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2 Dマンション事件


 Dマンションの一階に住んでいる者はそれぞれの住戸についている庭が使える。もちろん、月1000円という使用料は管理組合に納めなければならないが、上の階に住んでいる人たちにはない特権だった。

 秋も深まり、冬が近づいていた。

 その日の午後。107号室に住んでいる片倉洋は、ベランダから外にでると、毎年やっていることだが、つつじなどの低木に縄をかけだしていた。

 そんな時に、ドンと鈍い音がした。片倉は額に皺をよせ、耳をそばだてた。もう音はしなくなっていたが、マンションの東側から音が聞こえてきたのだ。片倉は落としていた腰をあげると、白い柵のゲートをくぐり庭の外にでた。細い路地がマンションをかこんでいる。その路地を急ぎ足で歩き駐車場に面した庭にいった。

 その庭は、マンション共通管理となっていて、桜やモミジなどの高い木や低い灌木も植えられていた。管理人の中村次郎の背が見えた。彼も冬支度をしていたのだろう。灌木のいくつかは、すでに紐がかけられている。管理人は顔をさげて、草地に倒れている者を見つめていた。

「どうかしたんですか?」

「いや、わかりません。部屋から飛び出してきたんです?」

 そう言った管理人は軍手をした手をあげて、マンションの上の4階を指さした。片倉も顔をあげ、管理人がさした場所を見た。その部屋は窓が開いていて、風があるせいかカーテンがなびいていた。

 荒い息が聞こえ出した。このマンションの理事長、横川浩介がかけつけてきたのだ。理事長も、二人が見つめている者の方に顔を向けた。

「山本さんじゃないか!一体、どうしたんだね?」

「理由がわかりませんが、部屋から落ちてきたんですよ」と、管理人が答えていた。

「山本さんって、413号室の山本早苗さんかね」

 そう言って話に入り込んでいきたのは角川信一郎だった。角川はこのマンションで5住戸の部屋を持っている。その1戸に自分が住み、他の4戸を人に貸しているのだ。角川は金回りがいいせいか、百万円はくだらない高級な時計を手にはめ、着ている物はいつもブランド品だ。  

 その角川は、スマホを胸ポケットからだすと、警察に電話をしていた。

 やがて、サイレンが聞こえ出し、パトカーがやってきて、二人の警察官がおりてきた。

「やってきたのは初動捜査にあたる機捜(機動捜査隊)だね」と、片倉は思わずつぶやいていた。

「さすが、推理作家さんだね」と、理事長は関心をしている。

「いや、常識ですよ」と、片倉は謙遜とも言えないことを言っていた。

 たしかに、片倉は推理小説を書いている作家だった。だが、新人賞に応募していたが、佳作どまりで日の目を見ることがいないでいたのだ。そのおかげで、妻にも逃げられ、一人暮らしをしていた。

 警察官たちは、倒れている山本の遺体をしらべ、マンションの中に入り、遺体が住んでいた413号室も調べていた。片倉は小説を作るための材料になるかもしれないと思い、その場でたむろしていた。

 やがて、警官たちは、マンションの中から出てきて、駐車場の脇に集まっていた人たちに説明をし出した。

「部屋には鍵がかかっていて、外から誰かが入ったとは思えませんな。遺体からアルコールの匂いもしている。これは、深酒をして窓から落ちた事故か、住民の方から聞いたところでは、失恋をしていた話もある。それならば自殺でしょう」

