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ドルセット界物語

 魔導の祝福を受けし者達

作者: とにあ


 イクセリオン魔導大帝国



 はるか昔、暦を作り上げ、魔導師協会やギルドを成立させ、魔導・魔術の発展・発達におおいに功績を上げた今は無き帝国。

 イクセリオン十二代皇帝イクサリーは、皇帝であると同時に魔導の神イクサリアスの寵を受けた神官でもあった。

 その母、麗しきイクセリアは、夫であった十一代皇帝サリアス当人ではなく、その美貌に目を留め、愛しく思った魔導の神イクサリアスと結び、イクサリーをなしたと言われている。

 人の寿命に大きな幅があるのは、神の血をひいた者とそうでない者の差とも言われているが、当事者にとってそのことが嬉しい祝福であったかどうかは解らない。

 王族、貴族は人でありながら神の血、魔導の力をもちて、長き寿命を有していた。

 その後、ドーセットの半分を支配したイクセリオン魔導大帝国は魔族に落され、制定した協会、ギルド、暦、魔導の技などの遺産とも言える知識を後世に残し、滅んだ。

 だが、魔導の神イクサリアスの寵愛を受けたイクセリア、イクサリーは未だにこのドーセットの大地のどこかで生きているとも、死して愛しい神イクサリアスの元にいるとも、転生の輪を巡り、永遠の誕生と死を繰り返してるとも言われている。

 私は   彼らを    私の師を 

 尊敬している。


 魔導書『魔導の残り香』前文

 著者 ジェレスタ・フェアリアン




 読むのに疲れ、空腹を感じたイクセリオンは本を閉じ、いつも薄暗い部屋を見回して、本を読むのに飽きたのか、本を膝に置き、床に座り込んで眠る父親の姿を見つけ、音を出さずに笑った。



(くす、くすくす。飽きちゃったのかな? 父さんってば。くすくす)



 口元を抑えつつ、そっと父親に近付いたイクセリオンは唐突に目を開けた父親に驚き、後ろにあった本の山を崩してしまった。

 慌てて崩れた本の山を直そうとするイクセリオンの頭に、コンっと本が一冊落ちてきたのを見た彼の父親は吹き出す。



(父さんっ!!)



「悪かったよ。痛かったか?」



(痛かったよ)



 イクセリオンの音無き声に対する父親の反応は酷く素早く正しい。

 うった場所を撫でる父親の手は優しい。薄ぼんやりとしか見えない父をイクセリオンは見上げた。

 綺麗な真紅と母や兄の教えてくれた父の髪は緩く波打っている。

 父の好んで身につける衣装の鮮やかな色彩はイクセリオンの目にも区別のつくもの。

 細かい表情は見えずとも彼が優しいのはわかる。


(父さん)


「ん? なんだ?」


(大好き。ごはん)


 おもいっきり笑われ、ぐしゃぐしゃと、力一杯掻き回され髪を目茶苦茶にされたイクセリオンは、ぷぅっと不貞腐れる。


(だって、おなかすいたんだもん)


「いい子だ」

 父親は声の出せない子供、イクセリオンを優しく抱き上げて煌々と満遍なく室内を照らすランプの火を落した。

 書庫の扉を閉じた父はイクセリオンを抱いたまま、窓一つ無い薄暗い廊下を通り抜け、階段を下りていく。

 ここが何階なのか、イクセリオンは知らない。

 ただ、廊下も階段も薄暗く複雑に入り組んでいる。

 階段を下り、幾つかの扉の前を素通りし、重々しくどっしりした食堂の扉を父親は押し開けた。

 食堂のテーブルのセッティングをしている彼女に、父親は優しく甘い声をかける。


 イクセリオンは何時も変らぬこの雰囲気が好きだった。

「イクセリア、イクサリーはいつものとこかい? そろそろ食事時だろう?」

 くすんだ焦げ茶の髪が揺れ、若い彼女は振り返る。

「レオン」

 申し訳なさそうなイクセリアの掠れ声にレオンは首を横に振り笑う。

 長男であり、――レオンにとっては義理の息子のような存在になる―― イクサリーのいつも孤独癖にイクセリアが、すまなく思っているらしいことがレオンには不思議だった。

どういった人物であれ、家族なのだから。

「ほらほら、気を遣わない。オレは自分の恋人を泣かしたくないんだからね。ほら、イクセリオン、お母さんについていておあげ。兄さんを呼んでくるから、泣かしたら承知しないぞ!」

