軽井沢別荘殺人事件
田村雅之は、軽井沢に別荘を持っていた。四菱総合商事で社長をしていた時には、年に数回しか別荘にこられなかった。だが、会長になってからは仕事を社長たちに任し別荘に住み出していた。そんな生活を始めたのは、人とあうことに飽き、いや嫌気がさしていたからだ。それに、いろいろな会社の株を持っていたので、その配当だけで暮せる経済力を田村は持っていたのだ。
自然の中に身を置きたくて、田村は別荘の空いている所すべてを花壇にして花を植えていった。花壇には、黄色いバラを始め、たくさんの花が植えられていた。それに飽き足らず、ベランダの中にも、たくさんの鉢に入れた植物をおいていた。さらに陽が入る居間にも小鉢に入れた植物がテーブルの上に飾られていたのだ。
その日の昼下がり。田村のいる別荘から、悲鳴が聞こえてきた。その声を聞きつけた隣の別荘に住む加藤瑞枝は、すぐに警察に連絡をしたのだった。加藤は夏の間しか別荘を使わない。今年の夏も加藤は娘の静香と娘と同じ大学を通っている山尾悠子と一緒に避暑のためにここで時間を過ごしていたのだった。
間もなく、警察官がパトカーでやってきて、田村の別荘を訪れた。玄関チャイムを押しても誰も出てこないので、錠前屋を呼んで、ドア錠を開けさせて別荘の中に入った。
警察官が居間に行くと、別荘の持ち主である田村がテーブルの脇に倒れて死んでいたのだ。
遺体のそばには、鯖缶ほどの小さな鉢がテーブルから落ちたのだろう。壊れてちらばり、中に入っていた植物はすでに枯れ出していた。テーブルの上を見ると、小さなバケツぐらいの鉢がのせられていた。
遺体はすぐに、監察医の元に運ばれ、遺体解剖の検査が行われた。その結果は、突然の心停止で死んだことが明らかになった。そこで監察医は不慮の事故死だとの判断をした。
そんな時に、田村と別れた二人目の妻の子、裕一が田村の遺産欲しさに、中国にいる殺し屋に田村の殺害を依頼したという情報が入ってきたのだ。すると、田村が殺された可能性も否定できなくなってきた。
そこで、警察官はもう一度、聞き込みを行った。すると、花作りの手助けをしていた庭師から、一日に一度、家の中を掃除しに来ていた家政婦がいたことを知ることができた。警察官があいに行くと、家政婦は、田村の別荘で悲鳴が聞こえた時、近くにある農家の人とあっていたと言うのだった。すぐに警察官は農家の人の所にいき話を聞くと、家政婦が言っていたことに嘘はなかった。また田村の死亡時には、庭師は他の別荘の庭の手入れをしていたことも明らかになった。
この事件に犯人はいるのか、または殺したとすれば、どうやって殺したのだろうか?
このままでは、監察医の解剖結果のとおり、田村は不慮の事故死とするしかないことになる。だが、少し前から、山尾悠子が、田村の別荘の辺りをうろつき出していた。すぐにかけつけた警察官は、山尾悠子を見つけると、すぐにそばにやってきた。
「あんたは、何をしているんだ?」
「私、大学で謎解き同好会に所属しているんです」
「だから、どうだっていうんだい?」
「私、田村殺しの犯人わかってしまいましたわ」
「えっ、ほんとうか!」と警察官は目を大きくしていた。
「犯人は庭師ですわ」
「庭師は田村が殺された時には現場にはいなかったのだぞ。どうやって殺したというんだ」
◆◆◆◆
山尾悠子は、とうとうと警察官に向かって説明し出した。
「あなたは、マンダラゲという植物をごぞんじですか。マンダラゲを植えられている地面から引き抜くと、マンダラゲは金切り声を発し、その声を傍で聞いていた人は、発狂するか、死んでしまうものなのですよ。庭師はマンダラゲを鯖缶の大きさの鉢に入れて、田村に渡している。マンダラゲを気に入った田村は水をやり、大きくしていった。やがて鯖缶にあふれるほど大きく育ったマンダラゲを見た田村は一回り大きな鉢に移し替えようと考えたのです。もちろん、それをするだろうと庭師は見抜いて、鯖缶の大きさの鉢に入れたマンダラゲを田村に渡していた。田村は一回り大きな鉢を用意して、植え替えるために鯖缶の大きさの鉢からマンダラゲを引き抜いた。すると、マンダラゲは悲鳴をあげた。その声を傍で聞いた田村は、年寄りですよ。すぐに心臓を止めて死んでいったのです」
そこまで話をした山尾悠子は警察官を見つめた。
「もうお分かりですね。犯人は庭師で、殺害方法はマンダラゲの使用だったのですよ」
警察官は、すぐに花の匂いが漂っている田村の別荘から飛び出していった。その後、人材派遣会社に調べに行ったのだが、わかったことは庭師が半年前から田村の別荘に来て働き出していたことだけだった。もちろん、いまも庭師は行方不明のままだ。