第06話 彼女と決意
俺の言葉にそこにいる全員が呆気にとられた。ガトーも俺を見つめたまま言う。
「鑑定だと……?」
「はい。僕のスキルは見たもののステータスを知ることができるんです。この生首を見た時にはステータスに状態:ゾンビと書かれていました。だけど彼女のステータスには状態:恐怖と書かれています」
俺は淡々と事実を述べた。彼女のステータスは至って普通だった。少なくともゾンビではない。
「それは確かなんだろうな?」
「はい。間違いありません」
「なるほど……。だがゾンビになるには時間がかかるよな。もしかしたらまだステータスに現れていないだけでしばらくするとゾンビになる可能性だってあるぞ」
「いや、それはないでしょう」
そう言ったのはパウロだった。
「なに?」
「僕が見た限りでは、ゾンビになるまでの時間はおよそ数分。彼女はここに来てから三十分以上過ぎてます。ゾンビになるには遅すぎる」
確かに噛まれてからゾンビになるまでの時間はそう長くはなかったはずだ。もしパウロの言う事が正しいなら、俺の鑑定の裏付けになる。
「フン。それもただの憶測にすぎねぇだろ」
「ええ。でも、あなたの考えも憶測ですよね」
ガトーは言い返せなかった。しばらく沈黙した後、ガトーは斧を下ろした。
「……分かった。お前らの言葉を信じよう。だが小娘、もし嘘だったらタダじゃおかねぇぞ。その時は俺が真っ先にゾンビになったお前を殺してやる。いいな?」
ガトーの威圧に彼女は何度も頷いた。ガトーは長椅子にドカッと腰を下ろした。
ふう。とりあえずは落ち着いたようだ。俺はホッと胸を撫で下ろした。
すると俺の元へ彼女が恐る恐る近寄ってくる。俺が何かと思って顔を上げると、彼女は俺の前で頭を深々と下げた。
「あ、ありがとうございます!」
「え? いや……別に俺は……」
「い、命の恩人です!」
彼女は何度も何度も頭を下げ感謝を述べた。こんなに人に感謝のされたことのない俺はなんだか居心地が悪くなったような気がして苦笑する。
「き、気にしないでください。あなたのステータスを見たらゾンビじゃなかったからそう言っただけです。俺のスキルなんてこれぐらいしか役に立たないから……」
「いえ! あなたのスキルのおかげで助かりました! あなたがいなかったら私、今頃どうなっていたか……」
すると彼女の目に涙が浮かんだ。そして涙腺が決壊したかのように泣き出す。彼女はえんえんと泣き、鼻水を垂らし、目を真っ赤にしていた。緊張が途切れたことで、抑えていた感情が溢れ出たのだろう。驚いた俺は戸惑いながらも彼女の肩を抱き落ち着くよう言った。
「もう大丈夫ですよ」
「うう……すいません。つい思い出してしまって……。あの時、誰も私の言う事を信じてくれなかった。みんなが私を見殺しにしようとしたんです。私、それがショックで。でも、あなただけは私を信じてくれました」
信じたんじゃなくてステータスを見ただけなんだけどな。と言おうとしたが俺はそれを飲み込んだ。今の彼女は極度のストレスで混乱状態にある。ステータスにも状態:恐怖と書かれていたくらいだ。
今は何より彼女を励ます言葉の方が適切だろう。
「みんなで協力してこの状況を生き残りましょう。まだ希望はあります」
「希望……?」
彼女は不思議そうな顔をした。そんなこと言うとは思ってもみなかったようだ。
「はい。ゾンビは不死身じゃない。頭を破壊すれば倒せるんです。倒せる相手ならなんとかなるかもしれない」
「ぞ、ゾンビと戦う気ですか?」
彼女は驚いた様子だった。
「なるべくなら戦いたくはない。いくらゾンビと言えど見た目は人間ですしね。でも、大切なものを守るためなら戦わなくちゃ……」
「大切なもの……」
彼女は俺の言葉を何度も反芻しているようだった。
「そ、そうですね。私もまだ死にたくないです!」
「うん。がんばって生き延びよう」
「はい!」
彼女の顔に笑顔が灯った。それを見て俺も微笑んだ。そうだ、まだ死ぬわけにはいかない。必ず生き延びてやる。
「あの……あなたのお名前は?」
彼女が恐る恐る訊ねる。そう言えばまだ名乗っていなかった。
「レインです。よろしく」
そう言って俺は手を差しだす。
「わ、私はシャーリーです!」
そう言って彼女は俺の手を握り返した。なんとか犠牲を減らすことができたことに俺は安堵した。とりあえず、もう一度彼女のステータスを見ておこう。
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シャーリー・フィード
スキル:賭博
状態:良好
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お、状態が恐怖から良好になっている。どうやら彼女の精神状態も安定しているようだ。ひとまず安心だ。しかし彼女のスキル『賭博』とは一体なんだろうか?
