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15 死にたいと言ってる人

 また、幸福寺でのお悩み相談室は再開された。


 悩みを聞いてあげるだけなので、意欲があれば誰でもできる。

 サロメも親身になって話を聞いてあげているようだ。


 しかし、ごくごく稀にものすごく難しい相談が来る。


 それが俺のところに来た。


 かなり疲れた表情の中年男性だ。


 まあ、疲れてる人が来ること自体は当たり前なのだけど――

 直感的にこの人、話がとくに重いぞと感じた。


 こういう直感めいたものははっきり言ってよく当たる。


「はい、いったいどういうご相談でしょうか?」


「実は、事業に失敗しまして……」


 日本でもありそうな相談内容だなと思った。


「なるほど、それは大変でしたね」


「それで……、もう死のうかなと思ってるんです……」


 本気で重い!


「いえ、死ぬのはやりすぎですって! ダメですって!」


「けど、借金のカタに家も失いまして……妻と子供は母方の実家に出ていってしまい……もう生きる理由もなくなりました……」


「と、とにかく死んじゃダメですよ!」


「なんで死んではいけないんですか? どうせ、これ以上生きている意味なんてないじゃないですか!」


 食い気味に言われた。


 どうしよう……。

 間違いないのは俺の手に余るってことだ。


 こういう時は素直に人の手に頼る。

 リューナ、どうにかしてくれ!


「ちょっと、ここでお待ちください!」


 俺は相談中のリューナのところに駆け込んだ。

「どうしたの? 対応しきれない人が来た?」

「死にたいって言ってる人がいるんだけど……」


「そっか。じゃあ、私があとで行くからお茶でも出してリラックスさせてあげておいて」


 そのあと、昼休みの休憩時間を使って、その人ともう一度面談することになった。


 今度はリューナもついていてくれる。


「では、悩みを聞かせてもらえませんか?」


 相手は生きている意味がもうなくなったということを強く語った。


 その間、リューナは何度もうなずいていた。


 うなずくというのは大事だとそういえば、聞かされたな。

 そっちの話を聞いてますよアピールになるかららしい。


「うん、うん。つまり、もう自分の人生なんてどうなってもいいって思ってる、それであってる?」


「そうですね。どうせ死ぬと考えればそうかもしれないですね……」


「じゃあさ、私が課すプログラムを試してみてくれる?」


「プログラム?」


「そう。なかなかハードだけど、どうせ死ぬつもりだったら、苦しかろうとどうだろうと同じでしょ? じゃあ、その人生、私に預けてみてよ」


 なんか、かなり変わったことをやろうとしてるな。

 俺も今後の参考にしようと、真剣に横で聞いていた。


「わかりました。じゃあ、あなたに従ってみます」


「じゃあ、具体的なプログラムは明日渡すけど、今日のところはそうね~。この寺の後ろに山が続いてるわよね」


 山の中腹にこの寺は転移しているので、その後ろにも山は続いている。

 ちなみに侯爵領ということになっているから、今では俺たちの土地だ。開発も何もしてないけど。


「はい。ケルハ山ですね」


「その山を3周してきて」


「え、3周?」


「片道一時間もあれば山頂まで行ける程度の距離でしょ。じゃあ、3周はできるわ。はい、やってね。終わったらまたこのお寺に戻ってきて。ごはんと寝るところは用意してあげるから」


 こうしてその男性は山を登らされることになって、すぐに出ていった。


「ひとまずはこれでいいかな」

「なあ、リューナ、こんなのでいいのか?」


 根本的な解決にはなってないような……。


「多分どうにかなるわ。あくまで多分だけど。あの人が本気で死ぬ気だったらさるぐつわでもしないと止められないけど、そこまでする権利はないでしょ」


「けっこう、他人事だな……」


「おそらくなんとかなるわ。まず、死にたいと言ってきてる時点で、実際に行動に出る可能性はそんなに高くない。あれは止めてもらいたいから来てるのよ。どうしようもなく追いこまれてる人はここまで来る前に死ぬわ」


「それは、まあ、そうだけど、あの人も追いこまれてるだろ」


「ええ。だから、体を動かさせることにしたの。運動でふさいでる心が晴れるケースもあるからね」


 まあ、それもわからなくもない。


「とはいえ、こういうのは絶対というものがないから、死ぬ時は死ぬわよ。私は鎮守としての経験則から妥当な方法を選ぶだけ」


 割と乱暴だなと思ったけど、とにかくリューナを信じてみようか。


 その日の夜。

 男性はくたくたになって、帰ってきた。


「もう、ダメだ……。足が笑って、死にそうだ……」


 そりゃ、3周だもんな。気持ちもわかる。


「はい、じゃあ、あなたの部屋はあっちね。ごはんも出すから待ってて」


 そう言ったリューナが用意していたのは穀物粥だった。


「これ、栄養はありそうだけど、量が足りないんじゃ……」


「これで正解なの」

 

 男性は文句を言っていたみたいだが、「じゃあ死ねば?」と言われて、しょうがなく食べたらしい。


「明日は5周走らせるわ。まあ、無理ってほどの距離じゃないから行けるでしょ」


「マジかよ……」


 そして一週間後。


「おはようございます、圭一さん」

 その男の人は迷いが吹っ切れたようないい顔をしていた。


「山を何度も歩いているうちに、小さなことでくよくよしている自分が情けなくなりました。昔の自分を殺して、これからは新しい自分になって生きてみたいと思います」


「そ、そうですか……」


「まずは王国をぐるっと一周の旅に出てみようと思います。お金はありませんが、まあ、どうにかなるでしょう」


 そして、その人は旅立っていった。


「うん、上手くいったみたいね」


 リューナがドヤ顔していた。


「山岳修行のまねごとをやらせてみたの。そのうちに何か悟りみたいなものを得たみたいだから、もう大丈夫でしょう」


 これは解決というのかという気もするが、まあ、本人が幸せなようだからいいのだろう。


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