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1 超高層ビル時代

                         

 俺が住んでいるマンションの階は23階だ。

 この高さでも、ちゃんとベランダがある。ガラスばりだから、雨が降っても、風が吹いても、気楽に外をながめていられる。ベランダに丸テーブルと肘掛け椅子を持ち出して、俺はそこに座っている。 

 ここから周りを見回すと、まるで高さの違う鉛筆が地面からはえているように高層ビルが建ち並んでいる。それも昔と比べれば、考えられないくらい高いビルだ。

 そう、現代は超高層ビル時代と言っていいだろう。

 

 丸いテーブルの上には、すぐ使えるようにオペラグラスと携帯、それにカメラが置かれている。

 どうして、俺がベランダにい続けるかって、あんた分かるかい?

 これが俺の仕事だからだ。

 俺はオペラグラスを手に取ると、近頃はセイントビルの14階、1405号室の窓を覗き続けている。

 その部屋には若い女が住んでいる。髪は明るい色の茶髪に染め、胸もかなり出ている。俗にいう。いい女であることに間違いはなかった。時々、頭がはげ腹がでた男がやってくる。そんな時、女がすぐに窓にカーテンを引いていた。だが、最近は違う。油断をしているのだ。だから、窓から見えるところで二人は抱き合ってしまう。

 つまり、女は男の愛人だった。部屋が分れば、誰が借りているか、ネットや興信所を使って、簡単に調べることができる。

 女の名前は、水島富江。前はホステスをしていた。だが今は何もしていない。ここに来る男、松本電気会社社長の田島文雄に囲われているからだ。

 

 この日も思ったように、午後3時に田島がやってきた。いつものように俺の見ている前で二人は抱きあい、それが終わると富江に手を引かれて田島は寝室に入っていった。寝室に入れば、少なくとも2時間は田島が出てくることはない。

 俺は携帯を取り上げて、電話をかけた。

「静子さんかい。前に電話をした男だよ」

 静子は田島の妻だった。不安気に声をあげる静子に俺は笑い声をたてていた。

「信じないのかい。セイントビルの14階、1405号室に水島富江という若い女を囲っているよ。今お楽しみのところかな。その映像を送るよ」

 しばらくして、静子の悲鳴にも似た声が聞こえてきた。前に富江と田島が抱きあっているところの映像を撮っていたので、それを静子の携帯に送りつけたからだ。もちろん、今俺が使っている携帯は、落ちていた物を拾ったもので、俺の物じゃない。つまり、持ち主を調べても、俺にたどりつくことはない。


 俺は鼻歌を歌い、一度リビングに戻った。そこで冷蔵庫から缶ビールを出してベランダに持っていき、ビールを飲み出した。同時に、右手でオペラグラスを眼にあて続けた。

 しばらくすると、ガウンを羽織った富江が寝室から出てきて、玄関ドアを開けた。すると、岡持ちを手にさげ、頭にタオルを巻いた男が入ってきた。そうなのだ。田島が来た時は、いつも寿司の出前を取っていた。だが、男は岡持ちを投げ捨て床に寿司をばら撒き、タオルを取った。頭に長い髪が現れた。男ではなかった。田島の妻、静子だったのだ。もちろん、部屋に入るための手筈を教えていたのは俺だ。

 静子はスラックスのポケットからナイフを取り出した。それを振り上げ静子は富江に襲いかかった。すぐに田島が二人の間に入り、静子からナイフを取り上げようとしたが、静子はナイフを手から離そうとしない。田島は静子ともみ合いになり、取り上げたナイフで静子の胸を刺していた。糸を切られたマリオネットのように静子は崩れ床に落ちていった。それを見下ろす田島と富江は、青ざめた顔をこわばらせて立ち続けている。

 俺は携帯をプッシュして、田島に電話をかけた。田島はあわてて携帯を手に取ると、それを耳にあてた。

「はい、どちらさん?」

「田島さんかい?」

「はい、そうですが?」

「とうとう奥さん殺してしまったね。隠すことなんかできないよ。ちゃんと見ていたんだから」

 田島は携帯を耳にあてたまま窓に顔を近づけると、外を何度も見回していた。いくら見回しても、俺の部屋など見つけることなどできはしない。

 俺は笑いながら、「まずは100万円でいいよ」と言ってから、振り込んで欲しい銀行の口座番号を告げた。もちろん、その銀行の口座はホームレスに金をやって作らせたものだ。金を引き出すのも、別のホームレスを使ってカードで降ろさせるつもりでいる。

 もう、分かっただろう。

 これが俺の仕事だ。

 体を動かすことなく、稼ぐことができるのさ。おかげで、下っ腹が前よりもさらに膨らみ出していた。


  ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆


 持ってきた缶ビールを空にしたので、もう一本缶ビールを冷蔵庫から出してきて、それも空にした頃だった。

 出入口のチャイムがなった。

 誰だろうか?

 チャイムを鳴らす者と言ったら、ピザの配達人ぐらいしか思いあたらない。俺はドアスコープからドアの前にいる者の顔を見た。帽子をかぶっていて、それは小荷物の配達員のようにしか見えなかった。俺はドアを開けた。

「何か、買ったかな?」

 帽子をかぶった男は、ドアを押さえている俺の手をつかみ、ドアを壊すかのように体を割り込ませて、部屋の中に入ってきた。

「あんた、何をするんだ?」と、俺は声をあげた。

 男は、すぐに小走りでベランダにいき、携帯やオペラグラスを見つけると声をあげた。

「やっぱり、あんた、だったんだな!」

 そう言って、男は帽子を脱ぎ捨てた。男の頭ははげていたのだ。

「田島! 田島が、どうして、ここにいるんだ?」

 田島は胸ポケットからナイフを取り出していた。

「殺してやる。生かして置いたら、これからも金をむしり取られるだけだからな!」

 そう言って、田島はナイフを突き出し俺の胸や腹をねらってきた。俺は殺されるきはない。手に傷を負いながらもナイフを取り上げ、反対に田島の膨らんだ腹を刺してしまっていた。

 

 俺は、荒い息を何度も吐き続けていた。

 運動不足のせいだ。

 

 そんな時に携帯がなった。

 ベランダへ出て、テーブルから携帯を取り上げ、耳にあてた。すぐに笑い声が聞こえてきた。笑い声が終わると、男が話し始めた。

「とうとう田島さんをやってしまったね。いろいろヤバイことをしているんだろう。とりあえず3百万円だね」

「あんたは誰だ?」

 そう言った俺は、携帯を耳にあてたままで、立ち並ぶ高層ビルを見回していた。


 





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