清華廉学園女子テニス部による超絶的青春謳歌の日々 ③
春、始業式からまだ間もない日の話。
放課後の教室内で、清華廉学園女子テニス部の主将を務める、3年生の『御領園りょう』は悩んでいた。
気がつけば高校生活もラスト1年、進路は未定、退路は家事手伝い。まず、何から手をつければいいのか……やらなければならない事が多すぎて、何も手を点けられない状態だった。
「うぉぉおおお、ヤベー!」
時間だけ着々と進む中、自分だけが何も変わらずに停滞しているのを感じて、りょうは焦った。
このままでは、きっとつまらない大人になってしまう。しかし……しかし! 自分自身がいったい何がしたいのかすら分からなかったのだ。
「どうか致しましたの?」
机をバンバン叩きながら唸るりょうの下へ、まるでモデルのような体系の、華やかさを感じる糸目の女子生徒がやって来た。
「おぉぉおお、みかん。聞いてくれよー、マジ、ヤベーんだって! 俺たち3年になっちまったんだぜ、どうするんだよ人生!?」
みかんと呼ばれた女生徒の名は、『御神みかん』。家が神社で、リアル巫女さんである。
その圧倒的な容姿と、落ち着いた(冷血な)立ち振る舞いで、一部生徒間で恐れられており、一節によれば清華廉学園の『番長』などという噂がある。
尚、2年生の清美きよが唯一逆らう事が出来ない関係にあるというのが、何よりもその恐ろしさを物語っている。
「どうすんだよ、みかん! 宇宙旅行も始まっちまうぜ!!」
「飛躍しすぎですわ。落ち着きなさって」
対して、『御領園りょう』は兄3人に囲まれて育った影響で、男勝りな性格。何事も気合と根性。女性らしいみかんとは対照的な女生徒であるが、2人はいわゆる幼馴染だ。
幼少期からいつも一緒。ようやく2人の距離が離れると思われた高校進学の際で、りょうは平凡な県立高校への進学を決めていた。
しかし、それをみかんが許さず、鬼のような特訓が日夜行われたという。
その努力が実り、りょうは詰め込み教育の為、一時的ではあったが、超人的な学力を身につけ清華廉学園に合格したのである。(現在の学力は校内でも下の下)
「心配なさらないで、りょう。進学も就職もしなくて結構、我が御神神社に嫁げばよろしいのです」
「え゛俺、結婚するのかよ!」
「相手はもちろん私ですわ」
「なんだ、冗談かよ……」
「本気ですわ!! ハァハァ」
「熱でもあるんじゃねーのか、保健室行くか?」
「えぇ、確かに毎日のように熱に魘されております。恋の病を患っております……」
「恋かー、俺にはまだ良く分からないけどなー。みかんは美人だからいいよなー」
「ハァハァハァハァ!!!!!!!」
「近っ、どうしたんだよ突然!?」
「い、いえ。何でもございません」
以上が簡潔な2人の関係である。
「っべーよ、マジで、っべーよ」
りょうは、部室へ向かうまでの間もひたすらに悩んでいた。
「みかんは卒業したらどうするんだ? 大学か、それとも直ぐに家業を継ぐのか?」
みかんは何の迷いもなく「りょうに合わせますわ」と返答した。ある意味ダメ人間である。
「そうかー……でもどうすんだよ、例えば、突然俺がバンドの道に進むとか言い出したらどうするんだよ」
その問いかけに、みかんは何の迷いもなく「その時はメンバーに入れてもらいますわ」と返答した。もはやストーカーである。
「りょうには、何か希望はないのですか?」
「それがないから、悩んでんだよぉぉ、もぉぉおおうわぁぁああーどうすればいいんだーー!」
「ほら、りょう。小学校低学年の時に話した将来の夢があったでしょう!」
この流れを待っていた、いや誘導したんだとでも言わんばかりに、みかんはあからさまにワクワクしながら昔話を持ちだした。
「ん? 小学生の時に話した将来の夢……? クエクエ6のラスボス大魔王ポルテンシャノベウスをノーダメージで倒すとか?」
「違います、ゲームの話ではなく……もっと現実的な夢があったでしょう!」
「んんん……?」
りょうはその場で立ち止まったり、付近を行ったり来たりしながら思い出そうと考えるが、当時の自分を思い返せば、ゲームのラスボスを現実で倒すとか、兄3人を倒すとか、そういう事しか考えていなかったような思い出しか出て来なかった。
