閑話 ペリニヨン邸
「リリィ様はそろそろお着きになられたでしょうか?」
執事のサバスチャンが聞いてくる。
「そうだね。順調にいけばもう着く頃だろう」
そう答え、私は昨日出逢ったゴブリンに思いを馳せる。
なんというか、彼女は実に異様な存在だった。
「なぁサバスチャン、お前はリリィの異常性に何処まで気付いた?」
ふと尋ねる。
執事には彼女が昨日できた私の友人であり、自らのステータス確認の為に知人のササカーマの元に向かわすとは話してあるが、ゴブリナへの進化を目指している事は伝えていない。
「リリィ様でございますか?
かように知的なゴブリンというのは初めてかと」
「知的か。確かにそうだったな。彼女はね、自ら私にリリィと名乗った稀有なゴブリンだよ」
「なんと!!
ではリリィ様はペリニヨン様が名付けられたのではないのですか!?」
驚愕の表情を浮かべるサバスチャン。
「ああ。
そういえば彼女との出合いを話していなかったな。
実は初めて彼女に会った時、僕は森からはぐれて洞窟に侵入した邪悪なゴブリンだと思い、彼女に秘技皆様の恨みを放った。」
「さようでございましたか。しかしリリィ様は…」
「そうだ。死ななかった。
それどころか掠り傷一つ負わなかった。
それはつまり誰の恨みを買うこともなく、誰も殺していない全くの無垢な状態、謂わば生まれたてだという事だ。
にも関わらず普通に言葉を喋り、リリィと名乗ったんだよ彼女は。」
「お戯れ…ではないのですね?」
「ああ、事実だ。
この世界のどこに最初から名前持ちの魔物がいる?
ましてや彼女はゴブリンという最下位種だぞ。
ここに来てからも彼女は誰に教わるでもなく嬉々として風呂に入り、自分でワンピースを着、そしてきちんと座って食事をした。
しかもナイフとフォークを完璧に使ってだ。
こんな事はあり得ない。
彼女は異常だ」
「真にペリニヨン様の名付けによる進化ではないとおっしゃるのですか。
しかし生まれながらにその様な事が出来る存在など…
ま…まさかとは思いますがリリィ様は伝承の…?」
「今のところあくまでも可能性ではあるけど、おそらく間違いないね。
もしかしたら他にも既に生まれている者がいるかもしれない。
ただ仮にそうだとしても、今すぐに全てが揃い何かが起こる訳ではないだろう。
彼女も当面は彼の地に留まるだろうし、暫く様子を見てみようと思う。
誰か付けて目を離さないようにしておいてくれるか」
「畏まりました。ではそのように手配致します」
立ち去る執事の背中から目を反らし、大きく息を吐く。
そうしてまた私は昨日友人となったゴブリンに思いを馳せるのだった。