意外と普通のプロローグ。いや、意外とって何だ。
春ヶ崎高等学校。
僕、桜坂 純也は地獄のような受験勉強の末、念願のこの学校に受かった。
小さい頃からど近眼で"冴えない眼鏡"と渾名されていた僕の取り柄といえば、努力することくらいしかない。
だから、努力してそこそこの成績を取り、努力して全国模試一桁に入り、努力して──気配を消していた。
目立つのは、なんだか申し訳なかった。幼なじみで天性の才能をいくつも持つ星宮 学がいつも側にいたから。
学は成績優秀、眉目秀麗、運動神経抜群の三拍子が揃った同じ人間であることが畏れ多くなるほどの完璧人間だ。
そんな完璧人間が自分の幼なじみだということもにわかに信じがたいが、彼よりも目立たないように、けれど彼の隣にいることをバッシングされない程度に努力した。
それでも僕は眼鏡である。所詮眼鏡である。実際にそうして一笑にふされたことがある。思い出すのも忌々しい。
こほん。そんな僕の気晴らしが、学に誘われて始めたナンバープレース、通称ナンプレだ。
一種のパズルであるこれはゲーム感覚でできるし、頭の回転も必要となるので、一石二鳥の遊びだった。景品付のナンプレ雑誌も近頃は多いので、景品目当ての母親にもねだりやすい。
後半はさておき、僕はナンプレにどはまりした。もう、中学時代は授業以外はナンプレ一色だったんじゃないかな。とにかく、はまった。
そんな僕は進路指導で高校を探しているときに知ったのだ。
春ヶ崎高校には"ナンプレ部"なるものが存在する、と。
渾名が"ナンプレ眼鏡"に変わるほどナンプレオタクを重症化していた僕がそれに飛びつかないわけがない。
しかし、春ヶ崎高校は受験生泣かせの高倍率。しかも県内随一の進学校だ。
もうそれはちょっとやそっとの努力でどうにかなるようなところじゃない。
けれど、僕の数少ない取り柄は、努力すること。それを活かさずして桜坂 純也は桜坂 純也たりえない。
それに大好きなナンプレのためだ。たとえ僕がどんなにただの眼鏡だとしても、譲れないものがそこにはある。負けられない戦いがあるのだ!!
かくして、僕は血の涙を流すほどの努力の果てに、春ヶ崎高校ナンプレ部への切符を手にするのである。
ちなみに、学とは別々の学校になった。
学は読書好きなため、文芸部に入りたいと言っていた。残念ながら、春ヶ崎にはナンプレ部はあれども、文芸部はない。うん、僕もおかしいと思う。
それはいいとして、中学ではその類稀なる運動神経を買われ、半ば強制的に運動部に入れられていた学は、高校ではせめて、好きな部活に入りたい、と夏之前高校に入学した。
夏之前は無難も無難の一般校で、先生から"お前は優秀なんだから、もっと上を目指したらどうだ"とか、"いやむしろお前が春ヶ崎行けよ"とか色々ツッコミがあったらしいが、学は上手く言いくるめ、自分の望む進路へ進んだ。
これはあまり知られていないことだが、夏之前高校の図書室は県立の図書館もまっつぁおの蔵書量を誇る。学が行きたかったのは、その辺の理由もあるだろう。
中学の卒業式の日。
「これからは、別々だね」
「ああ。純也は春校だっけか」
「学は夏校だったね」
「……お互い、志望校に受かったはいいけど、ばらばらで、自由に会えないってのも、なんか寂しいな」
学校のバルコニーで、まだ蕾のない桜を見ながら、そんなことを語り合っていた。
ちょっとしんみりしてしまった雰囲気を払うために僕は明るく振る舞う。
「寂しいけどさ、永遠に会えないわけじゃないさ。また会う日まで、お互い頑張ろう」
我ながら、普通すぎる励ましだった。
けれど、学は笑顔で頷き、拳を突き出した。
「おう。純也も頑張れよ」
「うん」
若干青春ドラマ風味の光景を広げ、僕らはそれぞれ、念願の高校へと歩き出した。
そして、僕は知ることになる。"ナンプレ部"とは、何かを──
キャラクター紹介
桜坂 純也
主人公。
特徴は眼鏡。
たゆまぬ努力の末、県内随一の進学校、春ヶ崎高等学校に入学を果たす。
目的はナンプレ部への入部。
その眼鏡の見据える先に待ち構える運命とは?
実はとんでもない秀才だが、隣にいた幼なじみくんがあまりにもパーフェクト人間だったため霞んでしまっている悲しいめが──もとい、男の子。
「眼鏡言うなあっ!!」
意外と眼鏡はコンプレックス。
星宮 学
主人公の幼なじみで親友。
ハイスペックな美少年。
大変な読書家であり、趣味で写真を撮ったりもする。
実はとっても文系人間だが、運動神経がよすぎたために中学時代は運動漬けの毎日を送っていた。
実は純也とナンプレを解いている時間が一番心が安らぐ時間だったという。
夏之前高校に入学。本を貪り尽くす予定。
以降
春ヶ崎高校→春校
夏之前高校→夏校
勘づいた方も多いだろうが、この話のタイトルは言葉遊びと言う名の名称詐欺である(笑)