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 驚くことに、三年が経った。

 春の日に二十歳の誕生日を迎え、レニはこの奇跡に感謝した。

 アルビノは虚弱体質な者が多く、長生きできずに病死することがほとんどだ。何度か風邪を引いたものの、男が看病してくれたおかげで、レニは持ち直した。

 男はレニを町へ連れていくことはしないが、健康のためにも少しは日射しを浴びるようにと、入口の露台を魔法で広げてくれたり、女には色々と必要だろうと衣類や日用品を調達してきてくれたりと、結構気遣ってくれている。

 弟子なのにこんなに良くしてもらっていいのかなと気にするレニだが、うれしかった時はちゃんと喜ばないと、男がすねて、いつも以上にだんまりになってしまう。それに、特に気に入ったところを細かく褒めると、次回に生かしてくれるから、大袈裟くらいに喜ぶようにしていた。


「なんだ、鼻歌など歌って。妙に機嫌が良い」


 朝から手の込んだスープを作っていると、においを嗅ぎつけた男が、衝立の向こうからのそのそと起きだしてきた。白い絹の寝間着を着ている。けだるげな様が男の麗しさを増すので、レニはちょっと視線のやり場に困ってしまう。

 レニの寝床はその向かいだ。材料集めに時間がかかったが、男はベッドを用意してくれた。それまでは床で寝ていたので、今は快適に過ごしている。


「おはようございます、師匠。今日、私の誕生日なんです。だからうれしくて」

「そういえばお前が来て、もう三年だな。どうして小さいままなのだ」


 男はしげしげとレニを眺め、心から不思議そうに言った。


「いったいいつ大人になる? まだ十五くらいだから、あと一年くらいか?」


 カラス族の成人は十六だ。男の話ぶりから察するに、ヘビ族も同じようだ。


「私、今日で二十歳ですよ?」

「にじゅ……」


 男は絶句した。

 硬直する。そんな表現がぴったりで、レニは心の中で笑った。顔に出したら、男がへそを曲げてしまう。貫禄ある大人に見えて、意外と子どもっぽい性格をしているのだ。


「てっきり子どもかと。そうか、大人なのか」


 よほど驚いたらしく、男は何度も呟く。そして、レニの髪に指先で触れた。白い髪はこの三年で腰まで伸びている。


「師匠は何歳なんですか?」

「私はもうすぐ三十歳だ。……この歳の差は犯罪か? いや、子どもよりマシか?」

「師匠?」


 何かをぼそぼそと呟くので、レニは首を傾げる。男は気を取り直して問う。


節目(ふしめ)(いわ)いに、何か贈ろう。欲しいものはあるか?」

「ものじゃないんですけど……」


 レニはずっと知りたいことがあった。


「なんだ」

「師匠のお名前を教えてください」


 すると男はまたもや絶句した。かと思えば、頭を抱える。


「どうしたんですか、お加減が悪いのでしょうか」


 こんな男を見るのは初めてのことで、レニは心配になった。


「い、いや、そうではなく……。私は名前も教えてなかったのか。何故、訊かない」

「師匠は質問をお嫌いですし、特に不便はなかったので」

「ではどうして、今更になって知りたがる?」

「ずっと知りたかったんです。助けていただいたこと、感謝しています」


 レニは温かい気持ちを込めて、男に礼を言った。深々とお辞儀をする。

 男のおかげでレニは生きながらえ、魔法についても深く学んでいる。生活に使う魔法程度ならば造作もない。もしここを追い出されても、レニは生きていけるだろう。だが、男にそんなつもりがないことは分かっていた。レニに魔法を教えるのはいとわないくせに、男が教えようとしない魔法があったのだ。

 男は慎重に問う。


「本当にそれが望みでいいのか? お前は、本当は飛行の魔法を学びたいのではないのか」

「私は師匠の傍にいたいんです。どうか今後も、飛ぶ魔法は教えないでください」


 レニが飛べるようになったら、ここを出て行くと思っているのだろう。飛行の魔法をかたくなに教えようとしない男を見ていて、彼が他人との関わりを避けるくせに、寂しがりだという内面に気付いてしまった。

