第6章-紅の記憶Ⅱ-
ラジェルが乗ってきた船は動力源のエンジンの音が鳴り響いていた
「少しうるさいかもしれないが話はできるだろう」
船室の中をのぞくと壁にかけられた写真立てを俺は目にとめた。そこには俺とラジェルそれにあと一人男の姿が写っていた。
「俺は一体何者なんだ…?」
ラジェルにそう呟くとそばにあった椅子に腰を下ろして少し考えた。
「そうだな…では昔のお前はもう居ないと考えよう」
少しずつ自分の事を思い出してはいたがまだ自分の中に不安があった。ラジェルにそう言われたことで少し俺は落ち着き、ゆっくりと下を向いていた顔をあげてラジェルを見た。
「俺は西軍空挺騎士団第一部隊隊長、ラジェル・バラットだ」
ラジェルはその部隊を足掛かりにして西の国政を立て直すために宵の明星と言う反乱組織を立ち上げその団長もしているらしいそれだけ指揮力の高い者が何のために俺をここに連れてきたか気になった。
「それでお前は…サーヴァに拾われた獣人なんだ」
カージュと戦って死んだあの男の事をラジェルは話始めた。人間より獣人は身体的に優れていた。その獣人をサーヴァは探して育て、兵の戦力として利用しようとしていた。
サーヴァは俺を見つけるとすぐに城に迎え入れ俺に剣と銃の使い方を教えた。
その計画にラジェルもまた加わっていたという。
「そして俺はお前に船の操縦を教えたんだ…キサラギ」
「何故俺に船の操縦を?」
「簡単な事さ…戦いが嫌いだったんだ」
この数年の間に西と東で戦争が三回行われた。その激しく残酷な戦いをラジェルは騎士団にはいってからずっと見てきた。
彼は船に乗りそこから爆弾を投下する役割を任されていたらしい。爆弾が着弾してから数秒単位でそこには花が咲いた。そのうちその場所が花畑となる光景をラジェルは三度も経験したのだ。
「それは…辛いな」
言葉をかけてみたものの、ラジェルの顔からは涙が少しだけ流れていた。
「利用されそうなお前を見て俺はお前に逃げてほしかった、だから船の動かし方を教えたんだ。」
昔も今もこの男が俺を見る目は変わらないのだろう。自分の記憶が欠けているのに少し切なくなった。
「そして、はじめての戦争で俺たち西軍は大敗した…たった一人の男によってな」
その男は東の兵をたった一人で戦場の中で指揮し西軍を撤退にまで追い込んだらしい。
「それは凄いな…」
「その男をサーヴァは殺そうとした…そのためにお前に薬を盛ったんだ」
ラジェルの言葉がきっかけとなり、俺の頭にまたかすかに記憶が甦ってきた。
「そう言えば…酒を飲んだような気がする…」
「その酒の中に薬が混ざっていたんだ」
その薬を飲んだ者の体内に病原体を潜伏させ、病原体が体内にある期間はそれを相手に感染させることができる。感染させた相手には吐血などの症状があらわれ、ゆっくりと死に至らしめるそんな薬だった。
「それじゃ俺は…」
「あぁ…お前はその男に噛みつくことができたがそれと同時にお前は瀕死の重傷を負った。」
「男の名はなんと言うんだ…?」
「レオ・フェルグラント…紅蓮の剣だ」
これでまた記憶の断片がつながって行く、ただ悲しい記憶だけが俺の心に染みわたって入ってくるそんな感覚だった。
「その男の側近に居たのがカージュ・ファーブニルなんだ」
「カージュが?!」
ラジェルは涙を流しながらゆっくりとうなずいた。
「サーヴァの手からお前を救えなかったことを俺はお前に謝りたかったんだ…」
ラジェルの言葉に俺も気づけば何も言えずただ悲しくなっていた本当にこの世界は何もかもが繋がっていて悲しい気持ちであふれている。しかし、その戦いで俺が重傷を負い、そんな俺をユリが助けてくれなければ、そしてラジェルが船の操縦を教えてくれなければ今の俺はここに居ないのだろう。
「ラジェル…ありがとう」
「あぁ…生きていてくれてありがとう…キサラギ」
ラジェルがそう言うと船が地面に着く揺れを感じた・
「着いたようだな外には黒い腐花の花粉が広がっている。これをつけて降りてくれ」
防具一式をわたされると俺は言われるがままそれをかぶった。
「お前はここで待っていてもいいが…どうする?」
「国を取り戻すのか…?」
「あぁ…変えるんだ」
ラジェルのまっすぐな視線におれは少し考えた。答えは言うまでもなく、俺の命の恩人の一人が間違えなくラジェルなのだ。
その恩人に俺は今、ここで恩を返せる。ここから俺も変わろうとラジェルをみてうなずいた。
「ありがとう…キサラギ、港は俺の軍が占拠している、ここから出たら城まで兵を連れて駆け抜けるぞ!」