 明るくからかう調子の父親の言葉にイクセリオンはベーッと舌を出す。


(泣かしたりしないもん! 父さんじゃないんだからっ!)


 決して音にはならない声に、父親は朗らかに笑い、兄を探しにいった。

「セリオン、お前の声があの方には聞こえるのね」

 寂しげに洩れた母親の声にイクセリオンは慌てて彼女のそばへと走る。


(母さん? ねぇ、泣くの? 泣かないで。父さんに怒られちゃう。それに、母さん泣いてると、)


 彼女のすぐ側に駆け寄り、切なげに見上げるイクセリオンの目から溢れる涙に彼女は慌てた。

「あら、あら、あら。ねぇ、セリオン、どうしたの? どうして泣くの?」







 夕暮れ、真っ赤な日差しが城壁を染めている。

 階段を人が昇ってくる音にイクサリーは階段の方をちらりと見た。

 白い魔導師のローブに身を包んだイクサリーは溜息を吐いて、沈みゆく夕日をもう一度見つめた。

 夕暮れの風はいつものように冷たい。

(幾度、この夕日を眺めたのだろう。一度として同じ夕日はこないけれど、見慣れた風景であることには違いない)

「イクサリー、夕食だよ。降りておいで」

 何時もの事に怒りもせず当然のように迎えに来る。優しいレオンの声にイクサリーは軽く頷いた。

「ええ、レオン、すぐまいります」

「ああ、先に降りているから、早くおいで。イクセリオンが待ちくたびれてしまう」

 やんわりと優しく愛しげに笑うレオンを眺めながら、イクサリーは優しい想いに駆られ笑み返しそうになる。

 階段を引き返す彼を見送りながら自分も階段へ近付いた。表情を引き締めながら。

 風がイクサリーを引き留めるように彼の足元で渦を描く。

 彼はそっと足元に渦巻く風を見下ろし吐息を洩らす。

「力無きイクサリアス。いつまでも、いつまでも我が身、御身元に………」

 渦巻を描く風は不満そうにイクサリーを撫で上げ、空へと帰っていく。

 風に弾かれたフードを軽くかぶり直し、イクサリーは屋内へと足を踏み込む。

 後ろから身を切り裂くほどに冷たい風が彼を責めるように、傷つけようとするかのように冷たく強く吹き付けてくる。

「いつまでも、御身元に……」

 虚ろな声がイクサリーの口から溢れる。

 階段を降りる間、イクサリーの口からその言葉は延々と虚ろに紡がれ続ける。

「いつまでも御君の御側に……」

 廊下は漆黒の闇に閉ざされ、イクサリーを招いていた。

 ひたひたと水が満ちてゆくように、夜が昼を犯すように完全な魔の闇が静かに迫ってくる。

 イクサリーは幾百、幾千年と歩き慣れた廊下を再確認するようにゆっくりと歩いた。

 歩くイクサリーの目に淡く静かな明かりが映った。

 食堂の扉はレオンによって内側から開かれていた。彼はにこやかに笑ってイクサリーを手招く。

 イクサリーにはこの城の中で今、この部屋だけが、闇の洗礼を受けず淡い光の祝福に包まれているように思えた。

 淡いこの光の祝福は、若いレオンと幼きイクセリオンのおかげだろうかとイクサリーは複雑な思いに駆られる。

 その手を取りたいという感傷に駆られる。だが、その手を取るわけにはいけない。我が身に降り掛かりし祝福は黒き魔導の力。彼らが白の祝福を持っているとしたならば近付いてはいけない。汚してはいけないのだ。