 この不器用な男が、レニにはどうにも愛おしい。


「馬鹿な奴め」


 悪態をついた男は、言葉に反して目を細める。好ましいと思った時の仕草を見て、レニも微笑んだ。


「良かろう。私の名は」


 教えられた名を、レニは呼ぶ。


「ルシアン様」

「様はいらん。もう一度、呼べ」

「ルシアン」


 よくできたと褒めるかのように、ルシアンはレニの額にやんわりとキスを落とした。




 レニが大人だと知ってから、ルシアンとの距離が縮まった気がする。

 以前からも、滅多にないものの、褒める時に頭を撫でることはあった。だが最近は、ルシアンはレニの髪に触れてきたり、わざわざ隣の席に座ったりするのだ。

 レニはその都度、心臓がはねた。弟子にするにしては、なんだか親密な気がする。


(私、カラスなんだけどな……。こんな気持ち、持っていてもいいのかな)


 違う種の獣人に恋をする日がくるなんて、村にいた頃は考えもしなかった。

 もんもんとしながら日常を送っていた日、いつものように食事ができたと小部屋に声をかけたレニは、返事がないことをいぶかしく思った。


「師匠? えっ、どうなさったんですか!」


 机に突っ伏して、ルシアンがぐったりしている。


「ああ、どうも体調が……」


 ごほごほと咳をして、ルシアンは机を支えに立ち上がる。レニは手を貸した。


「休んでいれば治るから、お前は離れていろ。うつるぞ」


 ルシアンはベッドに横たわり、気を失うみたいに眠ってしまった。

 離れていろと言われたが、レニは恐る恐るルシアンの額に触れた。高熱に驚いて、レニは手を引っ込める。それからルシアンの手を触ってみた。ルシアンの指先はいつもひんやりしているのに、今はとても熱い。

 すぐにたらいに水を汲んできて、濡れ布巾(ぶきん)を額にのせる。衣類も少し緩めて、掛け布をかけた。


「どうしよう、解熱剤(げねつざい)がない……」


 置き薬を確かめてみたが、肝心の薬が無い。


「この間、私が寝込んだ時に使ってくれたからだわ」


 レニは台所や小部屋も探してみたが、代わりになる薬草も見当たらない。


「どうしよう、このままじゃ師匠が死んじゃう」


 部屋をうろうろと歩き回り、箪笥から鞄を取ってくる。背負って前で結ぶ形のもので、ルシアンが町に行く際、荷物が少ない時だけ使っているものだ。

 ルシアンを助けるためには、町に行って、薬を買ってくるしかない。

 いくらかかるか分からないので、財布はそのまま鞄に入れ、レニは生成りのマントを着た。

 そして、急いで洞窟の外、露台へ飛びだす。

 外はあいにくの小雨だ。レニは暗い空に線を引く、にぶい曇り空をにらみつけた。

 レニは飛行の魔法は使えない。飛ぶのも下手だ。だが、浮遊の魔法ならば使える。

 いったん、洞窟の中に引き返し、助走をつけて飛び上がる。必死に翼を使って羽ばたき、なんとか対岸の壁に着いた。

 岩に取りつき、浮遊の魔法で休憩をする。

 また羽ばたいて、腕力も使って少し登り、浮遊の魔法で休憩する。

 そんなことをしてじりじりと上へ登り、なんとかてっぺんに着いた。


「はあ、はあ……」


 指先の皮膚はさけ、爪は割れてボロボロだ。


「師匠、待ってて!」


 雨足が強くなり始めた空の下、レニは走り出した。

 村から出たことはないが、峡谷の向こう、街道を行った先に町があるのは知っている。

 そしてなんとか薬を手に入れて、峡谷まで戻る。

 帰り道は浮遊の魔法をかけたまま、羽ばたいて進路を取り、ゆっくりと降りていけばいいので楽だ。

 それでも慣れない飛行と魔法、走ったことで、体力も精神もほとんどギリギリだ。

 なんとか露台に着地すると、安堵のあまり涙が出た。

 ルシアンはまだ眠ったままで、荒い息をついている。なんとか薬を飲ませると、レニはルシアンの足元に倒れ込んで、そのまま気を失った。


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