虚弱くんと私
「ゆーちゃん!今日もいっぱいメールするね!」
「はいはい、さっさと高校行けってーの」
「むー!ゆーちゃんだって!大学にいかないじゃんかー!!」
「大学生は週二でも大丈夫なんですーっ」
膨れっ面の翔を無理矢理家から閉め出し、ドアスコープからちゃんと彼が向かっていったところを確認する。そして、その背中が見えなくなると、私はまた布団に向かう。
翔はこの都会で育った16歳の高校2年生で、私は地方から上京した20歳の大学2年生。親戚、学校、趣味など、決して何か接点があった訳ではない。
まして、手を出して捕まるのは私だ。
あ、勿論、手を出してはいない。年下なんぞ範疇外である。出来れば、金持ってて一生私を養えるような男がいいし、ましてや既に枯れ気味の私に性欲盛んな高校生なんて、死ににいくようなものだ。
今日のように、ここに泊まるときは同じ布団で寝るけれども、何かあるわけではない。ただ、背中合わせで寝てるだけなのだ。
「酒飲むか……」
冷蔵庫を開ければ、そこには彼お手製のお摘まみがいくつか入っている。全く、なんでもできる器用な男なのにな……
ブリのカマンベールチーズ焼きを一口つまみ、梅酒を口に流し込んだ。
日本酒、一昨日空けちまったしなあ。
あー…日本酒飲みてぇ……
思えば、あいつとの出会いの時も日本酒飲みにいこうとしてた時だったなあ。
翔との出会いは、ゴミ捨て場だった。
友人が行けなくなった対バンライブのチケットを安く買い取って、観に行った帰りだった。ライブ会場のメニューに日本酒がなくて、仕方なく飲み直そうと、行き付けの日本酒&缶詰バーに向かっていた時だった。
そのお店は丁度ライブ会場の裏手にあるので、本当なら道路を大回りするのだが、そんなのさえも面倒だったので、細い路地を抜けていていたとき、彼はゴミ袋に埋もれて倒れていたのだ。
何か、事件か?!見捨てよう!!
最初はそう思って通り過ぎたのだが、友人の「死体見てみぬふりして訴えられた人いるんだってー」という言葉が脳内に過り、仕方なく救急車を呼ぶことになった。
「あー、また君かー……すみませんねぇ、ご同行お願いいたします」
「は、はあ……勿論です」
病院に着くと、今度はお医者様が彼の顔を見て、「またか」と呟く。そして、手際よく診察し、ご家族を呼んでくれた。
先生がいうには、この山田くんはとても虚弱体質で、少しでもはしゃぐと貧血になり、花粉症も酷く、扁桃腺も腫れやすい。そして、胃下垂のせいで太れない上に、食も細いとのこと。また、肌も弱いので、日光にあたるとすぐ真っ赤になり、水場仕事なんて以ての外とのこと。
太れないって、羨ましい。
生まれてずーっと、ぽっちゃり体系。
一度はちょいぽっちゃりまで痩せたが、受験ストレスと酒の味のせいでリバウンド。
まじ、痩せてぇ。
恨みがましい視線を真っ青な顔で横たわる男に向ける。くっそ、顔立ちまで整ってやがる。今流行の塩顔イケメン。ただ、髪が野暮ったい感じなのが気になる。いや、サブカル系の女には好かれそうだな。
「んっ…あっ、またか…」
「またなら、倒れんなよ」
思わず、起き抜けの言葉にツッコミをいれてしまった。そんなに倒れて迷惑するのは貴様より周りのやつなんだから。
「ご、ごめんなさい…貴方は?」
「私?三宮結子っていうの。君は山田翔くんでいいのかな?」
「は、はいっ」
そして、彼はなぜか私の手を掴んだ。
そのあと、親御さんが来ても関係なく私の手を離すことはなく、やっと離したときには夜が明けていた。
「「ご迷惑おかけしました」」
「あはは、いや、大丈夫っすよー。ではー」
「ゆーちゃん!またね!」
「お!おう!また会えたら…」
会うことはあるのだろうか?