「やぁ、遅かったね。イクサリー、イクセリオンが待ちくたびれているよ」

 レオンの無邪気な言葉にイクサリーは軽く頷いて食堂に入った。

 湯気を立てる料理がテーブルに並べられている。

 根野菜のスープ、緑野菜の炒め物、焼き立てのパン、果物の蒸し菓子。塩も砂糖も使われていない温かな料理。そして、一切の汚れ物の無い料理。

 温かいだけで味気ない料理。


(あのね! 兄様、嘘だよ。父さんの言うのは嘘だからね!)


 イクサリーを見上げるイクセリオンの声は母だけでなく、イクサリーにも届かない。

「悪かったね。セリオン、さぁ、食事にしようか」

 イクセリオンは不満げに頷き、イクサリーを見上げた。

 イクセリオンはいつも不思議だ。父には自分の声が聞こえるのに、なぜ、母と兄には自分の声が聞こえないのだろうか。と。

 さらりと優雅に揺れるイクサリーの黒髪、菫の優しく穏やかな瞳。

 椅子をひくしなやかな手。もう片方の手がイクセリオンを優しく手招く。

 イクセリオンは疑問を抑え、笑みを作ってイクサリーのひいてくれた椅子に座る。

 穏やかな食事の時がいつものように過ぎてゆく。




 夜半、その日も月の無い夜だった。

 イクサリーは一つの決心を胸にその寝室を出た。

 漆黒の闇が重々しく城を覆っていた。

「我が君。我が神。我が主君イクサリアス。私の送る供犠をお受け取りになられることを私は望みます」

 イクサリーは小さく笑うと闇の降りた廊下を独り歩いた。

「イクサリー」

 不意に聞こえたイクセリアの掠れ声にイクサリーは立ち止まり微笑んだ。

「はい。決めました。イクセリア。母上。永く付き合わせてしまい、申し訳ございませんでした」

 頭を下げるイクサリーを見て、イクセリアは涙を浮かべつつも笑みを造り、頷いて見せた。

「いいえ、構わないのです。わたくしは幸せでした。イクサリー。サリアスはわたくしに貴方を残してくださいましたし、優しく接してくださったのですもの。イクサリー、わたくしは貴方の母になれて幸せですの」

