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第02話 祭りと勇者

 次の日。


 俺は家を出て町の中央にある噴水広場に来ていた。まだティオの姿は見えない。俺はしばらく縁石に腰を下ろして町を眺めていた。


 勇者祭とあって町は人で賑わっていた。道には多くの露店が軒を連ねいい匂いがそこら中から漂っていた。カラフルに彩られたのぼり旗が風になびき、行き交う人の顔には笑みが浮かんでいる。


 一年に一度の勇者祭。みんなこの日を楽しみにしていたのだ。魔王が倒された事で世界は平和になった。その平和をこうやって祝い楽しんでいる。


「遅いなティオ……」


 それを見ているうちに俺も早く祭りに行きたい気持ちが強くなってきた。しかしいまだ待ってもティオの姿は見えない。


 おかしい。いつもなら約束の時間の15分前には到着しているような奴なのに今日に限って遅刻か? 普通の日なら寝坊したんだろうと思うが、今日は勇者祭だ。ティオがこんな大事な日にそんなヘマをするとは思えない。


 約束の時間になったその時だった。向こうから見なれた顔の少女が手を振って歩いてくる。


「おーい! おまたせ!」


 ティオだ。だがいつものティオと違う。いつものティオは普通の町娘のファッションだが、今日は違う。それは言わば魔法使いの衣装に身を纏っていた。とんがり帽子に灰色のローブと先端に宝石の埋め込まれた杖。おまけに付け髭なんかもしている。


 その恰好は『勇者の冒険』シリーズに出てくる勇者の仲間『灰かぶりの魔法使い』そのものであった。


 俺が唖然としているとティオは俺の目の前で自慢げに衣装をなびかせる。


「どう? カッコいいでしょ?」


「カッコいいっていうか……なんで?」


「だって今日は勇者祭なんだよ! だったらやっぱり好きなキャラのコスプレしたいじゃん! 私の憧れは『灰かぶりの魔法使い』なの!」


 ティオはそう言って俺の前でポーズを決める。まさか幼馴染みのコスプレを見ることになるとは驚きだ。ていうかキャラの選択が意外だ。灰かぶりの魔法使いは老人の魔法使いで作中ではどちらかというと地味な方だった。魔法を使うたびに腰痛に苦しむが知識が豊富でフォッフォッフォと笑うのが特徴だ。


「ていうかコスプレするなら教えてくれよ。ビックリしたじゃねーか」


「ごめんごめん。実はこの衣装、私の手作りでさ。なんとか昨日の夜に完成して間に合わせたんだよね。だからあの時はまだ言えなかったの」


「手作り!? すごいな」


 ティオの衣装は素人が作ったとは思えないような出来栄えだった。確かに勇者祭にはコスプレをして参加するのも一つのイベントになっていたが、俗にコスプレイヤーと呼ばれる専門の人達と比べても遜色ないくらいクオリティが高かった。


「似合ってる?」


「うん。すっげーかわいい」


 つい口から本音がポロッと出てしまった。ティオは付け髭のせいでよく見えなかったが顔を赤らめて両手で帽子を掴み顔を隠した。


「ふ、不意打ちするな!」


「わ、悪い……」


 遠目で見れば白髭の老人が恥ずかしそうに赤面している異様な光景だ。ティオは帽子を被り直すと俺の手を引っ張った。


「もう! 行くよ!」


「うおっ!」


 ティオに引っ張られ俺達は祭りの人ごみの中へ紛れて行った。





◇◇◇◇





 人で溢れかえった街道を俺達は歩く。行き交う人の流れに乗りながら俺は辺りを見渡した。


 おいしそうな屋台が並び目の前で調理した様々な品が香ばしい芳香を漂わせ祭りの参加者を惑わしていく。俺達もその中からリンゴ飴をチョイスして並んで食べた。


 祭りに食べる屋台というのはなぜこうもおいしく感じるのだろうと俺は不思議に思う。その場の空気が味覚を狂わせているのだろうか。


 街道を歩いているといくつかの人だかりが目についた。見てみると人だかりの真ん中で大道芸人が曲芸を披露している。大道芸人が技を成功させるごとに観客から拍手が起こった。