「ほ、ほら! バス公園で、近所に住む小学校高学年の男の子達と、どちらがバスの中で遊ぶか争った日のことです!」
ほとんど答えのようなヒントを出されてようやくその日の記憶が薄らと蘇った。
「あぁ、あの時は……結局喧嘩になって、俺負けたんだったなぁ。相手5人もいたし、今考えると喧嘩買うには無謀過ぎたよなぁ」
ちょっとした、心の傷も蘇った。
まだ小学2年生だった2人は、放課後近所のバス公園の愛称で親しまれる、廃バスが置かれた公園によく遊びに行っていた。
公園内にはブランコや滑り台など普通の公園と変わらない遊具が設置されており、子供たちの間での遊具の取り合いも盛んだった。中でも1番人気だったのが廃バスで、バス内は子供たちにとっての憧れの遊び場であった。
そして、その日。
りょう達がついに誰よりも早く廃バスを陣取る事が出来たその日の出来事である。
「わぁ! やったな、みかん! 俺たちが1番だぜ!」
「うん。走って帰って疲れたけど、よかったね、りょうちゃん!」
その嬉しさが、自然と表情に出て、そして言葉に成る。
2人にとって廃バスの中という空間は特別だった。いつも上級生が占領しているその空間は、りょうにとっては強さの証明。過保護に育てられたみかんにとっては、両親の居ない秘密の場所。
そんな2人が、ついに1番乗りでバスの中へ入った。
バスの中は、懐かしい匂いがしました。
業務を終えるまで何年、いや、何十年と走り続けたバス。何百、何千の乗客を乗せた人々の名残を感じました。
そこは、時間の止まった空間みたいで、玉手箱の中のような気がして、少し怖かったです。
でも、そんな時に隣でりょうちゃんが手を繋いでくれたから、怖くなくなりました。
怖くなくなったら、このまま時間が止まってもいいかなと思いました。
理由は、りょうちゃんが居るからです。
その理由は、りょうちゃんは頼りになるからです。
その理由の理由は、りょうちゃんがとてもかっこいいからです。
その理由の理由の理由は、りょうちゃ――――
(2年3組、御神みかん。週末課題・今週の出来事作文より抜粋。)
2人が30分程バス内で遊んでいたところに、隣の小学校の5、6年生の男子5人が廃バスに近づいてきたのです。
みかんとすっげたのしくあそんだけど、とちゅうからあいつらがきた。
「ここおれたちがきのうからばしょとってたから、どっかいけよ」
と言いいました。
ちょうおこった。
でも5人もいたからさすがのオレでもいいしょうぶになった。
そしたらあいつらはみかんをひとぢちにとりやがった。
「こいつぶつぞ」
て言いました。
みかんはやさしいからそれまでバスのなかで泣いてかくれてました。
オレがせんとうちゅうにすきをみせたせいで、見つかってしまいました。
そしてひとぢちにとられました。
「こいつぶつぞ」
て二回言いました。
ひきょうだった。
オレはこうさんした。
そしたらおなかをなぐられた。
「よえー」
て言いました。
でも泣きませんでした。オレはつよいから。
バスの入口からせなかをおされてころんで外にでました。土が口の中に入っておいしくなかったです。
すごくくやしかったです。
でも、みかんにケガがなくてよかったです。
もしみかんがケガをしたら、みかんのお父さんとお母さんに命をねらわれたかもしれません。
みかんのお父さんとお母さんは、あいつらの100倍はこわくて強い。
次はぜったいに最強になって、ちょう強くなって、あいつらに勝つ。
(2年3組、御領園りょう。週末課題・今週の出来事作文より抜粋。)
そういう1日だった。
体が傷ついたのはりょうで、心が傷ついたのはみかんだった。
帰り道で、みかんはずっと泣いて謝っていた。
そのままみかんが泣きながら帰ってしまうと、御両親が戦争(相手の家)に行ってしまいそうな気がしたので、りょうはみかんを連れて学校へ行く事にした。
グラウンドではクラブ活動に励む生徒達の姿があった。
体育館からは、他校と試合をしているバスケットボール倶楽部の姿があった。
窓から見えた職員室内では、先生達がテストの採点をしていた。
りょうの目には、皆何かに一生懸命になっている姿が映った。なぜか、羨ましかった。皆輝いて見えた。
きっと、今の自分が惨めだからだ。
遊び場すら守れずに、友達を泣かせてしまった。
膝を擦り剥いて血が出ている。殴られたお腹がまだ痛む。