 イクセリアの浮べる涙は優しい嬉し涙。イクセリアは外見的には自分より背が高く年上な息子を抱き寄せた。

 イクサリーはイクセリアを受け入れつつ、彼女に憐れさを感じる。


 伝説や旧い話とは異なって夫は決して彼女を愛しはしなかった。


 伝説通りの事などなく、神は決して彼女を愛しはしなかった。


 イクサリー自身も彼女の存在を望んでなどいなかった。




 ただ  憐れんだ。




 決して、書に書き連ねられるほど美しくなく、敢えて言うならば、その愚かなまでに素直さをもつ心は美しいと言えるだろう。

 かなりの間をおいて彼女は言葉を紡いだ。まるで噛みしめるように。

「貴方は優しくして下さったのですしね」

 憐れんだだけです。ただの憐憫に過ぎないのですと。イクサリーはそう言葉にはできなかった。

「母上。私の行おうとしていることを許してくださいますか?」

 イクセリアが頷くのを確認したイクサリーは彼女を連れてまた廊下を歩き始めた。

 沈黙のまま二人は歩いた。イクサリーがイクセリアに尋ねた。

「セリオンは構わないのですか?」

 優しく静かな問いにイクセリアはビクンっと身を震わせた。

「セリオン。……わたくしの子」

 イクセリアはそう消え入るように呟き、首を横に振って、イクサリーを優しく見つめて微笑む。

「決めてよろしいのですね?」

 イクサリーの確認にイクセリアはゆっくりと首を縦に振った。




 城内に常に潜み続ける不穏な空気に、眠れぬ夜を繰り返していたレオンは暗い真の闇に閉ざされた窓の外を眺めた。

 窓のある部屋は自分の知る限り、自分の部屋だけだった。生の気配を感じさせぬ漆黒の闇。いつから自分がこの城の住人になったのかは知らない。

 気がついた時から自分はイクセリアの夫であった。

 過去を思い返そうと思ったことはない。

 ただ、結婚、夫婦という言葉に抵抗があった。

 イクセリアとの間になした子をイクセリオンと名付けた。

 愛しかった。可愛かった。悲しかった。

 イクセリオン、イクセリアとアウレーリュクレイオン、自分の子。そう名付けた。

 イクセリアとイクサリーはなぜか複雑な怯えたような表情をしていた気がする。

 わかるはずなのにその理由がわからなかった。

 考えようとするとなぜか記憶が混濁した。不快感が込み上げる。わからないということに。

 理解し難い不快感に苛々とレオンは自分の寝室内を歩き回った。

 ベッドで寝返りをうったイクセリオンの寝顔にレオンは微笑みを浮べる。

 暗闇でもイクセリオンの表情はつぶさに見える。

 薄い水色の髪は波を描き、日にあたらぬが故の白い肌は病的なほど青白い。

 日? 落ちゆく夕日以外の日をここで見たことがあったろうか?

 常に沈む日。昇る日を見ただろうか?

 月がない空。星もなくただ暗鬱とした闇色の空。

 それで良かったのだろうか?

 夢でも見ているのか、イクセリオンの指が小さく動く。

 あまり光を受け付けぬその瞳は鮮明な金。まさに黄金を溶かしこんだかのような瞳。多分、年相応の外見より幾つかは幼いであろうが、イクセリオンを誰よりも美しいとレオンは思っていた。

 レオンは自嘲気味に小さく笑った。

「親バカだなぁ」

 呟いた後、レオンは城内を歩く二つの足音に首を傾げた。

「イクセリアとイクサリー? イクセリアだけならともかく、イクサリーも? こんな夜半に?」

 怪訝そうにレオンは呟き、イクセリオンの眠るベッドに自分も滑り込み、ゆっくり瞳を閉じた。

 微かな不安がレオンの胸中をよぎった。

 眠るイクセリオンの寝息が、存在が愛しくレオンに安堵と安らぎを与える。

 レオンは全ての緊張を解き、軽くイクセリオンを抱き締めた。




 振り下ろされる殺気からレオンはイクセリオンを庇い、毛布を相手に叩き付けた。

 漆黒の闇。剣と思われるモノの落ちた音は毛布が消している。

 レオンは闇の中に佇む二人をしっかりと見据えた。

 金の瞳が僅かに怯えたように閉じる。

「イクセリア、イクサリー」

 咎めるような問うようなレオンの口調にイクサリーは首を横に振った。

「なぜ、魔導を使わない? イクサリー、お前はいったい何をしたいんだ? 何をしたいというんだ? イクセリア、後悔するようならやめなさい」

 イクセリアは俯きながらも確かに首を横に振る。

「……後悔はいたしません……」

 掠れるイクセリアの声にレオンは薄く悲しげに笑う。

「決めたこと、なのだね。では、イクセリオンはどうする? イクセリオンも共にということか? さあ、答えなさい。イクセリア、イクサリー。それとも……」

 イクセリアから溢れる涙を見、レオンは糾弾の声をとめた。

 レオンは投げつけた毛布を拾い、この状況にあってなおすこやかに眠るイクセリオンにかぶせる。

「魔導か?」

 レオンの問いに頷いたのはイクサリーだった。

「イクセリオンの見ることではない」

 遠くを一度見、イクサリーは言葉を紡ぎ続けた。

「いかな考課を受けようとも常に後患は絶えぬ。血腥い逐鹿は絶えることを知らぬ。衷解を以てすれば詐術にて返す。治定に従事せし砿世の王イクセリオン皇帝三代皇帝とて常に肩癖絶えぬものだったという」