船の外に出て空を見るとそこには黒く目に見える腐花の花粉が漂っていた。
「急ぐぞキサラギ、城ではもう騒ぎが起こっている」
すぐさま俺は獣の姿になりラジェルを背中に乗せて城下へ続く道を駆け抜けた。
花粉の影響なのか街には嘆く人の姿も無ければ争う兵士の姿も見えない、ただ辺りには腐花が咲いていた。綺麗な光景だがこれは人の最後の形なのだ。
「ラジェル…これもやはり」
「あぁ花粉を吸って死んでいったんだ」
悲しくも前を向いているラジェルはとても勇敢な表情をしていた。
こんな現状の西の国をラジェルは変えようとしているのだ、その時が刻一刻と迫っていた。
城のある広場に着くとそこではすでに激しい乱戦が行われていた。
頭の防具を落された者は花粉を吸いながらも必死に戦い、ゆっくりと息絶えて行く光景に俺の心は痛んだ。
「ここは私たちがくいとめます!ラジェル様、キサラギ様早く場内に入ってください!」
兵士の言葉にラジェルはうなずくと城を目指して俺と共に進んだ。
場内はやけに静かで人の気配すら感じない、ただ外で見た腐花の花粉がここでは多く漂っていた。
「花粉が多いな…」
「あぁ気をつけよう」
ラジェルに指示されながらしろの中を進んで行くと王の居る広間のドアまでたどり着いた。
「止まれ!」
ラジェルは俺から降りるとすぐに剣を気配のする方へ向けた。
そこには震えながら銃を構える男の姿があった男の容姿は船室で見た写真に写っていた男と似ている。
「クレス…貴様!」
「こいつは?」
「サーヴァに薬をわたした奴だ」
このクレスと言う男は俺が飲む事となった薬をサーヴァにわたした中立の男でラジェルの指揮している隊に所属している人の一人だった。
「今回はどっちの味方になるんだ…?クレス、俺はここでお前と戦いたくない」
「迷っているさ俺も…お前の隣に居るのは…もしかして」
「あぁキサラギだ」
ラジェルの言葉に驚きを隠せないクレスは少し考えた後でゆっくりと銃を降ろした。
「この先に王が居る…だが王はもう」
クレスの言葉を無視してラジェルは立ちはだかるドアを開いた。
中には横たわりながら窓の外を見る王の姿があった。
「アーサー…セリオス…!」
「ラジェル…クエスそれにキサラギか?サーヴァの報告は間違っていたようだな」
力のない声で話す王の表情は辛そうだった。
「ちょうどいい…ここで俺を殺してくれ…」
いきなりそう発したアーサーにラジェルは固まった。
「何故だ…」
「俺の悲しみは誰にも理解されない…できないさ」
大きく咳をしながら話す王は時よりニヤリと笑うとまた窓の外を見つめた。
「誰も俺を殺さないなら…俺は自ら命を絶つ…!」
力を振り絞って立ち上がると俺の持っていた銃を取られた。するとその銃を自分の頭部に当てた。
「そこの布をかぶっている物の中に俺の悲しみがある…そして俺はこの惨事を終わらせなければならない…後は頼むぞラジェル」
そう言うと室内に銃声が鳴った。
頭から血を流して倒れる王の体からは黒い花と共に白い花が咲き始めた。綺麗な花は赤い血に浮かんできた。
「ラジェル…この花を俺に少し分けてくれ」
「…分かった」
虚しく何もできなかったラジェルに誰も声をかけられず、そのままラジェルは部屋にあった布をかぶった箱を見つめた
「これは…!」
ラジェルは箱を覆っていた布をもとに戻し、俺たちの方を向いた。
「キサラギ…お前はこれからどうする」
「俺は仲間の所に戻ろうと思うその上でこの花の思いを聞いてみたい」
納得したようにラジェルはうなずくとまた口を開いた。
「あの港に小型の飛行船がある、それで南の国までは戻れるはずだ…ありがとうキサラギ」
ラジェルはそう言うと部屋の窓を開けてそこから大声を出して叫ぶ
「聞け、戦う兵士たちよ!今私が居るこの場所でアーサー王は自ら命を絶たれた!これは誰のせいでもない、私たちが王の悲しみに心を向けなかった結果である!
今は亡き王の部屋で私は目を疑う者を見た、それは数年前亡くなった王妃ピリム様の遺体だ!」
誰もが耳を疑う中で何も分からなかった俺でさえ驚く言葉をラジェルは発したのである。
「その遺体は腐花になってはいない、白骨化していたのだ!」
ラジェルはその言葉を伝えると再び皆に言うのだった。王の悲しみは誰にも分からず誰にも理解できない、だからこそ我々はその悲しみと向き合い新しい夜明けを迎え正しい国を作って行かなければならないと
その言葉に皆は歓喜し、ラジェルを王とした新しい政権が始まり、それを見届けて俺は南へと帰ったのである。