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第15話 真実と決別

 俺には目の前に突きつけられた事実が何を意味するのか理解することができなかった。いや、理解するのを無意識に拒んでいた。それはあまりに残酷で無慈悲で俺の心を押し潰した。


「ティオ……」


 俺はその傷跡と彼女の顔を交互に見ることしかできなかった。彼女の表情は悲しそうにも、戸惑っているようにも、申し訳なさそうにも見えた。


俺は言葉を失い何も言うことができずその瞳の奥を静かに見つめた。信じたくなかった。これは何かの間違いなのだと思いたかった。だが、いくら瞬きをしようと目の前の事実は消え去ってはくれなかった。


「ごめん……レイン」


 彼女は俯きながらそう呟いた。何に対する謝罪なのか、俺には分からなかった。


謝らなければいけないのは俺の方だった。俺は彼女に対して何もしてやることができない。俺は全くの無力だった。


俺が黙って彼女を抱きしめた。すると彼女の瞳から涙が零れ落ちた。ずっと我慢していたのだろう。一度流れた涙は箍が外れたように溢れ出てきて彼女の頬を濡らした。


「正直……ずっと言い出すのが怖かった……言ったら殺されるかもしれないから……私……卑怯者だよね……でも、最後にレインに会えてよかった……もう何も思い残すことない……どうせ死ぬなら……人間の内に……レインの手で……」


 彼女は声を震わせながら一つ一つ言葉を吐き出した。それは紛れもない彼女の本心だった。


「いつ噛まれた?」


 俺は絞り出すように訊ねた。彼女は俯きながら、思い出すように言う。


「レインと別れてすぐに……知らない男が襲い掛かってきて……」


 ということは噛まれたのは昨日のことだ。俺は慌てて彼女を『鑑定』した。





■■■■


ティオ・ローズ


スキル:大精霊の加護


状態:不安


■■■■





 『鑑定』の結果を見て俺は驚いた。彼女の状態はまだゾンビにはなっていない。


 これはつまり……どういうことだ?


 今までの例で言うとゾンビに噛まれた人間は数分から一時間の間にゾンビへと変わってしまう。パウロのように噛まれた直後に腕を切り落とさない限りは。


 しかし彼女は噛まれてからすでに一日が経過している。それなのに彼女にはゾンビへの兆候も見られない。


 俺のスキルが正しければ彼女はゾンビに感染していないことになる。


「ティオはゾンビに感染していない」


「え?」


 俺の言葉に彼女はキョトンとした表情で顔を上げた。


「ど、どういうこと?」


「俺のスキル『鑑定』は見た者のステータスが分かるのは知ってるだろ? ゾンビに感染した者はステータスの状態に“ゾンビ”と記されるんだ」


「ぞ、ぞんび?」


 聞き慣れない単語に彼女は目をパチパチさせる。俺は構わず説明を続けた。


「ああ。それがあの喰人鬼の名前らしい。とにかく、ゾンビに噛まれた者はゾンビへと状態が変わる。その期間は長くて一時間だ。だけどティオは一日以上経つのに未だステータスは正常なままだ」


「それって……」


「つまり……ティオはゾンビに感染しない体質らしい」


 ティオは驚き、そして戸惑った。俺の言葉が未だ飲み込めていない様子だった。俺だって彼女と一緒だ。自分でも、自分のスキルが正しいのか信じられない。だけどスキルが正しいとすれば、事実はそういうことだ。


