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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

桃太郎伝説 前日譚

作者: ヒデハム

いやはや流れに乗ろうとしたら冬の童話祭の参加表明期間が終わっていました。無念。

 むかしむかし、あるところに1人の青年と2匹のサルたちが暮らしていました。


「おいサル。海で魚を釣ってきてやったから食え」

「いつもすまんね。うちの旦那がぽっくり逝っちまったばかりに、お前さんには助けられてばかりだよ」


 サルは母子でした。父ザルに先立たれ、生活に困っていたところを青年に助けられたのです。

 青年は毎日魚を釣りに行き、2番目に大きな魚をサルの母子に分けていました。


「子育てってのは大変なんだろ。遠慮なく頼れ。俺もいつかお前に頼るから」

「ははは、そうは言っても、お相手はいるのかい?」


 青年の家は島の端にあり、集落から離れたところにありました。



 ある夏のことです。

 その日は海が荒れ、青年の家の手前まで波が迫ってきました。


「お前さん、逃げないのかい?」

「ここまでは来ねえよ。あとは波が引いてくだけだ。それにお前らを置いて逃げられるかよ」


 青年は家の前でにおう立ちでそう言いました。

 青年の言う通り、それより高くまで波が届くことはありませんでした。



 次の日、日の出とともに起きた青年が浜へ降りると、1人の女が倒れていました。

 女の服はボロボロで、体も傷だらけでした。


「おい、おい、あんた大丈夫か?」


 肩を揺すると、少し女の体が動いたような気がしました。

 青年は女を担いで自分の家まで運び、手当てをしました。

 それから三日三晩のあいだ、青年は目の覚めない女に薬湯や魚の煮汁を飲ませ、世話をしました。

 母ザルも子育ての合間に林で薬草を採ってきて青年を手伝いました。


 すると女が目覚めて叫びました。


「きゃあ!鬼がいる!」


 女は青年の頭にある角を指差していました。


「そりゃあ、ここは鬼ヶ島だからな。鬼が暮らす島だ」

「鬼は人を食らうのよ。私も食われてしまうんだわ」


 その女は角のない人間でした。

 人間の集落では、鬼は人を襲い、悪さをすると語り継がれていました。


「人なんて食ってもまずいだけだろう。俺たちが食うのは芋と魚だ」

「本当に?鬼は人を食べないのですか?」

「ああそうだ」


 そう言うと女は安心したのか、また寝てしまいました。



 それから数ヶ月後、鬼の首長が青年の家にやってきて言いました。


「角なしを島に置いておくことはできない。直ちに海に放り出せ」


 青年は驚きました。


「そんな掟は聞いたことがない」

「掟はないが、皆の総意だ」


 青年は言います。


「では俺がこの女を女の故郷まで連れていく。だからあと数日待ってくれ」

「よかろう。3日やる。それまでに島を出立しろ。それで皆も納得するだろう」




「本当に良いのですか?私などのために」

「構わないさ。俺は俺のやりたいようにするだけだ」

「ありがとう、ございます」


 女は泣きながら言いました。

 鬼の青年と人間の女はいかだに乗り込みます。

 すると岩影からたくさんの鬼たちが現れました。青年と同じく頭に角が生えていました。


「なんだなんだ、お前ら。俺らに黙って行くんでねえよ。角なしの女は怖えが、お前のことは大事な仲間だと思っとる。だから皆で贈り物を用意したんだ。受け取れ」


 鬼たちは雨水の入った壺や木の実などを詰めた袋、そして石を削って作った包丁を青年に渡しました。


「皆、ありがとう」


 青年の後ろから小さな2つの影が現れました。

 サルたちです。


「うちらもついていくよ」

「いいのか?」

「島の暮らしも悪くはないけど、子どもに広い世界を見せてやりたいからね。引っ越そうと思うんだよ」


 2人と2匹は大海原へ漕ぎ出しました。



 海へ出て2日したとき、陸地が見えてきました。

 青年は陸のほうへ漕いでいきます。

 しばらくして砂浜に着きました。


「広い浜だ。こんなの見たことがない。あんたの村はどっちだ?」

「海から日が昇る村です。たぶんあっちのほうです」

「なら途中までついていこう。村が見えたら俺は離れたほうがいいだろう」


 2人と2匹は村を探して歩きだしました。




 しかしあるとき、女が倒れてしまいました。

 女の腹が膨れていました。


「この中には赤子がいるね。旅をさせるのは無理だろう」


 女の腹には青年との間にできた子がありました。

 母ザルは自分が子を産んだときのことを青年に話し、青年は雨風を防げる小屋を建てました。

 近くに川が流れ、島にいたときよりも森に食べ物が多くあり、水や食べ物に困ることはありませんでした。


 しかし、半年ほど経ったある日、女は息を引き取りました。

 泣いている青年に母ザルが言います。


「今すぐ腹を切り裂いて赤子を出しな。まだ間に合うかもしれない」


 嫌がる青年に母ザルは続けます。


「母親ってのはね、たとえ自分が死んでも子に生きてほしいと願うもんなんだ。女のことを思うなら早くしな」


 青年は泣きながら石の包丁で女の腹を裂きました。

 白粘土の大地に赤い花が開きました。

 赤く濁った水の中から赤子が出てきました。

 はじめ動かない赤子に、もう駄目だと青年が思ったとき、赤子がおぎゃあおぎゃあと泣き出しました。


「おお、おぉ、よしよし」


 青年は赤子を抱き上げました。赤子は母親と同じく角がありませんでした。


 しかし、青年には子育ての仕方が分かりません。

 母ザルも乳はもう出ず、赤子に飲ませることはできません。


 青年は足下の土を掘り始めました。


「何をするんだい?」

「こいつの墓を掘る。故郷まで連れて行ってやれなかったのが残念だが、俺ではその場所が分からん。だからここを墓にする」

「まさか赤子も埋める気かい?」

「それこそまさかだ。赤子は島の掟の通りにする」


 母ザルは首を傾げました。鬼の掟を知らなかったのです。


 青年は土と木の枝で大きな玉を作り、それを半分に割って中をくり抜きました。

 そして赤子を中に入れると、割れた玉を閉じ、隙間を埋めて元の玉の形にしました。


「それをどうするんだい」

「掟では角なしの子が生まれたら、土と木でできた器に入れて海に流すことになっている。そして流れ着いた先の人間に育ててもらえることを祈るのだ。

 しかしここから海は遠い。だから川に流す。海よりはむしろ希望があるだろう」

「酷い掟だね。でも飢え死にさせるのよりはいいのかね」


 青年は川にそれを流しました。

 母ザルと一緒に手を合わせて赤子の無事を祈りました。


 母ザルが言います。


「うちらはこの辺りで暮らすよ。お前さんはどうするんだい?」

「俺は、帰る。鬼の俺は人間のいるところでは暮らせない。来た道を引き返して帰る」

「そうかい。達者でね」

「お前たちもな」


 青年はサルたちと別れ、鬼ヶ島に帰りました。




 赤子の入った土の玉はどんぶらこどんぶらこと川を流れていきます。

 その色は白粘土と母親の血で、桃色に染まっていました。


こっちも読んでくださいな。


『私と図書室に出た幽霊』

http://ncode.syosetu.com/n3494em/


自信作です。

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