第07話 仲間と説得
「シャーリー……さん……」
俺は彼女の顔を見て呟いた。彼女は手を差し上げたままスッと立ち上がると俺と視線を合わせる。そして恥ずかしそうに手えお下ろし俯くと言った。
「わ、私は……その……レインさんの言う通りだと思います。このままここにいても……助かる可能性は低いと思います。なら、がんばって町を出た方が――」
「町にはゾンビがそこら中ウヨウヨしているんじゃぞ! その中をどうやって切り抜ける気じゃ! 第一、町を出たからといって助かる保証はどこにもない!」
「ひいっ! す、すいません!」
司祭の怒鳴り声にシャーリーはなぜか謝ってしまう。気の弱い彼女には司祭の言い方はきついようだ。
だが、司祭の言う事はもっともだった。ここから出たからと言って助かる保証はどこにもない。もしかしたら、司祭の言う方が正しいのかもしれない。
だけど……俺はそれでも外に出るべきだと思った。ティオを見つけなければというのもあったが、この異常な事態にはただ待っていても解決しないという直感があった。嵐や雷とは訳が違う。待っていれば過ぎ去っていく災害とは性質のことなる“謎の疫病”だ。
こちらから行動しなければ。
「司祭さま。僕は強制はしないと言ったはずです。残りたい人は残ってください」
「フンッ! たった二人でどうしようと言うんじゃ!」
司祭は吐き捨てるように言う。確かに二人でゾンビのいる町を歩くのは不安だ。彼女はお世辞にも運動神経がよさそうに見えない。スキルも戦闘に役立ちそうにない。
すると、もう一人手を上げる者の姿があった。
「僕も行きますよ」
その声はパウロだった。パウロは立ち上がると眼鏡をクイッとかけ直し言う。
「僕はどちらが正しいかは分かりません。もしかしたらここに残った方が生存率が高いかもしれません。しかし……僕はこのゾンビに少し興味があります」
「きょ、興味じゃと?」
パウロの口から出た意外な理由に司祭は声を上げた。周りの生存者もざわつく。パウロは眼鏡をかけ直し続ける。
「はい。このゾンビ……もし本当に古文書に記されていた伝説の生き物なら、冒険者として調べずにはいられません。一体どこから発生したものなのか、ゾンビとは一体なんなのか、治療法はあるのか……疑問は尽きません」
「なら貴様は……自分の好奇心のために外に出たいと言うのか?」
「そう言って差し支えありません」
パウロは平然と言ってのける。そこにいた全員が呆気にとられていた。まさかゾンビを見たいからゾンビのいる町へ出たいという奴がいるなど、思いもよらなかったのだ。
「勝手にしろ! わしはどうなっても知らんぞ!」
司祭は呆れたような諦めたような顔で言った。さすがの司祭も彼を止めることはしなかったようだ。彼の顔を見れば彼が酔狂や冗談などではなく本気だということが分かったのだ。
それ以外には脱出組に加入しようとする者はいなかった。誰もここから動きたくないようだ。初めに言ったように、俺は無理矢理全員を連れ出す気はなかったので、それでいいと思った。
しかしこれだけいる中で外に出たいという者がたたった二人だとは少し意外だった。俺の予想ではもう少し多いはずだったのだが、仕方ない。
これ以上はないと思った司祭は勝ち誇ったような表情で言う。
「これで終わりのようじゃな。では礼拝を続けよう」
司祭の祈りに合わせ、他の者達が祈り出す。いつの間にか俺達以外のここにいる生存者全員が司祭と一緒に祈り出していた。
俺とシャーリーとパウロはその群れから離れたところでぽつんと立ちすくんでいた。
「結局、僕達だけになっちゃいましたねえ」
パウロは能天気な様子で言う。
「だ、大丈夫ですよ。きっとなんとかなります!」
シャーリーは自分を奮い立たせるように言った。
「そうですね。でも……実はもう一人誘いたい人がいるんです」
俺の言葉に二人は「えっ?」と驚きの声を漏らす。シャーリーは俺に顔を近づけ
訊ねた。
「だ、誰なんです? その人は」
「ガトーさんだよ」
二人はさらに驚いた様子で目を見開いた。まさか俺の口からガトーを誘いたいと言い出すとは思ってもみなかったのだろう。特にシャーリーは先程、ゾンビに噛まれた疑いをかけられ殺されそうになった相手だ。露骨に嫌そうな顔が浮かぶ。
「な、なんで彼なんですか?」
シャーリーは不安そうに訊く。できれば彼は誘いたくない、そんな気持ちが伺い知れた。俺は落ち着いた口調で説明する。
「彼のスキルは『投擲』。ゾンビ相手に使えそうなスキルだし、彼はこの中で一番腕力も体力もあります。現に俺は目の前で彼がゾンビを倒したのをこの目で見ました。外に出ればゾンビと戦うことになる可能性は高い。できれば戦力は多い方がいい」