孤独を感じた。
遊び場を奪還したあいつ等は、きっと今も楽しく遊んでいるだろう。敵を撃退した事の喜びと達成感と団結力。きっと最高の1日だ。
この小学校一つとっても、頑張っている人しかいない現状で自分だけが頑張れなかった。
悔しかった。
体育館裏に腰を下ろして、ただ、みかんが泣きやむのを待つ。それだけ。
自分がとても小さな存在に感じた。
体を動かす事が好きだ。でも上の兄達のように、遠くまでボールは投げられないし、打てないし、蹴られない。喧嘩も兄達には勝てない。
でも、1番になりたい。何でも良い。特別になりたい。今直ぐにでも見つけたい。
隣で友達が泣いている。
この娘を置いて、今すぐにでも何か見つけたい。
そもそも、この娘がいなければ、自分は負けなかったかもしれない。
勝てた。きっと勝てた。
そして、こんな思いをせずに済んだ。
その場を離れようと思った。でも離れる事が出来なかった。
手を繋いでいた。
みかんは泣くだけで何も話さないのに、離さなかった。
『私』はみかんの手をギュッと確かめて握り返した。
この娘は絶対に居てくれる。確信があった。
今日までも、ずっと一緒だった。記憶を辿って、1番最初の記憶に遡っても、この娘と一緒だった。
この娘だけは、この先も一緒に居てくれる。
『だから、私は――みかんの1番になろう。』
それだけは負けられないし、負けない。
なんだ、自分にも1番になれる事、あるじゃないか。
その瞬間、視界がぱっと広くなった気がした。
「みかん、大きくなったら結婚しような!」
無意識に出た言葉がそれだった。
(3年A組、御神みかん。脳内妄想脚色誇張日記より抜粋)
「みかん、大きくなったら結婚しよう! て言ったではありませんか!!」
みかんは鼻血を垂れ流して息を荒くしていた。
部室でうとうとしていたりょうは、飛び起きて慌てたが、ひとまずティッシュをみかんの鼻に当てた。
鼻血が止まるまでの10分間、りょうはみかんの鼻にティッシュを添え続ける事となった。
「そういえばさぁ、あの時確か帰りに学校寄ったよな」
みかんのハートがズキュンした。
「えぇ!」
みかんのハートがキラキラした。
「そこでなんかさぁ……大事な事あったと思うんだよなー、なんだっけかなー。もうここまで出かかってるんだけどなぁー」
「が、がんばってくださいまし!!」
みかんのハートがドッカンドカンした。
「あっ、思い出し――」
みかんのハートの起爆スイッチが押された。
と、その時だった。
ガチャりと、部室のドアノブが回り、扉が開いた。
「せ、先輩方。お、おおお遅れて申し訳ありませぬ」
ドアが開かれたその向こうに、ちっこい少女が縮こまって現れた。
「委員会活動をしていましたゆえ、せっせと働いてまいった結果、この大惨事でござります。すみません!」
緊張で謎の話し方になる少女は、女子テニス部唯一の1年生部員『貴宮みや』であった。
後輩の中の後輩。理想の後輩象とでもいうのか。もはや後輩になるべく生まれたかのような(意味不明)少女である。
しかし、タイミングが悪かった。
「こんにちは、貴宮さん。でもちょっと今りょうと大事な話をしてるのよ」「おー、みやみや! 元気かー!」
続きが聞きたいみかんと、状況に流されたりょう。という図。
「あ、はい。今日も健全でございます!」
「あはは、相変わらずだなー」
「りょう……続きは?」
「悪いなー、実は今日の練習は休みだ。2年の3人組みがサボってなー」
「あ、はい。そうでありまするか。え、またですか?」
「りょう……?」
「あぁ、言ってなかったっけなー……実はあいつらは、部活に出る事は滅多にない!」
「うぇ!? そうなんですか! わたし、あの、清美先輩の熱い勧誘を受けてテニス部に入る事を決断した次第でござりますが」
「………………」
「まー、後輩(使いっぱしり)が欲しかったんだろうな」
「な、なんと。今明かされる衝撃の事実でございました」
「(ニコニコ)」
「で、では今日は先輩方も鍛錬はなさらぬおつもりで?」
「んー、そだな。とりあえず、座りなよ、今日は親睦を深めるってことで」
「は、はい。それでは着弾いたします」
「あっはは、みやみやは面白いなー。なっ、みかん! …………みかん?」
「ソウデスワネー」
