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そんな俺の御伽噺  作者: くたくたのろく
1章 国立図書館襲撃編
5/12

其の4話目


 グルグルと牙を剥き出しにし、こちらの動向を警戒する雷牙帝(エンペラー)

 正直、その姿を目の当たりにしたときから、腰が抜けている。……どうしよう。あ、いや、どうにかしないと死ぬだけだ。…………ホント、どうしよう。


 雷牙帝の、縦に裂いたような瞳孔が収縮する。

 ――――バチリ、と。

 バチッバチッバヂヂッ、バヂヂヂチチヂヂヂッヂヂヂヂヂヂヂヂヂ‼ と、弾けるような音と一緒に、目の前に広がる青白い光。その正体は、額にある三本の角と、ぶわりと広がった(たてがみ)から発せられる、凶悪な雷だ。一発でもまともに喰らえば、即死は免れない。掠ったとしても、危険であることは間違いないだろう。


「あ、はは……は…………」

 目前の絶望に笑えてきたはずなのに、声は掠れて顔が引き攣る。雷牙帝はすでに低頭姿勢で、今にも襲ってきそうだ。

 咄嗟に盾になりそうなものを探そうと、やつから目を離したのがいけなかったのか。グァガァァアアアアアアアアアア! と雄叫びを上げながら、雷牙帝が飛びかかってきた!


《護り、牙を剥け――――氷山壁牙ウォル・ギッグ・レティスィウ‼‼》


 叫ぶように、早口で紡がれた呪文が聞こえたかと思った瞬間、とっさに顔の前に両腕をクロスさせた俺と、雷牙帝を遮るように氷の壁が現れた。

 刹那、衝撃。

 氷の壁に、雷牙帝がぶつかった。


「ぬ、ぉおっ!?」

 鈍く大きな音と共に、壁の向こうでバヂヂッと雷が跳ね、雷牙帝らしき獣の鳴き声が聞こえる。鳴き声にしては少し上擦っているように感じたけど。

 そして、ガラガラッと突然氷の壁が崩れたかと思うと、そこには太い釘のような氷に全身を貫かれた雷牙帝の姿があった。………あれは断末魔だったようだ。とりあえず手でも合わせとこ。


「―――あー、そこの人ぉ! 大丈夫ですかぁー?」

「!」間延びした馬鹿っぽい呼びかけに、俺はこの状況を思い出す。

そうだった、助けてもらったんだった。つーか、それはそれで問題あるじゃん! 俺、侵入者! 下手したら襲撃者と間違われる!

《わ、我、汝と約束を結ぶ者。エナさんっ、助けて!》

 小声で、そう呼びかければ、自分の体がぺかーと光り出す。


「? もしかして負傷してますー? 返事出来ない感じぃ?」

 白目向いて動かない雷牙帝を避けて、部屋に入ってくる人影。ド派手な蛍光ピンクリーゼントを見れば、お前が誰か一発で分かるなおい。さっき俺を殺そうとしてくれた……えーと、確かクレードとか呼ばれていた気がする。

 そいつがゆっくりと俺に近づくと、大丈夫っすかぁ? と心配そうに手を差し伸べてきた。案外優しいとこあるんだな、俺を殺そうとしてたけど。


 ありがとうございますと丁寧に、かつ棒読みな感謝を口にしながら、その手を取ったとき、違和感を覚えた。

 俺の服装は、あまり目立たない無地の白いシャツに、ジーパンという地味な恰好だったはずなのに、なぜか袖が黒い。つーか、なんか全身、黒い。というよりも、これってスーツ?


「司書さん、だよね? 大丈夫っすかぁ?」

 クレードによって起こされた体は、彼よりも長身だった。少し長めの野暮ったい灰色の髪が、視界に入ってうざったい。それを掻き上げながら、腰を低くして「恐れ入ります」と返す。

 どうやら、この図書館の司書だと勘違いしてくれたようだ、良かった。


「いやぁ、なんとなく嫌な予感? がしてさぁー、館内に入っちゃったんだけど……なんでか魔物がうようよしてるわ、結界張ってあんのか外出れないわ、通信も出来ないわで、オレも困ってたんすよぉー」

 たははーと力なく笑うクレード。聞いてもないのに、勝手に説明してくれてありがとう。


「あ、あの、助けて下さってありがとうございます。……えっと、」

「あ、オレ、クレード・ノーラっす。ヴァルハント魔法学園の“反生徒会”のメンバーで、館長から依頼されてきたんだぁ。話は、とっくに聞いてるよねぇ?」

 こいつ、敬語が全然なってねぇなと思いつつ、話なんて聞いてるわけねぇだろと内心反論しながら、クレードの言葉にあった、いくつかの単語に考えを巡らせる。


 ヴァルハント魔法学園、は知ってる。

 確か、この国が支援する、魔法師養成学校の一つだ。偏差値も高く、入学条件が厳しいとか言われているが、この学園を卒業出来ただけでも魔法師としてのステータスを得、将来も保証されるとか。