残念ながら、俺の『鑑定』ではスキルの内容までは知ることができない。だが彼女の見た目からはギャンブルといった雰囲気は感じられない。まあ、スキルは本人の意思とは関係ないので仕方がない。
俺だって好きで『鑑定』を授かったわけではない。もっと強力なスキルだったら、この状況だって打破できるかもしれないのに。そうティオのような……。
ティオは無事だろうか。あいつも俺と同じようにどこかに避難しているのだろうか。それともまだ町の中を逃げ回っているのだろうか。それともとっくに町から脱出したのだろうか。
答えは分からない。だがティオならこんな状況でも決してあきらめなかったはずだ。それにあいつなら他人であっても構わず助けたはずだ。それが正しいと信じていた。例え自分の身が危険に晒されようと。
俺もできる限りのことはしよう。まずはここにいる全員のスキルを見てみることにした。まずはガトーだ。
俺は長椅子にふんぞり返るガトーを見つめた。
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ガトー・タルカス
スキル:投擲
状態:良好
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スキル『投擲』か。これはゾンビ相手に使えそうなスキルだ。
俺はその後も教会にいる全員のステータスを見て回った。だがどれもゾンビを倒すのに役立ちそうなスキルは見当たらなかった。
長い緊張状態のため、倦怠感が教会を包んでいた。みんなだいぶ疲弊しているようだ。いくら待っても助けはこない。中には司祭と一緒にひたすら祈りを捧げている者もいる。
「いつまでこうしてるんですかね……」
隣でシャーリーが呟く。あれからといもの、なぜか彼女は俺の傍を離れないでいる。まあこちらとしても話し相手がいてくれれば気が紛れるので助かっている。
「せっかくのお祭りだったのに……」
「シャーリーさんはあの時どこに?」
「私は酒場でウエイトレスとして働いていました。こんなお祭りの日にも仕事なんて……って愚痴をこぼしてたんですけど、そのおかげで助かったんですよね」
「助かった?」
「はい。突然血だらけの男が酒場に入ってきて、お客に噛み付いたんです。最初は酔っ払いの喧嘩かと思ったんですけど、次々にみんなゾンビになっていって……私は慌てて裏口から逃げました」
シャーリーは辛そうに思い出していた。俺は黙って話の続きを聞いた。
「外に出たらもっとひどい状況で……町中でゾンビが人を襲っていました。私、何が何だか分からなくて……なんとか必死で教会まで逃げて来たんです……店長も同僚もみんな食べられて……私恐くて……」
彼女は震えを抑えるようにぎゅっと自分の肩を抱き寄せた。恐らく、目の前でゾンビに食べられる店長や同僚を見殺しにしてきたのだろう。だがそれを誰が責めることができるだろうか。
「助けは来るんですよね……?」
彼女は祈るように俺に訊ねた。もちろん、俺にも分からない。本当にこのまま助けが来るのを待っているべきなのだろうか。
分からない。答えなんてないのかもしれない。だがもしティオがまだこの町のどこかで生きているなら、俺はあいつを放っておけはしない。
俺は立ち上がると全員に向かって言った。
「このまま待っていても仕方ない。俺は外へ出ます」
その言葉にみんながざわつきだす。とりわけ司祭が声を上げた。
「自分が何を言っているのか分かっているのか? 外はゾンビがうようよしているんじゃぞ!」
「分かってます。でもこのまま待ってても助けが来る保障はどこにもない。それに時間が経てば経つほどゾンビは増えて来る。そしたらこのバリケードもいつか破られる。なら一か八か、こっちから先に行動してやるんです」
「ならん! ここにいれば安全なんじゃ! ここで祈りを捧げておれば必ず助けが迎えにくる! 神は我々を見捨てたりなどはせん!」
何人かの人が司祭の言葉に頷いていた。司祭の意思は固く、この教会を離れる気はないらしい。
「強制はしません。だから俺と一緒に外に出たい人は一緒に来てください」
俺の言葉に教会内は静まり返った。誰も外には出たくないようだ。司祭がほら見ろと言わんばかりに俺を見つめる。するとその時、一人の手が上がった。
「あ、あの……私、一緒に行きます」
それはシャーリーの手だった。