「ぶ、部長! みかん先輩が居た堪れない状態になっています!」
「なんかそれ的確だな。って待て待て。おーい、みかんさん?」
「なんですの?」
「機嫌悪くなってないか?」
「そんな事はありませんわよ」
「し、素人意見で申し訳ありませんが! 差し支えなければ、わわ私の目にもご機嫌Not麗しい状態に見えまする!」
「貴宮さん、『天然』で済まされない状況っていうのがね、この世にはあるのよ(ニコニコ)」
「ふ、不束者でご迷惑おかけします!」
「こらー、下級生イジメなーいっと……ちょっと俺ジュース買ってくるね。2人もなんか飲む?」
「私は、りょうが買ってくる物なら何でも」
「みゃーみゃーは?」
「ふぇ!? よ、よろしいのですか。若輩者故恐れ多いです」
「まーまー、そんな固くなるなよー。ほら、何が良い?」
「で、では遠慮を解禁いたしまして……ブ、ブラックコーヒーを」
「おぉ! 以外と大人だな!」
「す、すみません!! 出過ぎた真似でしたでしょうか!!」
「いやいや、いーよいーよ。じゃちょっと行って来るねー」
そう言って、りょうは部室から出て行った。
部室内は、みかんと、みやの1on1。
先手を打ったのは……御神みかん。
「あら、そういえば…………貴宮さん今日はお家の用事ではなかったかしら?」
「ふぇ!? そうだったのですか、自分自身ですら存じ上げませんでした」
「そうよ、今日は用事があるのよ貴宮さん! 早くお家へ帰った方がいいわ」
「な、なんと!? そんな大事な用が!!」
「今日の部活はもういいから、帰った方がいいわ。ご両親が心配していましてよ」
「で、では直ぐにでも!」
「そうね、そうした方がいいわ。りょうには私から言っておきますね」
「ご、ご足労おかけいたします! では!!」
「………………………ふっ」
一瞬、みかんの瞼が僅かに……開いた。
「たっだいまーーーーってあれ? みやん子は?」
「あ、お帰りなさいまし。貴宮さんは、急用があったらしく、帰宅致しましたわ」
「なんだよー、せっかくブラックコーヒー買って来たのに……名前書いて冷蔵庫に入れとこ」
マジックで缶の底に『○み』と書いて冷蔵庫へ。
そしてみかんには、缶のミルクティーを手渡した。
「さすがりょうですわね、丁度飲みたかった物が分かってらっしゃる。以心伝心で――」
「実はさー、コーラ押したらそれが出てきちゃってさー、ごめんなー。明日にでも補充に来た企業の人に言っとくわー」
「………………………………………で、なんですけども!」
一間あった後に、満を持して例の話題を切り出した。
「先ほどの続き!」
「さっきの続き? いつのさっき?」
「ほ、ほら! 貴宮さんが来る前ですわ!!」
「んーーーー? ってあれか!!」
良かった! 思い出した! みかんの幸福度が1000上がった。
「うぅーー結局俺はこの先どうしたら良いんだぁーーー!! うわぁあー!!!!」
「そこまで戻るんですか!?」
その後、今日はその話を諦めたみかんは、唸るりょうと共に部室を後にした。
正直なところ、みかん自身もあの日、りょうが何を決意したのか思い出せないでいる。
妄想では完璧なのだが、真実は少し違ったような気がしている。
でも、あの日のりょうの誓いがあるからこそ今も2人の関係が続いていると、みかんは確信している。
いつか、思い出せるといいなって。みかんは思った。きっとそれは、りょう自身にもプラスになる事なはずだから。
みかんは、帰り道でそんな事を考えていた。
こうして、2人は今日も部活をしない。
一方で、
「母上!! いったい何事ですか!!」
「あら? みや早かったわね。晩御飯カレーだから、もう少し待っててね」
「うぇ!?」
変わらぬ風景がそこにあった。
『清華廉学園女子テニス部による超絶的青春謳歌の日々 ③』終わり。
一応、基本路線は前回の『②』のような形。
なので番外編的な意味合いがあったりなかったり、そうでもなかったり。
一先ず、今回も形に出来て良かった。
面白い、面白くないよりも、形に出来て良かった。
こういう感じで、もっと想像したのを形にしていきたい気がしたり、しなかったり。
通りすがりの人が少し読んで、「わ、面白い!」てなるような話を書きたいような、そんな気はする。いつか。
どもでした。