第41話
それから桜は、ゆっくりとじぶんのルーツを話してくれた。
じぶんが夢のクローンであること、しかし夢が移植直前に亡くなってしまい、じぶんの臓器が用済みになったこと。そのため蝶々さんとラボに移り、ひっそりと入院生活を送っていたこと。
一度蝶々さんから聞いていたおかげで冷静に聞くことができたけれど、桜の口から聞くとやっぱりやるせない思いが胸に広がる。
「……私、お姉ちゃんのこと大好きだったんだ。お姉ちゃんは、私をひとりの人間として見てくれたし、桜っていう名前もくれた。……だから、お姉ちゃんの命になれるなら、私はいくらでも命を差し出すつもりだった」
「うん」
「……でも、私はお姉ちゃんを守れなかった」
私は、お姉ちゃんの命を繋ぐために生まれてきたのに。
そう呟く桜の瞳は、なにも映していない。
「……お姉ちゃんが死んでから、ずっと考えてた。私は、なんのために生まれてきたんだろう。生まれてきた意味あったのかなって」
「……そんなの」
あるに決まってる。
そう、はっきり言いたいのに、喉が張り付いてしまって、言葉がなにも出てこない。
抑揚のない淡々としたその口調は、いつもの明るい彼女の喋りかたとはかけ離れていた。
「……幸せ、なんて言葉、なんであるんだろう」
ぽつりと、桜が言った。
「え……?」
「だってふつう、幸せだったらそんな言葉は生まれないでしょ」
だからきっと、幸せなんてこの世に存在しないの。みんな、『幸せ』って言葉を無理やり当てはめて、じぶんに言い聞かせてるの。私は幸せなんだ、って。
そう、桜は言う。
そうなのだろうか。疑問を抱きながらも、否定する言葉は思い浮かばなかった。
『意味がある。ぜったい』
『君は必要だよ』
頭のなかで、彼女のかつての言葉が何度もリフレインする。
あぁ、そうか。
彼女はずっと、その言葉をほしがっていたんだ。今の彼女には、そう言ってくれるひとがいないから。
「……なんてね。こんなこと言ったら、変なひとって言われちゃうかな」
悲しげに笑うその横顔が切なくて、胸が強く絞られるようだった。
「……ねぇ、汐風くん」
「なに……?」
「やっぱり、私のことはもう忘れてほしい」
唇を噛み締める。
「……それは、できないよ」
「なんで? こんな話、受け入れなくていい。これ以上私といっしょにいたって、意味ないんだから」
「意味はあるよ。僕にはある」
「ないよ」
「君は優しいから、そう言うだろうなと思ってた。だけど僕は向き合うって決めたんだ。君は逃げてもかまわない。だれも責めない。僕も、責めない」
桜は、あのとき笑った。
僕に『忘れて』と言ったとき、桜は泣くこともなく、そう言ったのだ。どんな思いだっただろう。
それを思うだけで、胸がつまる。
「僕は勝手に、君のそばにいるって決めたよ」
「汐風くん……」
「君はどうする?」
「私は……」
桜は声を震わせて、顔をくしゃくしゃにして、言った。
「私は……私は、やっぱり汐風くんといたい……!」
汐風くんと、あたりからほぼ泣きながら。僕もつられるようにして泣きじゃくる。
この選択に、希望がないことは初めから分かっている。
ただ、それでも今は希望が見えたふりがしたい。
「……なんで汐風くんが泣いてるの」
しばらくお互い泣きじゃくって、ようやく泣き止んだ桜が言った。
僕は服の袖で目元をごしごしと拭う。けれど、拭っても拭っても視界は一向に明瞭にはならない。桜は泣き止んだのだから、僕もいつまでも泣いてるわけにはいかないのに。
「仕方ないじゃん。勝手に出てくるんだから」
そう返した瞬間、ハッとした。
つい最近、僕はこの言葉をどこかで聞いた気がする。
どこだっけ……。
『俺だって泣く気なんてなかったよ。でも、お前のこと考えてたら勝手に涙が出てくるんだよ』
……そうだ、凪だ。
凪は僕がふられたことを知ると、じぶんのことのように泣いていた。なんなら、僕のことを置いてけぼりにして泣いていた。
その声に、僕の心は動いたのだ。
これまでずっと、僕はじぶんを冷めた人間だと思っていた。
ひとりでいたほうが楽。ふつうの楽しみなんていらない。興味ない。
そう、思っていた。
でも、違った。目からあふれるあたたかいものが、それを証明している。
だれかのために……いや、好きなひとのためになら、涙はこんなにもあふれるものなのだ。胸はこんなにも、苦しくなるものなのだ。




