正体
第一章 正体
「あれ、なんでお前が!?」
…………うっ。
「はやく、助けないと・・・・まったく、こういうときに持ってきてよかったぜ」
何か……誰かの声が聞こえる。
「あ……穴が開いてるな……替えの服で、大丈夫だよな?」
これは……男の人?
「………死ぬなよ、美希」
え? なんで、私の名前を? ……うっ、また……眠くなって……き、た。
「………うっ」
「あ、ようやく起きたか」
「……え!?」
私が目を覚ますと、一人のフードをかぶった男性がいた。
よく目が霞んで見えないが、思い出してみると、渦の中に入っていたあのフードの人だった。
「あ、あなた、一体……?」
私が、そう尋ねると、その男性はあきれたような口調でこう言った。
「はあ~~~俺のこと、忘れたのか? 美希」
「え? ……あっ!!」
男性はフードを取った。
そして、その正体は、意外な人物だった。
「……さ、坂兄!?」
そう、あのフードの男は私の姉の婚約者で、私より2歳年上の坂田輝光お兄ちゃんだった。
「ふう~~、ようやく思い出したか?」
「うん……っていうか、なんで坂兄が?」
「ああ……それはな、お前の姉、つまり俺の嫁を探しにこの世界に来たんだ」
その坂兄の言葉には、違和感があった。
なぜなら、お姉ちゃんは、エベレスト山へ登山をしに行っているからだ。
「え? お姉ちゃんはエベレストに……」
「いいや」
「え?」
「お前の姉である恵梨は、行方不明なんだ」
その言葉に、私はビックリした。
「ええ!? お、お姉ちゃんが……?」
「ああ」
「そ、そんな……」
しかし、落ち込んでいるとひとつ疑問が残る。
「……え、坂兄」
「どうした?」
「行方不明なら、なんでこの世界にいるって分かったの? そもそも、この世界のこと知ってるの?」
「まあ……いろいろと……な」
「え?」
どうやらこれ以上は聞かないでくれという合図だろうか。
「ま、まあいいけど」
そして、チラッとさっき私が突き刺さったところを見ようとすると、驚くべきことが発覚した。
「あれ? 私の・・服は?」
そう、いつのまにか、私は坂兄のような格好になっていた。
しかもご丁寧に左腰にちゃんと剣がしまってある。
「ああ、あれは氷柱のせいで破けちゃったから、替わりに俺の予備の服をな…………まっ、フードはついてるけどな」
「あ、そうなんだ……って、まさかだけど、脱がしたのって制服だけよね!」
私は坂兄をにらみつけて言うと、少しギクッとした。
「そ、そんなわけないだろ!」
「ふ~~ん」
怪しい……でも、まっ別にいいか……あ、そういえば!
「ねえ、坂兄」
「? 何だ」
「あの坂兄の妹の……美粉ちゃん?だっけ」
「うん? ああ、美粉がどうした?」
「美粉ちゃんは、どうしたの?」
「……へっ?」
「だから、美粉ちゃんを一人にして来たわけじゃあないわよね?」
私は、美粉ちゃんが心配でこの質問をしているのだが、坂兄がこの反応だと……。
「まさか、置いていったんじゃあ、ない……よね?」
「ま、まさか! ……あれ?」
「? どうしたの?」
「見てないのか? 俺と美粉がいるとこ」
「え!?」
私は当然、驚いた。
それはそうだろう、だって、私と美時が見たときには、坂兄しか見れなかったのだ。
「う、うそ……だってあの時! ……って、なんで私たちが坂兄を見たこと知ってるの?」
「ああ、それはな、渦に入る瞬間に、美粉が教えてくれたんだ。しかし、来るとは思わなかったけどな」
「そ、そうなんだ……」
「……あっ、そう言えば!」
「え、どうしたの?」
「お前に会ったとき、美時がいなかったんだが、やはり、危険だと思って一人できたのか?」
「え……っ?」
その時、私は思い出した。
美時との約束を。
「み、美時……っ!」
私は反射的に走り出した。
「お、おい!」
「はあ、はあ、美時、忘れてて、ごめんね!」
「ま、待ってて!」
「え……? あっ」
そこには息切れした坂兄がいた。
「ご、ごめん……美時との約束を、思い出しちゃって」
「約束?」
「うん…………じつはね」
そして、私はこれまでのあらすじを話した。
私が氷柱に刺さったことは美時をかばったためとか。
私は美時と一緒にここに来たこととか。
「ふ~ん、そういうことか」
「そ、だから、早く美時のとこに」
「ああ、そうだな・・・・俺は、美粉を探さないと」
「え? そ、そういえば、さっき聞き忘れたけど、その坂兄の言葉だと、まさか、はぐれちゃったの?」
「あ、ああ……」
「そ、そうなんだ……じゃあ、私も坂兄も、探す人がいるから、ここで、分かれたほうがいいよね」
私の提案に「そうだな」と坂兄は乗ってくれた。
