最強設定?いいえ、初期ステータスです
新人はもう何カ月ぶりか分からない風呂を堪能していた。
引きこもりになってから風呂なんて入る時間が惜しいというようにゲームに時間を割いていたものだから、どうしても数カ月に一回になってしまう。
(それにしても良い風呂だな……)
木造の温かみのある雰囲気の風呂場は風呂釜、桶、腰掛まで木造だった。
ただ驚くべきことに、風呂の湯は新人が放り込まれていた時は空であったにも関わらず、見知らぬ美少女がこの部屋を去った途端に満たされたのだった。
それだけではない。
髪や身体を洗おうとすれば、壁に備え付けられたシャワーのヘッドらしきものから勝手にお湯が出てきたし、再び湯舟に浸かろうとすればそれはピタリと止まった。
ついでにと伸びきった髭を剃ろうとすれば、置いてあったカミソリが一瞬で新人の髭を根絶やしにした。
この風呂場の無機物達は意思でも持っているようだった。
動かなかったのはシャンプーやリンス、石鹸くらいのもの。
この風呂場はおかしい。
蛇口はついていないし、物は一部を除いて勝手に動く。
まるで魔法のような空間だった。
(ゲームのやりすぎも遂にここまできたか……夢までこんな世界観になるとは)
先程少女に声をかけられた時は平静を失っていたが、今はもう夢として納得し、落ち着きを取り戻していた。
風呂から上がると、脱衣所に「これを使え」というメモと共にバスタオルと衣服、そしてこげ茶色のブーツが置いてあった。
ご丁寧に下着まで置いてあることに新人は若干罪悪感を感じたが、ここまでお世話になっているのだからとありがたく使わせて頂くことにした。
服は新人にとっては……あまり馴染みのないデザインだった。
リネン素材の白いシャツは胸元が広めに開いており、上に羽織るカーキ色のロングベストはアシンメトリーで、太めの新人でもゆったり着れるようなデザインだった。
黒のズボンも動きやすいストレッチ加工になっていて履きやすい。
ブーツに至っては履いた瞬間新人の足に合わせてサイズが変わった。
(何でもありだな……まぁ俺の見る夢だから当たり前か)
一通り身なりが整った為、脱衣所を出てとりあえず何やら音のする方へと足を向けると、先程の少女が包丁を手に何かを切っていた。
そこはキッチンらしく、少女は新人を見るなりちょいちょいと手招きをした。
「上がったのなら手伝え。……と言ってもメインはもうできているから……そうだな。皿に盛って、そっちの部屋のテーブルに運んでくれ」
「は、はぁ……」
新人は言われた通りに食器棚から皿を出し、コンロの上の鍋に入った煮込み料理を盛り、木造りのテーブルへと運んだ。
その直後、野菜の乗った皿とパンの入った籠を持った少女が現れる。
「さぁ飯にするぞ。お前がここに来た経緯を話してやるから、お前はお前のことを話せ」
少女が椅子に座ると、新人もそれに倣うように正面に座った。
料理の良い香りが鼻孔をくすぐる。
そういえば出来立ての手料理なんて食べるのも久方ぶりかもしれないと、新人は何気なく思った。
「いただきます」
思わず新人は手を合わせ食事前の挨拶をした。
普段はこんなこと言わないのに、自然と言葉が口から出たのである。
目の前の少女は物珍しそうにそれを見ていた。
「何だそれは?お前の国の儀式か文化か?」
どうやらこの夢の中では「いただきます」の文化はないらしい。
新人はコクリと頷いた。
「ふ~ん。あぁ、それでだな。お前を拾った……いや、連れてきた経緯についてだが……」
新人は少女の丁寧な説明を、料理を口に運びながら聞き流した。
どうせ夢での出来事なのだから、と。
「と、こういう訳だ。で?ボクの話は終わった。お前のことを話せ」
(おいおい、まさかのボクっ娘属性か……リアルに居ないからって夢見すぎだろ俺……いや夢だけどさ)
新人はどう話したもんかと考えた。
そのまま話してこの少女は納得するのか?
普通なら頭がおかしい奴だと思うか、冗談を言われているのかと笑い飛ばすだろう。
(まぁいいか。どうせ夢なんだ。どう思われてもいいだろう)
そう腹を括り、新人はやっとこさ口を開いた。
「俺は色無新人。家で寝たらいつの間にかこんな所に居た、以上」
少女は「はぁ?」とでも言いたげに眉をひそめた。
予想通りの反応で新人はある意味感心した。
「シキナシント?ここらじゃ珍しい名前だな。しかも長い。それになんだ?寝ている間に転移魔法でも使ったっていうのか?お前にそんなMPはないだろう。Lv1の弱小がよくそんな嘘を吐けるな」
「新人、だ。色無は苗字……いや、その概念がないならいい。そんなことより、MP?今君MPっつった?Lv?何それ。いや分かるけど何それそんなもん存在してんの?」
次に眉をひそめたのは新人の方だった。
聞き覚えがあり過ぎて頭の痛くなる単語が聞こえたからである。
少女は訝しげにしながらも答えてくれた。
「MPを知らない?シントは一体どこから来たんだ?存在も何も皆持っているだろ?見えないのか?」
少女は言いながら何もない空間に指を滑らせた。
新人には彼女が何をしているのか全く分からない。
が、これが夢ならば……そう思い、新人も少女と同じように空間に指を滑らせた。
すると……。
「何だ……これ……ステータス……?」
何本かバーが目の前に現れたが、どうやら今見れそうなのは“ステータス”と書かれたものだけらしい。
それをタブレットでも操作するようにタッチして見てみると、そこにはゲームならば初心者ですと言わんばかりの全て初期値なステータスが書かれていた。
HP、MP、STR、DEF、INT、DEX、AGI、Lv……次のレベルまであと15EXP。
自分の名前の下にズラリと並んだ値に思わず額を抑える。
(どうせ夢ならもっと良い値に設定してくれても良いんじゃないだろうか……)
だいたい何に使うのか分かるものだったが、ひとつだけ新人にも分からないステータスがあった。
「なぁ、“気力”って……なんだ?現在進行形で減っていってるし、数値ほぼ0なんだけど」
「きりょく?そんなものは知らない。それにしてもシント、お前は一体何者なんだ?できればボクにも分かるように説明して欲しいんだけど」
少女にそう問い詰められた時だった。
丁度新人の“気力”が0になった。
その瞬間新人の周りの空間が歪み、その場から新人は忽然と姿を消した。
残された少女は、ただその空間を呆気にとられながら見るだけだった。