表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
レプリカは、まだ見ぬ春に恋を知る。  作者: 朱宮あめ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

37/52

第37話

 蝶々さんは、覚悟を決めた僕に桜のことをすべて話してくれた。医学的なことは僕にはよく分からないから、僕でも理解できるように、噛み砕いて。

 結論から言うと、桜はふつうのひとではなかった。

 ――医療用クローン。

 桜は、千鳥夢という少女のDNAから人工的に生み出されたヒトクローンだったのだ。

 研究については、国から依頼を受けて始まったものだという。しかし、この国では法律上、ヒトクローンの研究は禁止されている。

 政府はあくまで、クローンの臓器を移植に利用するためにヒトクローンの製造を内密に許可したのだという。

『臓器……移植』

 桜がドナーだったという話に近づき、僕は息を呑む。

『ねぇ、しおちゃんは今、この国でどれだけのひとが移植を待っていると思う?』

 桜のことを話すなかで、蝶々さんが不意に僕に問いかけた。

 知らなかった僕は首を振る。

『この国で移植を待つ患者は、一万五千人以上いる。対して実際に移植が叶うのは、年間四百人あまり』

 一万五千人中、四百人。

 年間、移植が必要なひとが何人増えているのかは分からないけれど、圧倒的に分母が少ないことだけは、僕でも理解できた。

『それじゃあ、ほとんどのひとが移植をできていないってことですか?』

『そう。今、ほとんどの患者はドナーが見つからないまま、亡くなってるの。その問題の解決策として、政府は水面下で医療用クローンの研究を始めた。体細胞クローンの開発が可能になれば、患者自身の体細胞から複製した臓器を、安全に患者の疾患臓器と取り替えることができる。それは、圧倒的に臓器が足りていないこの国では、まさしく希望なの』

 それで生み出されたのが桜なのだと、蝶々さんは言う。

 しかし、現在の技術では、患者の細胞から臓器のみを複製することはできない。そのため臓器の器となるヒトクローンそのものを生み出す必要があり、その唯一の成功体が桜だった。

 患者自身の体細胞から作った新品の臓器を、じぶんの弱ってしまった臓器と置き換える。

 もともとじぶんの細胞であるため拒否反応もなく、ドナーを待つもどかしさもない。

 ドナー待ちの患者にとったら、これ以上ない夢のような治療法。

 たしかにそうかもしれない。

 ――けれど。

 そんな話、到底納得できるわけがない。

『そのために桜が犠牲になるなんて、そんなのぜったいおかしいよ……! 心臓移植なんかしたら、桜は死しんじゃう。桜は人形じゃない。実験動物でもない。僕たちと同じ感情がある、命があるひとじゃないの!?』

 蝶々さんは僕の叫びを受け止め、頷く。

『うん……そうだね。クローンを人間の勝手な都合で生み出して利用するのは間違ってる。だけどそれは、当事者たちから言わせれば、ただの理想でしかないのも事実』

 悔しさのあまり、僕は強い口調で『そんなことない』と言おうとした。が、それより先に、蝶々さんが僕に言う。

『じゃあしおちゃんは、もし桜ちゃんが心臓の病気になって、彼女を助けるためにはクローンを作って臓器を移植するしかないってなったら、どうする?』

『えっ……』

 言葉に詰まった。

『いつ現れるか分からないドナーを待っていたら、桜ちゃんは間違いなく死ぬ。だけど、クローンを使えばもしかしたら助かるかもしれない。もしその立場になったら、しおちゃんはどうする?』

 僕は、蝶々さんの問いに答えられなかった。

『私は、夢ちゃんのことも桜ちゃんのことも同じくらい大好きで、大切だった。どっちも救いたかった。だけど、現時点で医療は万能じゃない。私たちは、神さまにはなれない』

 分かっていた。

 蝶々さんは医師として、一生懸命生きようとしている患者や桜を助けたいだけ。

 だけどそれが……だれかを助けることが、ほかのだれかを犠牲にするかもしれないだなんて、考えたこともなかった。

 きれいごとを言っていたのは、僕のほう……?

『しおちゃんは、トリアージって知ってる?』

 聞いたことはある気がするが、意味は知らない。僕は首を横に振る。

『救命の現場で多くの負傷者がいたときはね、いのちの選別をするの』

『いのちの、選別?』

『多くのひとを助けるために、現場の状況や医師の数、その他の条件を考慮して、確実に助けるために、助けるひとに優先順位をつけるの』

 ――優先順位。

『助けを求めているひとがたくさんいるとき、たとえばとても重い症状のひとがいたとする。だけど、そのひとを診るには時間があまりにもかかり過ぎる。そのあいだに助けられるはずのひとが、死んでしまう。そんなことにならないように』

『じゃあ……治療に時間のかかる重症患者は、見殺しにするってこと?』

『言葉は悪いけど、そう。いのちを救うことは、時と場合によっては犠牲が伴うことがある』

『そんなの不平等だよ』

『そのとおりよ。だけど、私たちの手はふたつしかないし、できることもかぎられる。このふたつの手で、より多くのひとを助けるにはどうすればいいか、考えて決断しなきゃいけない』

『…………』

『もちろん、私たちはその選択を是とも非とも言わない。結果の判断をしていいのは、当事者だけだと思ってる。見方は、ひとによって変わるから。助かったひとは是だと言うし、犠牲になったひとたちは非と言う。難しいことを言うようだけど、なにかを選べばそこには必ず不平等が生じるの』

 死を前にした人間は、なににでも縋るだろう。ハイリスクだろうが、なにかを犠牲にしようが、みんな、少しでも長く生きられるほうを選択する。たとえそれが、倫理的に間違っていたとしても……。

 それを責めることが、果たして僕にできるだろうか。僕が彼らと同じ立場になったら、僕も同じ行動をするのではないか。

『死って、物語ではよく神聖化されていたり、ロマンスの要素に使われたりするけれど、本当はね』

 ――ただただ悲しいだけ。

 蝶々さんは苦しげに顔を歪ませる。

『……それからね、もうひとつ』

 最後、蝶々さんは僕に言った。

『あと一ヶ月なの』

 僕は目を伏せる。

『……なにが、ですか』

 聞きたくなかった。だけど、聞かなければいけなかった。この闇へ踏み込んだ僕には、その責任があった。

『桜ちゃんの、余命』

 僕は、何度目か分からない目眩を覚えた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