しかし、翔は一週間後現れました。
「あ、ゆーちゃん!」
「お、おう…お久しぶり、田中くん」
「翔でいいよー!!」
「なんで、大学にいんの……?」
「さっき、登校するとこ見かけて、ただ今はしゃいだら……ひ、ひんけ、つ……」
「うわわわわわわわわ」
再開もやはりぶっ倒れて、保健室行きになるとは……。
大学の保健室の先生に頼み込み、翔を寝かせる。意識はあるようで、少し休めば大丈夫とのこと。
「えへへ、実は学園祭でここに参加することにしたんだ」
「え?」
「俺、軽音部!インディーズで結構いい線いってるんだよー!」
ライブ最後まで持つのか、こんな貧弱で。
「ゆーちゃん、それでお願いがあるんだけどね……」
「ん?」
「お家泊めてくれない?」
「あ?いや、駄目だろ!」
「週四くらいだからさ!」
「多いわ!!」
「えーじゃあ、週二!」
「だーめ!」
「でも、俺こんなんだから近くに泊まりたい!」
「もう!泊まりはだめなの!!」
「えー……」
翔は不満顔で考え込む。いや、迷惑なのは私だろ。でも、確かに大学で倒れて、毎日救急車やら保健室なら確かに心配だよなぁ。
なんだか、絆されてる自分に気付く。庇護欲を唆るんだよな、この子。
なんて、観察してると、翔はなにか思い付いたのかポンと手を叩き、こちらを見る。
「じゃ、せめて、家で休ませてほしいな?」
「ああ、それなら……」
「やったーーー!!!」
これが、全ての間違いだった気もする。
翔の倒れ具合は異常だった。軽音部に私の電話番号が緊急連絡先として掲示されるレベルに。幸い大学から徒歩五分なので同じバンドメンバーの笹本くんと五代くんに連れてきて貰ったり、バイトでいなかったらバイト先の定食屋に連れてきてボックス席に寝かせたりと。うん、とても大変だった。
そして、彼が目覚めるのがまちまちで、終電を逃して我が家に泊まることも多かった。
私服高校とのことで、ある日私の家に着替えを持ち込んだ時は、遂にかと何故だか納得してしまった。
そして、現在、他人曰く「半同棲」。
ご両親共働きで帰ってこないからって、横暴だと私は思いますけども。
「ああーイタリア直送カマンベールうめぇー」
罪滅ぼしかどうかは知らないけれど、翔からは定期的にお取り寄せグルメを頂く。しかも、全部私の好物だったり食べたかったものだったりと、全く解ってるな!
ふと、携帯を見るとランプが緑色に点滅している。メールが届いたのか、サイレントにしてて気づかなかったわ。
「今日は150件か、少ないな」
メールというか、メッセージアプリなんだけども、それに翔から148件届いてる。
いつもなら、200件くらいなのに。
それよりも、2件は大学の友人の誉からの連絡だ。おー合コンかいいね!
「今日は暇だし、いくか…ん?」
翔の友人の笹本から連絡が入った。おっと、嫌な予感がするぞ……?
翔が倒れました。至急お願いします。
ですよねー!!
なんで、あいつはこうもタイミングがいいんだよ!翔と出会ってから合コン一度も行けてないいいい!!
仕方ないので、誉には断りを入れて、上着を手に取った。
ねぇ、もっと、見てて?
心配で目、話せないでしょ?
あはは、簡単に倒れるこの身体
食べ物だって細心の注意が必要
ゆーちゃんは、俺のなの
解らないのかな、あの女
俺が好きだか知らないけど
合コンなんか許さないから
ああ、ゆーちゃん早くおいでよ。
※もしかしたら、続編書くかも