第21話 ティオとレイン
「こっちよ!」
ティオは手に持った金槌を石畳に叩きながら叫んだ。甲高い金属音とティオの威勢のいい声が響き渡る。
すると門の前に群がっていたゾンビ達は頭を回しティオの方を向いた。呆然とティオを見つめるゾンビ達は目の前に新鮮な肉を見つけたことに気付き一斉にティオの方へ動き出した。
「ぐあおほおエエオヴォ!」
糸のもつれた操り人形のような動きでゾンビ達はティオに向かって襲い掛かる。既に腐り始めた肉体は所々腐食して紫色に変色し蛆が湧き始めている。ゾンビ達は一つの大きな塊となって門から離れティオの後を追いかけていく。
「そう! その調子!」
ティオはそう言いながら距離を保って後退していく。ゾンビは次々に門の前から姿を消し綺麗にいなくなった。
俺達はすかさず門の前へ駆け出していく。全員で門の扉を開けると町の外へ急いで脱出する。それはほんの数秒の間のことだったが、俺にはそれが永遠に思えるほど長く感じた。
「急げ! ティオが時間を稼いでいるうちに!」
俺達は門の外へ出た。後はティオが帰ってくるのを待つだけだ。
門の扉をいつでも閉められるよう少しだけ隙間を開けておき、ティオを待つ。しかしいつまで経ってもティオはやってこない。
「ティオはどうした!」
「まだなのか?」
「は、早くしないとゾンビが!」
大通りからはゾンビの大群がすぐそこまで迫っている。もうこれ以上は待てない。
「くそッ!」
俺は耐え切れず再び町の中へ入った。
「馬鹿野郎! 戻れ!」
ガトーが叫んだ。俺は振り返り叫ぶ。
「ティオを置いてはいけない!」
そう言って俺は走り出した。後ろからみんなの呼び止める声が聞こえたが構うものか。ティオなしでの脱出なんて俺には考えられない。
俺はすぐにゾンビの中へ突っ込むと手に持った斧で襲い掛かるゾンビを次々に斬り殺した。俺は血塗れになりながらゾンビの中をかき分けていく。
「ティオ! どこだ!」
俺は何度も叫んだ。喉が張り裂けそうになるくらい彼女の名前を呼んだ。
そしてついにゾンビの中から彼女の姿を見つけた。俺は彼女を取り囲んでいるゾンビの頭を真っ二つに叩き割ってやると、すぐにティオのそばに駆け寄った。
「大丈夫か!?」
「ええ! レインは!?」
「問題ない! 早いとこ逃げよう!」
ティオは頷くと、目の前のゾンビのこめかみに金槌をお見舞いした。俺達はひたすら目の前のゾンビを殺しながら全身に返り血を浴びて走った。
俺達は無我夢中で門の扉の方へ駆け込んだ。そのすぐ後をゾンビ達が追い駆けて来る。同じく、大通り一杯にゾンビ達が迫り来ていた。
だめだ、追い付かれる!
そう思った時、一本の矢が背後のゾンビの額を貫いた。見ると門の前でカルネがボウガンを構えている。カルネは次々にボウガンで迫りくるゾンビを射殺していった。
「早く外へ!」
見るとガトーやシャーリー、パウロまでもが門の前に飛び出し襲い掛かるゾンビを倒していた。
「早く!」
みんなに守られながらティオは門の外へと逃げ出した。
「みんなも早く外へ!」
ティオんp脱出を確認すると、俺はみんなも逃げるよう促した。カルネたちは最後のゾンビを倒し終えるとすぐに門の外へ滑り込んでいく。
よし……これでみんな脱出した。
最後に残った俺は門の扉を閉めると閂を掛けた。
それに気付いたティオが真っ先に声を上げる。
「待って! まだレインが残ってる!」
彼女の言う通り、俺はまだ町の中に残っていた。扉越しにガトーの声が聞こえる。
「違う。レインが自分で閉めやがったんだ!」
「な、なんで!」
ティオが扉を開けようと必死に門を叩いた。だが内側から閂を掛けられた門は開くことはない。ティオの悲しい声が響いてくる。
「レイン! そこにいるんでしょ! お願い開けて!」
「駄目だ」
「ど、どうして!」
「俺はもう外には出られない」
それを聞いてティオは全てを悟ったようだった。表情は見えないが、言葉を失っているのが分かる。
「そんな……いつ噛まれたの?」
「さっきだ」
「嘘だよ……嘘だって言って!」
ティオは何度も扉を叩いた。他のみんなも言葉を失っているようだった。
俺は自分の掌を見つめる。小指が噛み千切られ跡から痛々しく血が溢れている。
どうやら俺はここまでみたいだ。
扉越しにティオのすすり泣く声が聞こえる。それを聞いて俺の胸は締め付けられるようだった。
「悪いティオ」
何か気の利いたセリフでも思い浮かべばいいのに。俺には謝罪の言葉しか浮かばなかった。
「みんな、後の事は頼んだよ」
俺は扉の向こうのみんなに向かってそう言った。もうこれ以上は時間が残っていなかった。
「生き残ってくれ」
そう言い残し俺は振り返り門を背にして立った。目の前にはゾンビの大群が迫っている。最後に俺は『鑑定』と唱えた。対象は自分自身。
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レイン・フォール
スキル:鑑定
状態:ゾンビ
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間違いない。俺はゾンビに感染している。
俺は目の前のゾンビ達を見据えた。まるでスローモーションのようにゆっくりとゾンビ達が迫って来る。もうすぐで俺は喰われる。それはもう間違いない。
だけど不思議と恐怖心は消えていた。池に投げ込んだ石の波紋がやがて消えてなくなるように、先程までの激しい恐怖が今ではすっかり落ち着いていた。
そうか……そういうことだったのか。
俺はやっと全てを理解した。俺がなぜこのスキルを授かったのか。なぜ俺だけがゾンビを見分けられるのか。それは全てティオを助けるためにあったんだ。
特別だったのは俺じゃない。ティオだったんだ。
ティオならきっとこの地獄を生き延びる。それだけじゃなくこの地獄を終わらせることだってできるはずだ。
なぜなら彼女こそ選ばれし勇者なんだから。
俺は空を見上げた。いつもと変わらない青空が広がっている。もしどこかで神様が見下ろしているのだとしたら、俺の存在なんて虫けらのようなものなのだろうか。
神がいるとした祈りは届くのだろうか。ティオを……みんなを助けてくれと頼めば、少しは通じるのだろうか。
いや、神様が求めるのは犠牲だけだ。そこに見返りを求めてはいけない。司祭様が昔そう語っていた。
くそったれ。そんなに犠牲が欲しいなら、くれてやる。この俺の命を。あなたに救いも希望も求めたりしない。ただ、俺達の邪魔だけはしないでくれ。
俺は瞼を閉じ、そしてすべてを受け入れた。




