7 ジャングルジム
俺はバネのように上半身を起こした。目覚めた眼で、うす暗い中を見廻す。間違いなく、ここは俺の部屋だ。はね起きたせいで、かけ布団がベッドから落ちていた。深呼吸を一つしながら、額をたれ始めた汗を右手でぬぐった。背中はすでに噴き出された汗で水をかぶったように濡れていることに気がついた。
「また、見てしまった」と頭をふっていた。少し前に、俺は夢の中にいたのだ。
一月前から、毎晩のように俺は夢を見るようになっていた。夢の中で、俺は子供になっていて、郷里にある公園にいた。その公園は大きな公園ではない。それでも、砂場、すべり台、それにジャングルジムがあった。公園に友だちが誰もいない時には、よくジャングルジムに登った。そこに登れば家々の間から広い通りが見える。広い通りの歩道には誰か彼か人が歩いているし、車道には40キロ以上のスピードを出して走る車が見えていた。それに立ちならんでいる街並みのビルも見えていたのだ。
夢の中で、俺がジャングルジムに登っていると、ジャングルジムの下にある鉄棒が消え始めたのだ。俺は追われるようにしてジャングルジムの上に登るしかなかった。ジャングルジムも俺が登れば、登るたびに大きな木の枝でもあったかのように上に鉄棒が組みだされ伸び続けていった。
やがて、ジャングルジムの最上段に白い服をきた少女が鉄棒に腰をおろしているのが見え出した。少女は時々白い顔を出して、下を見ている。俺があがってくるのを待っているのだ。もし、このまま登り続けたならば、あの少女に出会うことは間違いなかった。
俺は、あの少女を知っていた。それは、子供の頃のことだった。
父が郷里の旧家にいて、六十五歳になっていた。
その日、家の縁側に父が夕日を浴びて座っていた。俺は居間の方で腹這いになって、貸本屋から借りてきたマンガ本を読んでいた。裏口の門から庭を横切って少女がゆっくりと父の方に近づいてきていた。細かいことは気にかけない俺でも近所の子供らの顔は知っている。その顔の中に少女はいなかったのだ。
やがて、少女は、父の前にやってきて、父の手をつかんで引いていた。父は静かに立ちあがり、少女に引かれるままに、家から出て行った。俺は不思議なものを見たような気がしていたのだ。次の日、父が川に水死体となって浮かんでいるのが発見された。
だから、俺は夜になっても寝ないようにしなければならない。そして、少女と出会っても少女に手を引かれてはならない。
そんなことができるのか?
それを考えるたびに、俺の体から汗が噴き出していった。
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今夜は眠らないつもりでいた。だが、そんなことはできはしない。昼間は普通に勤めて働いている。昼間の疲れが出だして、ついに俺は眠ってしまっていた。
俺は夢の中に入っていた。ジャングルジムの最上段を前にして俺は登らずにためらっていると、足下のジャングルジムは消えだしていく。俺は慌てて、ジャングルジムを昇り出した。上をみると、少女がにこやかに笑い、俺に向かって手をだしてきた。手をあげさえすれば、少女は俺の手をつかんで引き上げてくれる。だが、それをさせてはいけない。俺は胸の中で叫んでいた。だが、足もとの鉄棒は俺をせつかせるように消えて行く。
「さあ、早く」少女は笑いながら、手を伸ばし俺の手をつかもうとした。俺は、すばやく、その手を払い、俺の方から少女の手首をつかんでやったのだ。「えっ」と少女は声をあげ、顔に驚きの表情が浮かんだ。俺は強く少女の手を引いた。すると、少女の体はジャングルジムから離れ、一瞬の間、空に浮かんだ。次に、「あぁ〜」という声をあげて、下に向かって落ちていった。
俺は下を見た。今まで消えて見えていなかったジャングルジムの下部が次から次へと見え出していく。ジャングルジムは高い塔になっていた。そして、黒い地面の上に少女が横たわっていた。やがて少女の体から赤い血が滲みだし、少女は赤い絨毯の上に寝ているようだった。
いつの間にか、少女のすべてが、大地に吸い込まれるように消えると、俺は眼を覚ましていた。母が毛布をかけてくれたのだろう。毛布を腹にかけて、居間に寝ていたのだった。夕日の光が入ってくる縁側を見ると父が背を見せて、庭に咲く向日葵をじっと見ていた。




