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レプリカは、まだ見ぬ春に恋を知る。  作者: 朱宮あめ


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35/52

第35話

「……ごめんね。これ以上は、言えないわ」

 蝶々さんが目を伏せる。突然線引きをされ、僕はたまらず蝶々さんに食い下がる。

「ちょっと待ってください。もっと彼女のこと、教えてください」

 食い下がる僕に、蝶々さんは首を振る。

 そんなの困る。これでは、ただ疑問が増えただけだ。このまま引き下がるわけにはいかない。こんな中途半端なところで引いてたまるか。

「教えてください。僕は興味本位で聞いてるわけじゃない。移植をしなくてよくなったのなら、なんで彼女は今も入院してるんですか? ……なんで彼女は、もうすぐいなくなっちゃうなんて言ってるんですか?」

 詰め寄ると、蝶々さんは苦しげに唇を引き結んだ。

「……知っても、どうにもならないよ。しおちゃんが辛いだけ」

「それでもいいです。辛くても、後悔するよりいい」

 僕は頭を下げるが、しかし、蝶々さんは口を閉ざしたままだった。

「踏み込まなかったことを、後悔したくないんです。蝶々さんみたいに」

 僕の言葉に、蝶々さんは少しだけたじろいだ。けれど、かまうもんか。気持ちが大事だと言ったのは、蝶々さんなのだ。

 この街に来た頃僕は、ひととかかわる気なんてこれっぽっちもなかった。面倒だし、だれかを傷付けたくないし、傷付けられたくもなかったから。……だけど。

 僕はぐっと拳を握る。

 今は、違う。今は、変わりたいと思っている。

 間違えたと気付いたときはどうするべきか。転んだときは、どうするべきなのか。

 気付きや後悔は成長の証なのだと、彼女が教えてくれたから。

 子どもだって知ってることを、すっかり忘れていた僕に。

「僕は……桜のおかげでいろんなことを思い出せました。花の色とか生き物の温度とか、匂いとか。当たり前のことだけど、見落としてしまいがちなこと、たくさん……思い出せたんです」

 途中から、声が震えていた。

 仔猫が小さくてふわふわしているということも、お弁当が美味しいのも、虹が儚いものだというのも。

 この世のすべてが当たり前なんかじゃないということを、桜が教えてくれた。

 僕の考えがだれかにとっての当たり前じゃないということ。だれかの考えが、僕のなにかを変えるかもしれないということ。

 桜が、この世界の広さを教えてくれた。ひととかかわることの楽しさを思い出させてくれた。

 蝶々さんは、僕の訴えを遮ることなく静かに聞いていた。

「……最近、しおちゃんはすごくいい顔するようになったなって思ってたんだ。桜ちゃんのおかげだったのね」

 そっか、と蝶々さんは何度も呟いて、目元を拭った。泣いているようだった。

「……分かった。だけど、約束して。これから話すことはぜったいにだれにも話さないって」

 これから聞くことは、それだけ重要なことなのだと、蝶々さんの目を見てはっきり感じる。だからといって、逃げる選択肢は僕にはなかった。

「……分かりました」

 僕は力強く頷いた。

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