「何が言いたい」

 イクサリーの淡々と紡がれる言葉にレオンがぼそりと呟く。

 レオンはイクサリーの言おうとしていることは理解こそできるが、決して解りたくはないと思う。

「……………殺してほしい。死ぬことすら許されず、ただ暗闇の一時を繰り返す我らに。我らに新たな時などない。いずれ、イクセリオンも不審に思うだろう。その前に。レオン、外より訪れた其方なら出来るやも知れぬ。我らの神より送られた祝福より解放して欲しい。むしの良い頼みだと思う。しかし、希望を見せて欲しい。死ぬことだけが我らにとっての希望であり安らぎ。我が神にその命捧げることこそが喜び。血の繋がらぬイクセリオンを我が子とし、安らぎ見守れる其方になら托せる。イクセリオンは翼の民。閉ざされし闇は似合わない」

 なめらかな赤銅色の指が落ちた剣に伸び、さらさらとイクサリーの艶ある黒髪が仕草に合わせ、揺れる。

 サッと伸びてきたレオンの指にイクサリーはつい一歩、後去った。

 器用にイクサリーの髪を絡め取ったレオンは髪を引きイクサリーを引き寄せる。

 イクサリーの白銀の瞳がレオンの深い蒼の瞳を映す。

 その瞳の中に吸い込まれそうな錯覚にイクサリーは身を、剣を委ねた。

「魔杖刀。全てを無に帰す剣。………不思議だ。レオン。其方はなぜ時折そのような無垢な幼子のような眼差しをする? そのくせ、時折、深淵を覗くかのような暗き眼差しにもなる。何を望み見る?」

 妙に安らいでいるイクサリーに向けられるレオンの眼差しは酷く寂しげだった。

「なぜ、なぜ、オレにそれを望む? オレになら出来るとでも言うのか? 家族として長き時を過ごしたお前たちをなんの思いもなく殺せると? イクサリー、イクセリア、お前達、オレを何だと思っている?」

 吐き出された言葉にイクセリアが一歩レオンに近付く。

「ごめんなさい。ごめんなさい。レオン。わたくし、わたくしは、そう、貴方にならと。ようやく勇気をもてましたの。わたくし、貴方のこと貴方のお気持のことを無視していたのですね。でも、わたくし、この決意を翻す訳にはいけませんの。イクサリーの為にも、何よりもイクセリオンの為にも。運命を生きゆく路を断ち切って下さいまし」

 レオンは暗く複雑な想いに悲しげな吐息を洩らす。

 イクセリアの金の瞳がぼろりとその目から転げ落ち、コンっと軽く床に当り、そのまま部屋を転がってゆく。

 落ち窪んだ眼窩から薄黄色い涙がとめど無く溢れてくる。

「わたくしは王の娘という以外に、何の取柄もない地味な娘だった。そんなわたくしにさえ、サリアス様はお優しかった。そして、レオン。貴方は、そんなわたくしに愛情を注いで下さった。美しい貴方に愛情を注がれることは、わたくしにとって素晴らしい喜びでしたのよ。ですけれども魔導は魔に、闇に通じるモノですわ。わたくしもイクサリーも堕ちたる神。魔導の神イクサリアスの祝福を受けたもの。貴方の前で、わたくし、浅ましい闇のものには変りたくない」