俺の言葉にシャーリーは少しだけ納得したようだったが、それでもまだ不安げな表情を浮かべていた。すると横からパウロが頷きつつ言う。
「なるほど。それに彼なら感染してゾンビになる前の人間を殺すこともできる」
「そ、そんなッ!」
彼の言葉にシャーリーはたまらず声を上げた。無理もない。しかしパウロの言ったことは俺も考えていたことだった。
ここから先ゾンビと戦うことになった際、問題となるのはゾンビに噛まれた時だ。もし仲間が噛まれた時、ゾンビになる前に躊躇なく殺せる人間は滅多にいない。彼ならそれができる。
「そうだろうレイン君?」
パウロは俺に訊く。彼は鋭い。俺の考えなどお見通しなのだろう。シャーリーの前でそのことを言うのは彼女を不安にさせるだけだとあえて黙っていたのだが、彼には通用しなかったようだ。俺は戸惑いながらも頷いた。
「はい。その通りです」
シャーリーの視線が俺に向く。俺はその視線を痛いほど感じながら言った。
「汚いやり方なのはわかってます。でも……それが今考えられる最善だと思うんです」
俺の言葉にパウロは頷いた。
「僕は君に賛成だよ。あいにく僕は腕っぷしは弱いからね」
そう言って彼は笑った。この状況で笑ってられるのは彼だけだろう。シャーリーは未だ納得できない様子だったが、それでも何か決意したように唇をギュッと噛みしめると言う。
「そうでね……分かりました。ガトーさんを誘いましょう!」
俺もパウロも彼女の言葉に頷いた。彼女は不安を振り払うようにぎこちなく笑った。彼女にしてみればそれはつらい決断だったろうが、それを表に出さないように必死に堪える彼女を見て俺は決心を強めた。
しかし問題はここからだ。俺の予想ではガトーは真っ先に脱出組に立候補すると思っていたのだが、まさか手を上げないとは意外だった。
見るとガトーは司祭達の輪に入らず後ろの方の長椅子に腕を組んでふんぞり返っている。傍らにはあの斧が大事に置かれていた。周りに近づく者はおらず、彼を説得するのは難しそうに思えた。
「どうやって説得します?」
パウロがガトーの方を見ながら言う。もちろん強制はできない。でも彼なら一緒に外に出てくれるだろうという確信のようなものが俺のはあった。
「俺が行きます。みんなはここで待ってて下さい」
俺の提案にシャーリーが心配そうに声を上げた。
「だ、大丈夫ですか?」
「はい。話せば分かると思います」
彼女はそれでも心配そうに「でも……」と呟いたが、それをパウロが制した。ここから先はレインに任せようと、無言で彼は訴えたようだった。彼女は諦めたようにそれ以上言うのは止め、俺に向かって言う。
「お願いします……」
「はい」
俺は頷くとガトーの方へ歩いて行った。後ろから二人が心配そうに見守っているのを感じながら、俺はガトーのいる長椅子まで歩いた。
彼の所まで行くと俺は彼の前に立った。俺の姿に気付いたガトーは顔を上げると眉根を上げる。
「なんだ?」
「ガトーさんはお祈りしないんですか?」
俺の言葉をガトーは鼻で笑った。
「誰がお祈りなんてするか。悪いが俺は無神論者なんでな」
「じゃあなんでここに残るんです?」
ガトーは俺を睨む。彼の鋭い眼光に怯みそうになるが俺はそれを堪え彼を見つめた。
「俺がどうしようと、俺の勝手だろう。それとも何か俺に文句でもあるのか?」
「別に文句はありませんが、ただ不思議で……」
「お前、強制はしないって言ったよな? ならとっととここから出て行ったらどうなんだ?」
ガトーの返事に俺は言葉を詰まらせる。想像以上に彼の意思は固いようだ。俺は頭をフル回転させる。なんとか彼を説得する糸口を見つけなければ。
しかしどうして彼はここに留まることを選んだのだろう? 彼はゾンビを殺すことに固執しているようだった。それは周りの人間に恐怖の印象を与え結果彼の周りには誰も近づかなくなっていた。
だが彼のゾンビに対する感情はパウロのような好奇心や、ましてや殺しの快楽などではない。それは憎悪だ。彼のゾンビに対する憎悪を俺は感じていた。なぜ彼はゾンビを憎んでいるのだろうか。
普通に考えれば親しい人をゾンビに殺されたからだろう。ではなぜ彼はそのゾンビの頭部を背嚢に入れ持ち歩いているのだ? わざわざ猿轡まで付け、生きたままにして持ち歩く理由はなんだ?
周りの人間が不気味がって近づかないのもそれが原因だった。ゾンビを憎みながらゾンビの生首を持ち歩く理由。ゾンビを苦しめその姿を楽しむため……いや違う。彼はあの生首を大事にしていた。
そうか……そういうことか。
俺は初めてあの生首を鑑定した時のことを思い出した。これで納得がいった。彼がここに残る理由。俺は背嚢の中でもぞもぞと動いている生首を見て言った。
「ガトーさん。その生首は誰なんですか?」