 ……こんなに頭悪そうなピンク頭が入れるなら、案外この学園はそれほどでもないんじゃないかと思ってしまう。


 あと、なんだっけ? 反生徒会?……文字通りなら生徒会の反組織っぽいけど。

 そして、そんな反組織へ、この図書館の館長が何かを依頼した。クレードの様子から、それほど驚いていないところを見ると、この図書館襲撃事件は起きるべくして起きたってことか。


「司書さん?」反応のない俺を窺うクレードの声に、我に返った。

「あっ、えっと、クレードくんね! お、あ、僕は! えっと、ロト! そうっ、僕の名前はロト・ハーシドって申します! 宜しくお願いしますっ」

 興奮気味に、強引に握手されているクレードは、だいぶ困惑している。

 ちなみに俺もだいぶ困惑してる。誰だよ、ロト・ハーシドって。適当につけた割に、本当にいそうな名前だな。


「はぁ……宜しくっす、ロトさん。―――まぁ、とりあえずオレから離れないようにしてねぇ」

 言いながら、クレードは部屋の出入り口、雷牙帝がこじ開けて大きく広がったそこに向けて右手を出し、

《貫け》

 ひゅんっ、と耳元で風を切る音。とっさにクレードが魔法を放った方を見ると、そこには巨大なカブトムシの姿をした狂甲虫(ビートル)が氷柱に刺し貫かれ、床に落ちるところだった。

「…………」避けきれてなければ、俺もあのときこの狂甲虫と同じ末路を辿っていたのかと思うと、怖気が走った。


「とりあえず、ロトさん外に出してー、外の連中に連絡取りたいしー、結界なんとかしなきゃだなぁ」

「あ、はい。お願いします」

 馬鹿っぽいしゃべり方してるから、脳みそは髪色同様ピンク色なのかもしれないが、どうやら魔法師としては強そうだ。身バレしないよう、気を付けよう。今度こそ殺されそうだ。


 でも、エナの物質変換魔法は、持続出来る制限時間は10分。その間にどこかでクレードを撒いて、こいつが結界張ってる魔法師を倒すまでに、最深部を目指さなければいけない。だけど、魔物はうようよしてるし、襲撃者だっている。もし出くわした場合、魔法師じゃない俺には対抗する(すべ)がない。

「……うまく誘導するしかないか」

 ちらりとピンク頭を見る。強いけど、こいつは馬鹿だ。それに俺を司書だと勘違いしてる。無駄な戦闘を避けて、急いで最深部に向かい、クレードを襲撃者の前に差し出して俺は目的のモノを探す。これしかねーな。


「クレードさん、襲撃者はおそらく館内の奥にいると思うので、僕が案内します」

「お、まじでぇ? 助かるわー」

 こんな怪しげな言葉を信じるとは……。ふっ、ちょろいぞ、ピンク頭よ!

 これなら案外スムーズに行きそうだな、と俺は張り切ってクレードの後ろから館内ナビゲートを始める。


 ちなみに、堂々とデタラメな案内してるけど、俺は図書館内の構図を知らない。でも侵入する前に、図書館の周囲を見たことで、ある程度の予測はしてる。こういうのが得意で良かったぜ、ホント。


*  *   *   *   *


「くそっ、5分58秒の遅刻だ!」

 かちんっと懐中時計の蓋を閉じると、いらつきながら優等生然とした学生服の少年キート・アクゼントが言い放ったのを見て、濃い化粧ですっぴんを覆い隠すヤヤラ・アドミレアは小さく息を吐いた。

「私、なんでアンタが方向音痴だってこと、忘れてたのかしら」


 あの黒死蝶と対峙し、姿を見失ったヤヤラとキートは、黒死蝶を探して行方不明になったクレードを放っておいて、目的地の国立図書館へ向かっていた。だが、堂々と足を進めるキートが、ことあるごとに変な方向へ突っ走りそうになるのを宥め、図書館に着くまで予定時刻よりも遅くなってしまったのだ。

 いつもはクレードが、どこから知ったのか近道を教えてくれるため、今までキートの方向音痴を実感することがあまりなかったのも要因の一つだろう。


「―――ヴァルハント魔法学園の皆様ですね!……良かった、実はご報告が!」

 すでにクレードは到着してるだろうと思い探していると、数多いる警備兵の一人が小走りに駆け寄ってきた。このとき、私は嫌な予感がしてた。


「少し前に、お仲間の一人がご到着されて、先に様子を見てくると言って館内へ入っていきました!」

「………あのバカ」

「なんのために三人一組での行動を義務づけてると思ってるんだ、あのピンクが!」

 そもそも、今回の任務はいつもとは少し違っている。普段は生徒会から回ってくる(ブラック)リストの犯罪級魔法師を甚振(いたぶ)って、軍に引き渡すだけだ。だけど、今回は図書館の館長から直々に王国軍と学園に依頼要請があった。