 かたかたとレオンの手中に納まった魔杖刀が小刻みに鳴き震え始めていた。

 そして、魔杖刀が砕け散ったのは次の瞬間だった。

 魔杖刀の砕けた破片がイクサリーとイクセリアを襲った。

 血がその部屋を染めた。

 死にまで至らぬ傷がイクサリーとイクセリアの二人を責める。

 声を押し留め苦しみ、痛みを押し殺し、出来るだけ平静を保とうとする様は酷くレオンを責め立てた。

「イクセリア、イクサリー」

 レオンは呟くと首を横に振る。

 彼らを見据え、軽く笑う。

「………降り来よ………闇の解放者………今より屠る者に………安らぎの………眠りを………与えしことを………望む………」

 泣きそうな声でレオンは言葉を紡ぎ、現れた剣をもってイクセリアとイクサリーの命を完全に断ち切った。

 返り血がべったりと真紅の髪に白い肌に寝間着に張り付いている。

 微笑みを浮べたまま血に濡れたイクセリアを抱き抱える。

「イクセリア。イクセリア。イクセリア」

 血にまみれ、動くことのなくなったイクセリアを呼ぶレオンの声に鳴咽が混じりかけた時、それを引き留める声があった。



(父さん?)



 怯えたようなイクセリオンの声にレオンはビクンと背を震わせる。

 血の、死の匂いの充満した部屋で目覚めたイクセリオンは怯えたように辺り見回す。

 レオンは素早く立上り、毛布でイクセリオンを包む。



(…… 父さん? 母さんは? どうかしたの?)



「しぃ。イクセリオン。母さんには内緒で外へ行こう。見てみたくはないか? たくさんの人がいるし、いろんな食べ物も本もある。いっぱい遊ぼう」


(外? でも内緒なの?)


「ああ、その方がドキドキできて楽しいからね。イヤかい?」


(ううん! 行く! 兄様にも内緒なんだね! すっごくドキドキする!)


「さぁ、着替えておいで。イクセリオン」


(うん!)



 扉の外に放り出されたイクセリオンは走って自分の部屋へ向かう。

 それを見送ったレオンは急いで血で濡れ、汚れた服を脱ぎ、髪や肌についた血を布で拭き取る。

 しばし、間を開けてレオンは首を横に傾げた。

 そのまま何気なく剣を取り上げ、指を当て剣を消し去る。

「静かだったな」

 少し呆れたようにレオンはぼやき、衣装を引っ張り出し、素早く着替え終えると扉の外に出る。

 扉を閉ざす前、レオンは軽く惨劇のままの二人の死体を見つめ、音を立てぬよう静かに扉を閉ざした。


(父さん! 着替えてきたよ。ねぇ、外ってどんなところなの? ご本で呼んだような世界なの? 三対の翼を持つ精霊や、血を好む精霊姫達。水の世界に生きる緑の肌の陽気な水霊達! それに人間の英雄! 密やかな森の民達は森に生きる隠者達)


 うきうきと語るイクセリオンにレオンは微笑みかける。

「獣の血をひきし人。獣人。六翼の精霊の血を濃く受け継ぎし有翼の民。様々な人達がいるよ」

 レオンはイクセリオンを抱き上げるとその城を包む結界から抜け出し、外の世界へと脱出を成功させた。




「神よ。イクサリアスよ。幾度御身に命を捧げれば御身は満足なさるのですか? もう捧げる命の欠片だけになってしまいました。イクサリアス我が神、我が父よ。どうか、お答えください。もう幾度捧げればご満足なさるのですか? ああ、魔杖刀さえ壊れてしまっているのに………。なぜ、なぜ………眠ることすら出来ぬのだ………?…………」

「また、二人ですのね。イクサリー。わたくし達は許されてはいけないものなのかしら? でも、構わないでしょう? ヨルド。貴女の子はきっといつか貴女に出会えるわ。ヨルド、わたくしの六翼の精鳥。貴女の托した希望の卵、わたくしも見つけられたの。托せる方を………。ヨルド、わたくし、今、貴女にお会いしたい………」

 二人の嘆きの声が閑散としたイクセリオン魔導城の中にゆっくり拡がってゆく。

 イクサリアスはゆっくりイクセリオン魔導城に残った光の痕跡を、二人の遺体を包み隠していった。

 イクセリオン魔導城。レオンは城のその名を知らなかった。

 イクサリアスはイクサリーの父、サリアスを寵愛していた。

 そして闇に閉ざされる。




 終

 

15年前の作品。

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