「なんで……私だけ?」


「たぶん、ティオのスキルのおかげだと思う」


「私の……スキル?」


 そうとしか考えられなかった。


ティオのスキル『大精霊の加護』。それは全ての精霊に愛されるスキルだと、司祭様は言った。だとするなら、ゾンビに感染しないという特異体質も説明がつく。


「ティオの『大精霊の加護』が守ってるんだ。だからゾンビに噛まれても感染しない」


「私のスキルの……おかげ?」


「そうとしか考えられない」


 ティオはしばらく呆然としていた。そしてゆっくりと呟く。


「じゃあ私……まだ生きられるの?」


「ああ」


「まだレインと一緒にいられるの?」


 俺はドキッとして返答に困ってしまった。それでも照れながら「ああ」と返すと、やっと彼女の顔に笑顔が戻った。


「よかった!」


 今度はティオの方から俺を抱きしめてきた。慰めの抱擁ではなく、心からの歓喜の抱擁だった。俺は苦笑しながらもその背中に手を回した。


 嬉しいのは俺も同じだった。一時は言葉を失うほどショックを受けたが、ティオが感染していないことが分かってホッとした。


 これも『鑑定』スキルのおかげだった。初めは役立たずの凡スキルだと思っていたが、こいつのおかげでここまで生き残れたようなんものだ。


 そしてティオの潔白も明かにすることができた。


「やっぱりティオはすげーよ」


「私?」


「ああ。ティオなら本当に勇者になれるかもしれないな」


 お世辞でも何でもなく、本心だった。ティオが幼い頃口にした夢を俺は今思い出していた。


「私が勇者?」


「憶えてないのか? 小さい時、言ってただろ。レインを守る勇者になるって。あの時は馬鹿にしてたけど、本当にお前なら勇者にだってなれるかもな」


 ティオは俺の言葉を首を振った。


「私なんか……全然ダメだよ。さっきもすっかり弱気になってたし、レインがいなかったら私、ずっと自分が感染したって思い込んでた。私にとってはレインが勇者だよ」


 思わぬ返答に俺はたじろいでしまったが、なんとか苦笑いでごまかした。


「そういえばさっき……何かしようとしてなかった?」


 ティオは悪戯っぽい笑みを浮かべ俺の顔を覗き込む。俺はすっかり慌てて目を泳がせた。さっきは雰囲気でできたが、改めて言われるとても恥ずかしい。


「いや……さっきのはその……」


「続き、してくれる?」


 彼女の蠱惑的なお願いに、俺は頷かざるを得なかった。


「は、はい」


俺はおずおずと首を伸ばし顔を近づける。彼女はそれを受け入れた。





◇◇◇◇





 翌朝、俺達はこれからどうするかをみんなで話し合っていた。ここにずっといても問題が解決しないのは明白だった。食糧だってあっと言う間に尽きてしまう。ゾンビもいつ襲ってくるか分からない。


「この町を出るしかないのか……」


「でもどうやって出るの? 下は奴等がウヨウヨしているのよ」


「全員で戦えばなんとかなるかもしれない」


「無理だ。数が多すぎる」


「もうこの町で生き残っているのは私達だけなのよ!」


「第一、この町を出てどこへ行けばいいんだ?」


 みんなの間に沈黙が流れる。みんなこの町で生まれ、この町で育ってきた人間ばかりだ。今更、町を捨てて別の場所へ移り住むと言っても、行く当てなどありはしなかった。


「王都だ。王都に行けばいい」


 俺の声が沈黙を破った。みんなの視線が一斉に俺に集まる。


「王都だと?」


 町長が俺を睨んだ。俺は怯まずに続ける。


「王都ならここよりも情報も物資もたくさんあるはずだ。それに、王都には勇者がいる」


 勇者という言葉を聞いて、みんなの間に賛同の声が上がった。


「そうだ! 勇者様ならなんとかしてくれる!」


「勇者様は魔王を倒したんだ! 奴等だって勇者様には敵わないはずだ!」


「もしかしたら、もう解決策を編み出しているかも!」


「よし! 王都へ行こう!」


 続々と上がる賛同の声。だが町長だけはそれを快く思わなかった。


「待たんか! 王都はここからどれだけ距離があると思っている! それまでの道のりを安全に進める保証がどこにある! 第一、王都が安全だという前提が間違っておる! この奇病は人から人へ伝染するんだぞ! ならば人の多い場所は避けるべきだ! ましてや王都など最も人が集まる場所! 今は人里を離れ山奥で事態が収束するのを待つのが得策だ!」


 町長の言葉に頷く者も少なくなかった。ここにいる生存者は今、二つの意見に分かれていた。ここを出て王都を目指すか、山奥で事態が収まるのを待つのか……。


 どちらが正しいかは分からない。今できるのは自分が思う最善を尽くすのみだ。俺と町長は互いの目を見つめた。お互い譲る気はないらしい。


「分かりました。じゃあ王都を目指す人は俺に、山奥で隠れることを選ぶ人は町長について下さい」


 みんなは迷いながらも、それぞれが思う方へと移動していった。完全に二手に分かれるまでには時間がかかった。これが生死を分ける決断になるかもしれないのだ。慎重になるのも無理はない。


 俺の側についたのは、ガトー、パウロ、カルネ、そしてティオだった。


 残りは全員、町長の側へついていた。その中にはシャーリーの姿もあった。


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