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レプリカは、まだ見ぬ春に恋を知る。  作者: 朱宮あめ


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第38話

 クローンの研究はまだまだ課題だらけで、特にいちばんの大きな問題が短命であることだという。

 理由は、短期間で大人と同じ大きさにまで成長させなければならないため、臓器の機能は大人と同じ大きさになっても子ども以下で、移植したとしても長くは持たないらしい。

 蝶々さんの話は、僕には現実味がなさすぎて、ほとんど理解が追いつかない。

 そんな僕に追い打ちをかけるように、蝶々さんはさらに言った。

 ――クローンは、ふつうの食事ができないのだと。だから桜はこれまで基本的に点滴で栄養補給をしていたのだと。

『……それって、どういうこと? もし、桜が食事をしたらどうなるの』

『臓器はすぐに劣化して、短命な命をさらに儚いものにするだろうね』

 銃の引き金を引かれたような心地だった。

 だって。

 僕はこれまで彼女と、何度も食事をしている。

 サイダーをあげた。お弁当のおかずもあげた。それだけじゃない。お弁当交換をして、デートのとき、オムライスを食べたりもした。

 つまり、僕は。

 これまでの僕の行動は、桜の命を……。

 突き付けられた現実に、僕は愕然とする。

『桜は……僕のせいで死ぬの?』

 じぶんの声なのに、やけに遠くに聞こえる。

 頭を抱えた。なにから考えたらいいのか、もはやなにを考えていいのかすら、分からなくなる。とりあえず分かっていることは、僕が桜の命を奪っていたという事実。

『桜は……桜は』

 声が震え出す。

『落ち着いて、しおちゃん』

『だって、だって……桜にお弁当をあげたのは僕だ。オムライスだって、ケーキだって……僕のせいで……桜は』

『しおちゃん、落ち着いて』

『僕が桜を殺すんだ!』

 取り乱す僕を、蝶々さんが何度も呼ぶ。

『桜ちゃんはね、施設外での飲食が禁じられていること、その理由、ぜんぶちゃんと知ってた。分かったうえで破ったの。それがどういうことだか、しおちゃんは分かる?』

『僕が、なにも知らずに一緒に食べようって言ったから』

 込み上げてくる涙をこらえながら言うと、蝶々さんははっきりとした声で『違うよ』と否定した。

 蝶々さんが僕の話を否定するのは、これで二度目だ。

『きっと、桜ちゃんは知りたかったんだと思う。しおちゃんと同じものを見て、食べて、感情を共有したかったのよ』

『共有……?』

 僕は涙を拭うこともできぬまま、呆然と蝶々さんを見る。

『桜ちゃん、お姉さんを亡くしてからずっと塞ぎ込んでたから……。でも、ある日突然、とても性格が明るくなって、いろんなことに興味を持つようになったの。夢ちゃんが亡くなって、少しした頃。ちょうど、しおちゃんがこの街に来た頃よ』

『……でも僕と出会わなかったら、桜はもっと生きられた』

 蝶々さんは、

『たしかにそうかもしれない』

 と言いつつ、けどね、と続ける。

『桜ちゃんはしおちゃんに出会って、初めてじぶんの人生を生きたんだと思う。生きるってね、ただ毎日を淡々と過ごすことじゃないよ。じぶんで考えて、じぶんの意思で選択する。好きなひとと好きなことをして、好きなものを食べて……そうやっていろんなことを学んで、いろんな可能性をじぶんで選択していくこと』

『でも』

 膝の上に置いた手をぎゅっと握り込む。その手を、蝶々さんが優しく握った。

『しおちゃん。ひとはみんな、いつかは死ぬよ。私も、しおちゃんも。生まれてすぐ亡くなる子だっているし、死ぬことは特別なことなんかじゃない』

 分かってはいても、僕の頭はどうしたって、もし、を考えてしまう。もし、僕が余計なことをしなければ。僕とさえ出会っていなければ。

 黙り込んでいると、蝶々さんは続けた。

『しおちゃん。私にはもう、ふたりに時間を作ってあげることしかできない。だから、後悔しない選択をして。……ただ、しおちゃんがどんな選択をしたとしても、これだけは忘れないで。しおちゃんとの時間を選んだのは、桜ちゃん自身。彼女の意志だよ。だから、責めないで』

 頭のなかは、真っ白だった。

 僕は、どうするべきなのだろう……。

 蝶々さんは椅子から立ち上がり、窓際へ向かう。

『お別れの選択肢があるっていうのは、贅沢なことだよ』

 そうかもしれない。だけど、いきなりそんなこと言われて、受け入れられるわけがない。

 虚しさが胸いっぱいに広がって、僕は唇を噛み締める。

『……蝶々さんは、しょせん他人だ』

 窓に目を向け、街の景色を眺めていた蝶々さんが振り返る。

 僕が言い返すとは思わなかったのだろう。少し驚いたような顔をしている。

『だってそうだろ。蝶々さんは、当事者じゃないからそんなこと言えるんだ。蝶々さんがもし僕の立場だったら、もし僕と同じ年齢で、同じ状況で当事者になってたら、冷静にお別れしようなんて思える!? 彼女は僕のせいで死ぬかもしれないのに!』

 蝶々さんは苦しげに目を伏せる。

 こんなの、八つ当たりだ。蝶々さんはかつての後悔を踏まえて、僕に助言してくれているのに。

 ……でも、だからって。大切なひとの死を受け入れるなんて……そんな選択、僕にはできない。僕はまだ、そんなに大人にはなれない。

『……そうだね。ごめんね』

 蝶々さんはそれだけ言って、部屋から出ていった。


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