「じゃあ!」
「ああ、お互い、見つかるといいな」
「ええ」
そういって、私と坂兄は分かれて行動することになった。
一方、美時は。
「…………美希」
押さえ込んでいた涙がまたぶり返して来た。
「……絶対、来るって、信じてるから!」
私はそう意気込んで、涙を拭いた。
すると、目の前に、ピンク色の髪をしていた女の子がいた。
「あれ……誰だろ……あの~」
「はい? ・・うわっ! ビックリした~!」
そう驚いた少女はとても綺麗で、私より、年下だけど、間違いなく美貌では私を超えていた。
くう~~、こんな幼い子に負ける私って。
「~~」
「あ、あの……」
「はい!? あ、ごめんね……そ、それで、あなたは一体」
「え?」
「私の顔、覚えていないんですか?」
「え?」
そう言われ、少女の顔をよくじっと見ていると、この少女が誰なのか分かった。
「あっ! ……まさか美粉ちゃん!?」
「はい」
目の前にいるのは、間違いなく、美希のお兄さんの妹だった。会ったのは一回だけだけど、この綺麗な顔はよく目に焼きついていたのに……。
「ご、ごめんね! 忘れてて」
「い、いえ」
「……で、何で美粉ちゃんが?」
「ああ……それはね」
「ええ!?あのフードの人が、美希のお兄さん!?」
「はい、そうなんです」
嘘……あのフードの人って、美希のお兄さんだったんだ、気づかなかった~~。
「……で、はぐれちゃったのよね?」
「は、はい……」
「美粉ちゃん、私、美希のためにも先に行かないといけないけど、どうする?」
「う~~ん、私は……ちょっと違う方向に行ってみます」
「分かった、じゃあ・・・気を付けてね」
「はい!」
そう言って、私と美粉ちゃんは、その場で別れた。
一方、美希は。
「はあ~~、早く美時に会いたいな」
そう思いながら洞窟を歩くこと十分ぐらい立つと、目の前に私と同じ髪型と髪色の女の人が立っていた。
「ま、まさかお姉ちゃん?」
そう私がその女の人に問いかけると、顔をこっちに向けた。
「あら、なんで美希が?」
その言葉と、顔で、私は確信した。
「お、お姉ちゃん・・・・やっと、会えた!」
私は少し涙目になりながら、お姉ちゃんに抱きついた。
「み、美希・・・・ね、ねえ、なんであなたが?」
そうお姉ちゃんは少し焦りながら言った。
「あ、ごめん。お姉ちゃん」
私は、抱きつくのをやめて、今までのことをお姉ちゃんに説明した。
坂兄がお姉ちゃんを探しにこの世界に来たこと、そして、私が美時を庇って怪我を負ったこと。
「へえ~~~、輝光君が、私のために……」
「……お姉ちゃん?」
何故か、お姉ちゃんの顔が少しだけ赤くなっていた。
「そ、それより、生きててよかった!」
私がそう嬉しそうに言うと、お姉ちゃんは正気に戻ったのか、さっきまで赤かった顔が、普通に戻った。
「美希、ごめんね……心配かけて」
「うんうん、お姉ちゃんが生きてたなら、それでいいもん……で、私、これから美時に会う為に行くけど、お姉ちゃんは?」
「私は……」
お姉ちゃんは少し考えた後、結論を出した。
「私も、行くわ。 美希の大親友も見てみたいしね」
「お、お姉ちゃん……」
そして、十分後
「はあ~~、美時に会えるかな?」
早速、私は弱音を吐いた。
「信じれば、いつか叶うわ」
「お姉ちゃんって、結構、楽観的なんだね」
「そう?」
そう話しながら歩いていると、本当に、願いが叶った。
「あれ? あれって……美時!?」
「えっ、あの子が?」
「うん、間違いない! お~~~い!!」
私はそう大声で叫ぶと、美時は振り返ってくれた。
「美希!!」
「「会いたかった!!」」
私と美希はそう抱き合いながら、再会の涙を流した。
「ねえ、私のこと、忘れてない?」
そう言ったのは、お姉ちゃんでもない、意外な人物だった。
「し、真崎先輩!?」
真崎先輩とは、私たちが尊敬する先輩で、今は山岳に登っている最中だったはずだけど。
「なんで、真崎先輩が?」
私がそう驚いていると、真崎先輩が「それは、私が話すわ」と言った。
「あ、そうだ! 私も話すことがあるの!」
「なるほど、先輩もお姉ちゃんと同じ理由ですか」
「ええ」
真崎先輩も、同じあの渦みたいなものに入ったらここに来たんだ。
「そ、それより、早く行きません? また変なのが出るといけないんで」
そう言ったのは美時だった。
確かに、また変な怪物が出たら、本当にしゃれにならないしね……ま、そのときは私が斬るけど。
「そうだね、美時。 じゃあ、行きましょう!」
「ええ」
遠い上から美希たちを見ている一人の男が、少し微笑んだ。
「くっく、楽しみだ……あの仲が壊れるのは……なあ、美時」