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第22話 旅立つ者と見送る者

 ――レインが死んだ。


私には未だその事実が受け入れられなかった。


 同じ町で、同じ孤児院で育った大事な友達。いや、それ以上の存在だった。


嬉しい時も悲しい時も、隣にはレインがいてくれた。レインがいたから、私はどんな絶望的な状況でも諦めることがなかった。いつも目の前にはレインの背中があったから。


そのレインが死んだ。


これは何かの間違いだ。きっとまた、レインなら生き残ってみせるに違いない。


私は自分に何度もそう言い聞かせた。


だけど、それが限りなくありえないことだというのに私は薄々気が付いていた。


眼から涙が溢れて止まらなかった。今すぐこの扉を開けてレインを助け出したい。だけどそれが無駄なことだというのも一方では分かっていた。


分かってはいる。だけど、ならこの気持ちはどこにぶつければいいんだ?


私は悔しさのあまり地面を何度も殴った。手が血で滲んでくるのも気にせず、殴り続ける。痛みなんて感じなかった。


自分の無力さと不甲斐無さに腹が立った。結局私は守られてばかりだった。そのせいで、私のせいでレインは――


「おいやめろ!」


 後ろからガトーさんが私の腕を掴んだ。拳から滲む血を見て彼は顔をしかめる。


「ここにいてもしょうがない」


「じゃあ……どうするの?」


「とにかく……森の中に移動しよう。ここは危険だ」


 そう言ってガトーさんは他の生存者にも呼び掛けた。みんなはそれぞれ、レインの死にショックを受けているようだったが、これ以上どうすることもできず、ガトーさんの後についていった。


私は一人のその場に取り残された。もうここから一歩も動ける気がしなかった。


すると私の後ろから呼びかける声が聞こえた。


「ティオさん……」


 振り返るとそこに立っていたのはシャーリーさんだった。彼女は何か言葉を投げようとして戸惑っている様子だった。


だけど今の私にはどんな慰めも意味がないと分かったのだろう。彼女は口を開いた。


「みんなと一緒に行きましょう」


「……なんで?」


「なんでって……ゾンビに襲われてもいいんですか?」


「逃げても同じだよ。もうどこにも逃げ場なんてない。これ以上逃げたからって何になるの? 死ぬのを先送りにしているだけじゃない。ならもういっそ楽になったほうが……」


 私は思わず強い口調で彼女に当たってしまった。ただの八つ当たりなのは瞭然だったが、私にはもう逃げ続ける気力が失われていた。


するとシャーリーさんははっきりと言う。


「レインさんなら……あきらめなかったですよ」


 私は言葉に詰まった。言い返すことができなかった。彼女は続ける。


「レインさんは……どんな絶望的な状況でも希望を捨てるなって……私に言ってくれました。私は彼の言葉を信じます」


「でも……」


「レインさんはあなたのために命を懸けて道を開いてくれたんですよ! そのあなたが、ここで死んでもいいわけないじゃないですか! 私はレインさんの命を絶対に無駄にはしません! あなたを引っぱたいても連れて行きます!」


 そう言ってシャーリーは私の腕をグイっと引っ張った。その時、私は彼女が泣いていることに気付いた。


私はそれを見て自分がどれだけ馬鹿な女だったのか気が付いた。私は何にも分かっていなかったのだ。


「大丈夫……一人で歩ける」


 私は彼女の手をそっと離すとそう言った。シャーリーはそれを見てやっと少し安堵の表情を見せた。


「じゃあもう死んだほうがいいなんて言わないでください」


「うん。ごめんなさい」


 私は彼女と一緒にみんなの後を追った。


 最後に私は振り返り、もう一度故郷の町を見た。生まれ育ったこの町をこんな形で離れるとは思わなかった。だけど、もう二度と帰ることはないだろう。なんとなくそんな気がした。


「さようなら……」


私はこの町と、レインに別れを告げ、森の中へ入っていった。





◇◇◇◇





 森の中で私達は周りにゾンビがいないことを確認すると、輪になって座り今後について話し合った。


「さて……これからどうしたもんか」


 カルネがそう言うとガトーが声を上げた。


「王都に行くんじゃなかったのか?」


「その予定だったけど、だいぶ人数も減ったしね。それに、パウロの傷跡がだいぶ悪化してる。彼を連れて王都まで行くのは難しい」


 確かにパウロの顔色は悪そうだった。それにみんなだいぶ疲弊している様子だった。ここからまた王都まで行こうとするのは大変なことに思えた。


「パウロは私の患者だ。私と彼は森の中に留まって治療をしながら事態の行方を見守りたいと思う」


 カルネはそう言った。パウロも同意見のようだった。


「悪いね。僕的には王都に行ってみたかったんだけど、この身体じゃ無理そうだ」


「当然だよ。それにこの子……ミコットかい? 彼女を連れて王都まで行くのは難しい。私達と一緒にここに残るべきだ」


 私は少女に目を移した。なぜかシャーリーの陰に隠れ、身体を縮こまらせてキョロキョロと周りを見ている。事態の大きさがあまり飲み込めていないようだ。


「そうね。それがいい」


 私は頷いた。彼女を連れて行くにはあまりに危険が大きすぎる。するとシャーリーが声を上げる。


「私もここに残ります。私には王都まで行く体力もないし、この子を見ておきたいから」


 そう言ってシャーリーはミコットの頭を撫でた。すっかりなつかれてしまったようだ。


「私は王都に行きます」


 私の一言に周りは少し静かになった。きっとここに残ると言うと思われていたのだろう。だけど私の心はもう決まっていた。


「大丈夫なの?」


 カルネが心配そうに訊く。私は頷いて答えた。


「王都には勇者様がいる。きっとゾンビのことも何か知っているはずです。それに私はゾンビに噛まれても感染しない……きっと何か役に立てる方法があると思うんです」


 そう、私のスキルなら何か解決策が見つかるかもしれない。勇者様ならゾンビのことだって魔王の時みたいに私達を導いてくださるはずだ。


何より、レインの意思を継ぎたいという気持ちもあった。


すると、それを聞いたガトーが声を上げる。


「俺も行くぜ」


「え?」


「初めから俺も行くつもりだったんだ。今更変更はなしだ」


「でも……」


「あ? 俺と一緒じゃ不服か?」


「い、いや別に……」


 睨みをきかせるガトーに私は思わずたじろいだ。するとパウロがやれやれといった表情で口を挟む。


「素直に一人じゃ危険だから俺もついて行くって言えばいいのに」


「別に心配なんてしてねぇよ」


 ガトーはそう言ってフンッと鼻を鳴らした。パウロは「素直じゃないなぁ」と呟いてそれ以上言わなかった。


「じゃあこれで決まりね」


 カルネが声を張る。結局、王都に向かうのは私とガトーの二人で、それ以外は森に残ることになった。


その日は森の中で一夜を過ごし、出発は次の日の朝にということになった。





◇◇◇◇





 次の日。私達は最後の言葉を交わした。


「気を付けて」


 カルネが手を差し伸ばす。


「みんなもね」


 私はその手を握り返した。


「これ、町から持ってきた食料。少ししかないけど」


 カルネはそう言って食糧の入った麻袋を渡した。


「ありがとう」


 私達はみんなと握手を交わした。もしかしたら、これが最後の別れになるかもしれいと思うと胸が締め付けられるようだった。


でも私は前に進むしかない。たとえそれが険しい道のりでも、レインならきっと迷うことなく進んでいったはずだ。私は、彼のためにも、勇者に会わなくちゃいけないんだ。


「きっと勇者様を連れてみんなを迎えに行くよ」


 私はそう言って、歩きだした。

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