 そう言って、警官たちは帰っていった。

 去っていくパトカーを見ている片倉は声をあげた。

「違う。そんなはずは、ないんだ」

「ほう、じゃ。矢倉さんはどう思っているんですか?」と、角川がひやかすように聞いていた。角川も矢倉が推理小説を書いていることを知っていたのだ。

「これは、殺人です」

「ほう、それならば、犯人は誰ですか?」

「犯人はわかりましたよ。ともかく、この場にいる人たちを集めてください」

 片倉の申し出を、理事長が遮ること言い出した。

「待ってください。この場にいるのは私と管理人、それに角川さんだけですよ。まずは、理事たちを集めて、山本さんの葬儀の準備をしなければならない」

 片倉は思わず、額に縦皺を寄せていた。

「じゃ、明日では、どうです。午前10時に集会室にお集りにいただく」

 そう言った理事長は、片倉に向かって片手をあげた。


      ◆    ◆    ◆    ◆    ◆    ◆    ◆    ◆

  集会室とは、マンションの住民が集まって総会などを開くための会議室だ。その会議室はマンションの住戸から離れていて、管理人室の傍に作られていた。

 集会室に入った片倉は、顔をあげて皿のように丸い壁時計を見た。

 時計の針は、午前10時をさしている。いつもは置かれている椅子やテーブルはたたんで壁際に寄せられ、4人分の椅子だけが部屋の真ん中に置かれていた。だが誰もいない。

 椅子の一つに片倉がすわり、待ち続けていると、管理人、角川、最後に理事長が入ってきた。

「片倉さん。みなさん、お忙しいんだよ。言いたいことあるならば、早くすませてください」

「わかりました。この中に山本さんを殺した犯人がいます」

「誰のことかね?」

「管理人さんです」

 管理人の顔色が変わった。

「片倉さん、何をいっているんです。片倉さんが来られた時に、私は一階、いえ駐車場前の庭にいたんですよ。どうやって、4階から山本さんを落とすことができるんです?」

「管理人さん。私がそばに行ったときに、たくさんの紐が置かれていた。去年はワラ縄だったと記憶しています。だが、その紐はロープだった。ロープならば、人をしばり、引っぱって窓から落とすことができる」

「何を言っているんです。そんなことは考えたこともない」

「冬囲いをするためにしては、ロープの量が多かった。それにあの時、管理人は手にナイフを持っていましね。私が管理人の所に行く前に、それで、山本さんの体に結んでいたロープをすばやく切っていた。違いますか?」

「それは、片倉さんの妄想だろう」

「管理人は、合いカギを持っていますね。それで、山本さんの部屋から出る時に、鍵をかけて出てきた。それで、外から人がきたとは思えなくできる。部屋から出てくる前に、山本さんに酒をのませ、ロープでしばりあげ、窓から下まで、ロープを垂らして置いてあった」

「なんで、そんなことを私がするんだ。マンションの中を動き回れば、監視カメラに私の姿がうつってしまう」

「殺したい動機は私にもわかりませんよ。マンションの階段やエレベーターの中にいれば、確かに映像が残ってしまうでしょう。しかし、外付けの非常階段は別です。カメラはない。もちろん、普通の人は外側から、中に入るドアを開けることはできない。しかし、管理人さんは別ですね。中に入れるマスターキーを持っている」

「片倉さん、妄想が激しすぎますね」

「妄想じゃないよ。山本さんが部屋から落とされるかなり前に、管理人さんが非常階段をあがっていき、4階に入り込んでいったのを、私は見ているんですがね」

 管理人の顔は暗くなり、額に脂汗が浮かんでいた。

「もう、終わりですね」

 そう言った管理人は立ちあがり、集会室の出入口ドアの所にいき、鍵をかけたのだ。そして、片倉に向かって走り出した。管理人は小脇にナイフを握っていた。片倉はよける間もなく、腹深くナイフは突き刺さっていた。

「馬鹿な」

 片倉は音をたてて床に倒れていった。

「早く、救急車! 救急車!」

 管理人は倒れたままで叫ぶ片倉からナイフをぬき、そのナイフを理事長にむけた。

「管理人、やめなさい。このことは黙っている。他の人には絶対に言わないから」

「そうだよ。マンション内で管理人が人殺しをしたなんて話があったら、誰もこのマンションに入らなくなる。マンションの資産価値もがた落ちになるよ」

 理事長のそばで角川が声を大きくしていた。

「じゃ」と言って、管理人はナイフをさげた。三人は顔を見合わせ、頷きあっている。

「死体はどうしますか?」と、角川は理事長に聞いていた。

「そうだね。一度、電源室に入れといて、夜になったら車で運んで山の中にすてよう」

 三人が近づいてくる。片倉は彼らから逃れなければと思い、手足に力を入れようとしたが動かすことはできない。彼らの手が片倉の体に触られると同時に、片倉の意識は闇の中に落ちていった。




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