 また中には吟遊詩人が楽器で音楽を奏で詩曲を歌っている。その美しい歌声に祭りの参加者は足を止め聞き入っている様子だった。


「ホラ、あれ見て!」


 再び街道を歩いているとティオがやや興奮気味に俺の腕を引っ張る。見るとティオと同じように『勇者の冒険』に出てくるキャラクターのコスプレをした人たちがいた。これまでもコスプレをした人は何人かすれ違ったが、ティオが指差した人たちは所謂コスプレイヤーと呼ばれる人たちで衣装だけでなくメイクやスタイルなど細かい小道具まで完璧に真似してあり俺も驚くばかりだった。まるで本の挿絵から飛び出してきたような感じだ。


「すごーい! 完璧だよ!」


「クオリティ高いな」


「あれ? あんなキャラいたっけ?」


 ふとティオは疑問の声をあげる。見るとコスプレイヤーの中に一人だけちょっと異色な奴がいる。服はボロボロに破れ肌が紫色に変色しており赤黒い血が全身を染めている。一部皮膚が剥がれ白い骨やピンク色の内臓が見えている。眼は白濁しておりフラフラと覚束ない足取りで呻き声を発している。


「変わったコスプレだな」


「分かった! 第三巻に登場したゴブリンにやられた村人の死体だ!」


「マニアックだな……」


「でもすごいリアルだよ! 本物の死体みたい!」


「なんで死体が歩くんだ?」


「まあ、さすがに地面に突っ伏してる訳にはいかないじゃない?」


 あまり納得できなかったが、そこまでコスプレ事情に詳しくない俺はそういうものかと思ってそれ以上深くは考えなかった。


  さらに進むと劇団による舞台劇が行われているのが見えた。野外に設置された演劇会場に集まった観客の前で、様々な衣装に身を包んだ役者達が舞台を駆けまわっている。内容は『勇者の冒険』を元にした笑いあり涙ありの活劇である。


「面白そうだし見ていくか」


「うん!」


 入口で金を払いティオと共に観客の中に混じっていく。基本全員立ち見であり前の方は既に人で埋まっていた。俺達は後ろの方から舞台を見ていた。


 勇者の衣装に身を包んだ役者が今まさに魔王と戦おうとしていた。


「フフフフ。よくぞここまで来たな勇者よ」


「魔王! 今日がお前の最期だ!」


 観客から声援が飛ぶ。いよいよ勇者と魔王の対決だ。この劇でも最も盛り上がる場面である。


「勇者よ、お前は強い。私と共に世界を支配してみたいとは思わないか?」


「断る! 恐怖による支配など偽りの平和だ! お前は俺が倒す!」


「フフフフ。それでこそ勇者よ。だがこれを見てもまだそんなことが言えるかな?」


 魔王を演じる役者がそう言うと後ろのカーテンが上がりセットが現れる。それは磔にされた勇者の仲間たちの姿だった。


「なッ!」


「フハハハハ! さあどうする? 私と戦えばこいつらも死ぬぞ? 仲間のために私に手を貸すか、仲間を見捨てて私と戦うか、選ぶがいい勇者よ!」


「くッ! 卑怯な!」


 観客からどよめきが巻き起こる。何回も見ている場面だが、それでも役者の熱演や豪華なセットも相まって全員感情移入していた。ティオもすっかり舞台に夢中になってハラハラしていた。


