった。


わんわんと声の限りに泣いていると、二人が私に歩み寄ってきた。

そのまま、呆れ顔で両脇を抱えて立ち上がらせられた。


「もう……そんなに泣くほどのことじゃないだろ、みっともないなぁ」

「全く……ミゲルとニコルはあなたの息子です。地獄までお供しますよ、母様」


うるさいうるさい、ばかばかばかばか、と繰り返しながら。

私はべちゃべちゃの口で、二人の額にキスを落とした。

ねぶるように思いっきりキスマークをつけてやると、二人がえへへと照れたように笑った。




仲直りのおまじない――やったのは実に十年ぶりのことだ。




所詮、育児経験のない魔女と、愛されたことのない人間の子供。

最初のうちは随分感情のままにぶつかり合い、ケンカをしたものだ。

だがそのうち、私か彼らか、どちらかが折れて謝りにいく。

仲直りした事が確認できたら、私がその証として額にキスをする。

そして、なんのわだかまりもなく、三人で川の字になって寝る。

もつれて、壊れて、それでも誰かが不器用に組み立て、貼り付けて。

私たち親子はそんなところから始まったのだったっけ。


私をずるずると引きずりながら、息子たちは口々に言った。


「そう言えば母様、今まで言っていませんでしたが、実は王都の薬屋だった物件を買い取っていましてね。今からそこに向かいましょう」

「うぇ……? だれが、誰がそんなカネ貯めてたのよ……私は買った覚えないわよ……!」

「あはは、ミゲル兄ィが作ったエリクサーが思いの外売れてね。いざというときの潜伏先として買い取っておいたんだ」

「ばか、ばか息子ども。そんなカネあるなら自分たちのために使いなさいよ、ばか、けち、ばか、ばかけち息子」

「ちゃんと自分たちのために使っていますよ。いくら聖女と言えど王都で我々を火炙りにすることなどできませんでしょうから。潜伏先として有望です」

「あぁ、僕らは僕らの家を買ったんだからね。ママには明日からそこで薬屋の店主として頑張ってもらうから」

「うるさいうるさい! アンタたちが店番しなさい! 私は昼まで寝るんだ、王都なんてうるさいところじゃ寝られないじゃない、ばか!」




ばかばかばかばか、と言いながら、私は息子たちにつれられ、どこかへと運ばれていった。




この後、王都で再出発を果たした私たち親子は、地上最悪のアバズレ女・東の聖女と激突することになるのだけど――。

それは今はまだ、先の話だった。

だって、私の家族が負けることなんて有り得ないから。

私たち家族は常に最強だから。

だから、今ここで語らなくてもいい。


いつか、またの機会に話せばいいことだ。




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