4 褒められて貴族になった
「はぁ、はぁ……なるほど、すっぱいとは聞いていたが、本当だったな……」
ライカさんは梅干しによって疲れ果てていた。
「本当は梅干しって疲労回復アイテムのはずなんだけどな……」
戦国時代の武士って梅干しを持っていってたぐらいだし。
「別に悪いとは思ってないぞ。食べ物というのは食べてみないとわからんしな。良薬ほど口に苦いと言うし、そういうことなのだろう……」
この人、けっこう異文化を受け入れるのに全力になってるな。
そういう姿勢、嫌いじゃないぞ。
なお、リューナは、
「梅干し漬けるの忙しいから、案内よろしく」
と言っていた。基本、食事系優先らしい。
なので、俺一人のライカさんの案内が続く。
「はい、気をとりなおして、ここがお風呂です」
「なるほど。風呂まで備えているのか。やはり領主階級が住むようなところなのだな」
「領主は言いすぎだけど、意外と正解に近いのかな」
大昔の寺は領主みたいなものだしな。
多分、戦前まではこの寺もけっこう土地を持ってた可能性はある。
閑話休題。
次は住職だった親父が使ってた部屋。
「まあ、事務的な仕事をしてた部屋ですね。俺の国のトラディショナル・スタイルで椅子がなくて、直接床に座って、低い机で作業をします」
「ふむふむ、興味深い。おっ、これは何だ?」
ああ、それは預かってるご朱印帳だな。
俺の寺はいわゆる観光寺院ではないのだが、朱印の依頼自体はあるので、その場合はこの仕事部屋で親父が書いていたのだ。
どうでもいいけど、最近、若い女子でご朱印巡りする人、増えたらしいな。
ぱらぱらとご朱印帳をめくるライカさん。
――と、ライカさんの尻尾がぴんと立った。
「これはすごい!!!!!!!!!!!!」
「え、そうですか? たしかに模様みたいできれいですけど……」
想像の20倍ぐらい褒められたぞ……。
「これは明らかになんらかの魔法の陣形を書き留めたものだろう!?」
「さ、さあ、どうなんですかね……」
「騎士の私にもわかるぞ。かなり高級な紙に丁重に筆写されているし。まったく違う魔法文明だ!」
ご朱印帳もこんなに絶賛されて本望だろう。
「しかも! 赤と黒の二色で描かれている! 私の国でも魔法陣を使うタイプの魔法も古来はあったらしいが、二色に色分けするものは類例がないはずだ! 歴史的な大発見だ!!!!!!!!!!」
オーバーすぎる!
「あの、そんなに感動してるなら、あげますよ」
厳密には俺のじゃないけど、どうせ持ち主に返却する手段もないし、いいだろう。
あと、ご朱印帳はまだ何冊もある。
「なっ!!!!!!!!!! こんな重要な魔道書を代価なく渡すだと!?」
本当にあらゆることに驚かれるな!
「ケイイチ殿、それは王が城を譲ると言っているようなものだぞ!?」
「いや……そこまでの価値は感じてないのでいいです……」
「わかった……。これは我が国の魔法学校に送って、研究させてもらおう」
本当に大げさなことになったな……。
「ケイイチ殿、貴公は間違いなく諸侯に列することだろう。私からも推薦させていただく!」
「いや、諸侯って、伯爵とか侯爵みたいなやつでしょ? そんな身分までいらないですよ!」
「なんと謙虚なんだ! 貴公の事跡を書き記すように、王国の歴史書編纂委員たちにも言っておかねば……」
くそ! 何を言っても、俺の株が上がってしまう!
こんな、どうでもいいところで上げたくはないぞ!
「じゃあ、次の部屋に行きますね」
「そうだったな。悪い、魔道書を手にして興奮してしまった」
自覚あったのか……。
「次の部屋は渡り廊下の先です」
「まあ、この魔道書より驚くものはさすがにもうないだろう」
俺もご朱印帳でこんなに驚かれる人に会った経験はない。
さて、渡り廊下を抜けると、いわゆる本堂のエリアに入る。
一般参詣客が座ってお参りする外陣エリアと、僧侶などが読経をしたり、仏像が安置している内陣エリアに分かれている。
まあ、今はそんなの関係なしに両方入って問題ないけど。
「はい、ここがこの施設で一番重要な空間です」
「ほう……なるほど、礼拝空間か――――あっ……」
――バタッ。
なぜかライカさんがその場に膝をついて倒れていた。
「どうしました? 貧血ですか?」
「そ、その神像のおおいなる力に圧倒されたのだ……」
ライカさんの目は本尊の大日如来に注がれている。
「魔法にたいして素養のない私でも感じ取れるぞ……。恐ろしいほどの魔力がこの神像には宿っている……。しかも、禍々しさはまったくない……」
まあ、本尊が禍々しかったら困るからな。
本尊が不動明王でなくてよかった。
多分、邪神像だと思われる。
「ええとですね、その像に対して、こうやって手を合わせて礼拝するのが、俺の国のスタイルです。呪文みたいなのもあるんですけど、それは今は省略します」
俺がやっているのを見よう見まねでやってみるライカさん。
といっても、本当に手を合わせるだけだから、誰でもすぐできる。
そして、拝んでみるライカさん。
「あぁ……心が浄化されていく……。よかった、今日はここに来てよかった……」
ライカさんが賢者の顔になっている!
やがて、ライカさんは目を開けて、仏像に一礼した。
「そうか、ここは異国の神殿だったのだな……」
「基本的にはそうです」
宗教空間ということは事実だ。
「わかった。異国の神殿であると王国には報告しておく。もちろん宗教行為をここでしてもらってかまわないし、必要なものがあれば王国からも援助しよう」
「まあ、今のところは必要ないと思います」
あとでリューナに聞いてみよう。
「それと……また王国の民がこの神像を礼拝に来てもよろしいだろうか?」
「え? あ、はい、問題ないですけど」
「ここで座っていると、本当に心が安らぐのだ。さすがに国教にするわけにはいかないが、この教えはきっと有意義なものだろう。王国にも伝えたい」
なんか、ワンチャン布教できそうだぞ……。
◇
ライカさんが感動して帰っていった二日後。
国から正式に使いの人がやってきた。
「ケイイチ殿、リューナ殿、お二人を幸福寺伯に任じます」
「あ、ありがとうございます……」
こうして俺たちは伯爵になりました。
次回は夕方ごろに更新予定です!