 観客が舞台に釘付けになり次の展開に息を飲むその時、舞台の袖から意外な人物が現れた。それは先程コスプレイヤーの中で見かけた死体の仮装をした男だった。


「なんだアイツは?」


 観客がざわつき出す。こんな展開は誰も想像もしていなかった。まさか勇者と魔王の対決の場面で村人の死体が現れるなど初めての出来事だった。


 驚いているのは観客だけではなかった。舞台の役者も困惑した表情でその乱入者を見つめていた。そして勇者が戸惑いながら小声で魔王に言う。


「お、おい! こんなの脚本にないぞ!?」


「俺も知らん! だがこのままじゃ台無しだ! なんとかアドリブで乗り切れ!」


 二人はそう言って頷くとすぐに元の演技に戻る。


「な、村人の死体だと!? 魔王、貴様そこまでするか!」


 アドリブで場を持ち直しあくまで芝居を続けるようだ。それに合わせて魔王の役者も演技を続ける。


「フハハハハ! なんとでも言うがいい! こいつは私の思うがままに動く屍よ! お前に村人が斬れるかな!?」


 魔王は叫び、勇者を指差した。


「さあ! 勇者を殺せ!」


 そう言うと男は涎を垂らしながら勇者の方を向いた。


「うあぁがががぁぁあ~!!」


 男は白目を剥いたまま壊れた操り人形のような動きで勇者に向かって襲い掛かった。それはとても不気味で人間離れした奇怪な動きであった。観客はその迫真の演技に息を飲む。


「すまん! 許してくれ!」


 そう言って勇者は白銀に輝く豪華な装飾に彩られた聖剣のレプリカを抜き男に向かって斬るフリをした。そのまま舞台袖まで男を突き飛ばして退場してもらおうとしたその時だった。


「えっ?」


 勇者は目の前の男がただの仮装でないことに気付いた。爛れた肉もこぼれた腸も剥き出た骨も腐食した皮膚も……全て本物だった。そう、目の前で襲い掛かってくる男は紛れもない本物の“死体”だったのだ。


 死体は口を広げ勢いよく勇者の首筋に噛み付いた。それは演技などという生易しいものではなく、肉食獣が獲物を捕らえた時のような獰猛で野蛮な捕食の瞬間だった。歯は勇者の首筋に深く喰い込み肉を裂いた。動脈が切れたせいで大量の血液が噴出する。血の飛沫が観客まで飛び、瞬く間に舞台を真紅に染めた。


「ぎゃああああああああああああ!!」


 絶叫する勇者。呆然とする魔王。死体は勇者を押し倒しさら噛み付いた。勇者は必死で抵抗しようとするが死体は勇者の肉を貪り続け、勇者の顔面に噛み付くとそのまま勢いよく顔面の皮膚を引き千切った。


「うわああああああああああああああ!!」


 それを見た観客から悲鳴が上がる。勇者が無残に村人に喰い殺される光景は異様としか言いようがなく、みんなを混乱させた。あくまで演技だと思って見ていた観客もさすがにこの血みどろの舞台とグロテスクな光景を見て異変に気付いた。


 正気を失い泣き出す者、パニックになる者、呆然とする者。観客は混乱の渦にいた。


「な、なんなのこれ……?」


 俺の隣でティオが呟く。その身体は微かに震えていた。


 舞台の袖から他の役者やスタッフが現れ死体を勇者から引き剥がした。それでも死体は口に含んだ勇者の皮膚を貪り続け取り押さえた者に噛み付こうとする。


「なんだコイツは!?」

「酔っ払いか!?」

「幕を下ろせ早く!」

「医者を呼んでくれ!」

「クソ! 舞台が台無しだ!」


 怒鳴り声や悲鳴や罵声が飛び交う中、魔王役の役者が前へ出て観客に向かって叫んだ。


「みなさん落ち着いて下さい! 事故が発生したため今日の舞台はこれで終了とさせていただきます! 誠に申し訳ございませんが今回は――」


 魔王が言い終わる前に俺は「あっ!」と声を上げた。俺だけではない。その場にいた観客達はみんな魔王の後ろにいる者を見て声を上げていた。だが遅かった。


 魔王の後ろから歯を剥き出し白濁した目を向けて襲い掛かってきたのは、先程まで倒れていた勇者だった。顔面の皮膚が剥がれ眼球が飛び出し血で真っ赤な顔の勇者は勢いよく口を空け魔王に飛びかかる。


「ぎゃーーーッ!!」


 勇者は魔王の首筋を噛み千切る。魔王の鮮血が観客の方に向かって噴出し観客の上から雨のように降り注いだ。

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