ユウとショータとからし
二人の男子学生が下校している。帰る方向は途中まで同じだ。
「ギャルの子が彼氏を“かれぴ”って呼ぶのが流行ってるじゃん」
黒髪の少年が不意に口を開く。何かのきっかけがあったわけではない。いつもと同じ気まぐれだ。
「流行ってるかどうかは知らないけど、聞いたことはある」
もう一人の茶髪の方が、返答する。
「そういう女子って、からしのことも“からぴ”って呼ぶのかな」
「あの、黄色い調味料?」
「そうそう、あの」
黒髪はチューブを絞るようなジェスチャーを取る。彼のイメージでは、チューブからしのようだ。
「ふむ、あんまり辛くなさそうだね、からぴ」
少し考えたようなふりをして、茶髪は思ったことを口にした。
「からくないか? からいピーナッツっぽくて、からそうじゃない?」
「それはもう別物だね。ピーナッツじゃなくてからしのことだったんじゃないの、からぴ」
「あ」
茶髪の指摘に、黒髪の口から思わず声が漏れた。
「からぴ」
意味もなく、茶髪の少年は口にする。
「何、からぴ連呼してるの。気に入った?」
「いや、別に」
茶髪はそっけなく返す。
「そうか。気に入ったなら使用許可を与えようと思ったのに」
黒髪はわざとらしくため息をつく。
「いらないし、許可なくても言っちゃってるし」
茶髪は黒髪のため息を振り払うように腕を動かす。ため息が演技なのは承知の上だ。
「あーあ、からしの話してたらおでん食いたくなってきたなー」
「なんでおでん?」
いきなりの話題転換に、茶髪の思考は追いついていない。追いつこうともしていない。
「からしをつけるもの、といったらおでんかなと」
黒髪の脳内ではおでんとからしがきれいに結びついていた。
「へえ」
茶髪はそうは思わないのか、いつもの通りのそっけない反応。ちなみに彼がイメージしていたからしは、チューブのものではなく、納豆に入っている小袋のからしだった。
「夕飯おでんだといいな」
「おでんだといいね」
黒髪の願望に、茶髪はとりあえず相槌を打つ。
「でも、今日は絶対におでんじゃないんだ」
黒髪は眉をきりっとあげ、口角を下げる。
「なんで?」
仕方がないので、続きを促す茶髪。
「今日はとんかつだって、朝ドヤ顔で言われたから」
「じゃあとんかつだね。からしつけてもいいんじゃない?」
とんかつの方がうらやましいが、面倒なのでそのことは口にしない。
「いや、俺とんかつは塩で食べたい派だから、からしはつけないかな」
今回からしは否定されたようだ。
「お前んちは?」
黒髪が茶髪に尋ねる。こちらも話したので、聞き返す会話のお約束。特に茶髪の夕飯には興味はない。
「もやし」
「もやぴ?」
茶髪は返事をしてくれなかった。
END