 どうやら今日の夜、図書館が襲撃される旨の書かれたタレコミが届いたらしい。ここが国立図書館でなければ、そんな依頼跳ね除けるところだけれど。


「とりあえず、クレードから何も通信入ってないし、内部では異常は特になし、でいいんじゃないの?」

 いくらバカなクレードと言えど、報連相(報告・連絡・相談の意味。仕事する上で重要なプロセスのことよ!)を怠るほど責任感がないわけではないし。

「……………いや、それは早計だな。――おい、クレードは“どれぐらい前”に館内へ入った?」

「は、はい。確か、10分ほど前には……」

 元々切れ長のキートの目が、更に鋭さを増す。


「ヤヤラ、お前図書館の管理者と連絡とれるか」

「え、ええ」

 図書館の管理者。

 それは図書館内の全てを把握し、記録し、守護する者だ。その正体を知るのは国王陛下のみだが、今回の襲撃予告に際して、特別に管理者との連絡だけは許可されている。

 ヤヤラはこめかみに手を当て、魔力を代償に、契約を(もと)に目には見えぬ精霊と接続(リンク)する。

《我、その契約において、時空の使者スペルシアに仕える者。――ヴァルハント魔法学園反生徒会の権限において、モースレット王国国立図書館管理者との意思疎通を望みたいのだけれど》


 キン――ッ、と何かが繋がったのを感じ、ヤヤラは目を閉じて脳内で話しかける。

『管理者さん? 私、ヴァルハント魔法学園から派遣されたヤヤラ・アドミレアと言います。現在の館内の状況、教えてもらえますか?』

『――――――――――――、』

 遠く、酷く遠くから、何か声らしき音が聞こえる。でもそれは言葉にならず、ヤヤラに届くまでにあやふやに消えてしまっている。

 その時点でヤヤラは管理者との通信を一方的に途絶し、キートへ視線を向け、首を横に振った。


「妨害されてる。おそらく管理者自身に、幾重も結界が施されてる可能性があるわ」

「ちっ、後手に回ったか。―――誰でもいい、このことを軍本部へ報告し、国王陛下にも伝達を。管理者の保護を早急に」

 敬礼し慌ただしく行動に移す警備兵へ指示しながら、キートはそのまま携帯で連絡を取り始めた。おそらく学園の方に状況を説明しているのだろう。

 それを横目に、ヤヤラは図書館の壁へ手をやり、いまだ接続が切れてない精霊の力を用いて、クレードの魔力を探知する。


 こちらにも結界が張られているわね、当然かしら。……でも、私と時空の使者(スペルシア)を舐めないで欲しい。

《スペルシア。私の血液を捧げるから、魔力探知能力の向上を》

 不意に、目の前がぐにゃりと揺れた。でも、貧血なんて慣れたものだ。ヤヤラは集中して魔力を探る。それから思ってた以上にマズイ状況であることを、思い知らされる。


「キート!」とっさに大声で呼びかければ、電話をちょうど切ったキートが駆け寄ってくる。

「館内に危険度A級以上の魔物を複数確認。クレードは一人、それらを撃退しつつ奥へ進んでるわ」

「襲撃者は」

「―――この建物を覆う結界を施す魔法師の一人を確認。他に数人、高魔力を感じる。……このままクレードが進んでいけば、やつらと出くわすわ」


 どうするのかと視線で訴えれば、キートは逡巡したのち、警備兵の一人を捕まえて何やら話し、それからヤヤラの方へ振り返ると「行くよ」とだけ口にする。


《――我、その契約において、闇の使者モーゼルの力の一部を具現化す》

 両手を前に突き出すと、そこに黒い靄が集まり、徐々に形を成していく。

《モーゼル、お前の武器借りるぞ》

 ぐっ、と両手でそれを思いきり握ると、靄はそこから一瞬で晴れ、姿を見せた。

 ――――夜の闇よりも暗い、大鎌だ。


 ひゅんひゅんとそれを振り回し、左足を前にして図書館の壁へ躊躇なく大鎌を振り下ろせば、二つの破壊音が聞こえた。一つは当然、図書館の壁。そして、もう一つは結界だ。

「急ぐぞ、ヤヤラ。とにかく魔法師をぶった切る」

 結界が修復して元に戻る前に、大鎌を肩に担ぎ館内へ侵入するキートに「ええ!」と答えてついていく。



 そんな二人の背中を見送る警備兵の内の一人―――キートに真っ先に報告をした兵士の男は、耳元に手を当て、小声で言った。

「例の学園生が二名、入りました。これで計三名の生徒が館内にいることに。………はい、事前情報にあったキート・アクゼント、ヤヤラ・アドミレア、クレード・ノーラです。……………………了解、あとは実行部隊に任せます」


 通信を切ると、兵士はくっと口角を上げ、どこかへと歩き出した。その姿はいつの間にか夜の建物の影へ紛れ、消えてしまった。


*  *   *   *   *



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