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レプリカは、まだ見ぬ春に恋を知る。  作者: 朱宮あめ


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第19話

 それから一週間後のこと。

「美味し~い!!」

 学校の中庭に、千鳥さんの歓声が響いた。

 先日約束した例のお弁当を、約一週間ぶりに千鳥さんに捧げたのだ。お弁当を前にした彼女は、まるで子どものようにはしゃいで喜んだ。

「これ、本当にいいの!?」

 僕は苦笑しつつ、頷いてみせる。

「君がこれがいいって言ったんだから。僕は購買のパンがあるし」

 と、僕は購買で買ったクリームパンと焼きそばパンを掲げてみせる。

「うわっ、これって前にもらったのと同じ玉子焼きだよね!? え、しかもこのご飯に乗っかってるのって、もしかしてふりかけ!? わぁ、ご飯もあったかい! しかももちもちしてる~!」

 想像以上の反応に、僕と涼太は若干呆気にとられていた。

「いや、夢ちゃん大袈裟すぎでしょ。まるでご飯を初めて食べたひとみたいになってるよ」

「えっ、うそ!? ごめん! ひとりで騒いで」

 まぁ、べつに騒ぐのはかまわないのだが。

「……あのさ、今さらなんだけど……千鳥さんっていつも病院食食べてるんだよね?」

 おずおずと訊ねると、千鳥さんは玉子焼きを咥えながら、笑顔で頷いた。

「そうだよ」

「その……こういう食事って、しても大丈夫なの? 食事制限とか、あったりしない?」

「あー、うん! それはぜんぜん大丈夫だよっ」

 その反応はいつもより歯切れが悪いように感じた。が、まぁ、彼女が大丈夫というなら大丈夫なのだろう。そう思うことにして、僕はそれ以上詮索することをやめる。

「それよりこの玉子焼き、本当に美味しいねぇ」

「……そう?」

「うんっ! 美味しいものを食べたときに言うあれ、なんだっけ。……あ、そうそう、ほっぺたが落っこちそう! っていうあれ、こういうときに使うんだねぇ」

「なにそれ」

 千鳥さんは、大袈裟過ぎるくらいに僕があげたお弁当を絶賛している。

 蝶々さんのお弁当は、たしかに美味しい。だけど、彼女の反応はいささか過剰な気がした。

「まぁいいや。とりあえず、あんまり食べ過ぎないでよ。僕、君の身体に責任持てないし」

「分かってるってば。なーんか、汐風くんってお母さんみたいね」

「なっ……そんなことないだろ」

「あるよー。なんていうか、小うるさい感じが」

「はぁ!? それは君が無茶ばかりしてるからで……」

 僕と千鳥さんの言い合いが始まると、すかさず涼太が間に入ってくる。

「あーはいはい。分かったから。ったく、ふたりは仲良いなぁ」

 まったく、千鳥さんが転校してきてからというもの、僕の学校生活はがらりと変わってしまった。

 まず、にぎやかになった。

 僕と千鳥さんのすぐそばには、最近仲良くなった奈良涼太の姿がある。

 奈良と僕、それから千鳥さんは、初めて一緒に過ごしたあの昼休みから順調に距離を縮めていた。

 特に、奈良とは入学当初とは比べものにならないほど仲良くなった。

 今では、奈良のことを涼太、涼太は僕のことを汐風、とお互い名前で呼び合うほど打ち解けた。

 そして、さらにもうひとり。

「――夢ちゃんてば、お弁当ひとつではしゃぎ過ぎじゃない?」

「だってこれ、本当に美味しいんだもん! (あや)ちゃんも食べてみなよ」

「い、いいよ、私は……」

「いいからいいから。ほら、あーん」

 千鳥さんのとなりには、女の子がいる。

 ボブヘアで、背の低い女の子だ。

 彼女の名前は志崎(しざき)彩。

 千鳥さんと同じ二組の女子で、千鳥さんいわくクラスでいちばん最初に友だちになった子らしい。

 かくいう志崎さんは、千鳥さんの前では自然体だが、僕たちの前では……というか、主に涼太の前ではかなり緊張気味だ。

 千鳥さんが言っていた。彼女は涼太のことが気になっているらしいと。

 彼女たちの恋を応援するという名目もあって、近頃の昼休みは僕たち四人で過ごすようになっている。

 あっという間に学生らしい日々を送るようになった僕だけれど、僕は今、千鳥さんのことで少しだけ悩んでいる。

 それは、彼女の名前のことだ。

 彼女はこの学校で、千鳥夢と名乗っているのである。僕に名乗った、『桜』という名前ではなく。

 最初は聞き間違いかと思ったが、クラスメイトだけでなく、先生も彼女を『夢さん』と呼んでいるから間違いはない。

 ――千鳥夢。

 それが、この学校での彼女の名前であった。

 しかし、出会ったとき、彼女は僕に、じぶんは千鳥桜だとはっきり名乗ったのだ。

 では、僕が彼女と出会ったときに教えられた名前はなんなのか。

「夢ちゃーん! 見て、四つ葉のクローバー見つけたよ! 前に見たいって言ってたっしょ!?」

「えっ! 見たい! どれどれ!?」

 千鳥さんが涼太に呼ばれてベンチから立ち上げる。その反応に、不自然さはない。だけど、僕にはどうもしっくりこない。

 この違和感を彼女に直接訊ねてもいいものかと悩んでいるうちに、もう一週間が経っていた。

 僕は未だに、彼女の素性を知れずにいる。

 ため息混じりに購買のパンにかじりつく。ふとスマホを見てハッとする。

「あれっ。千鳥さん、そろそろ帰る時間じゃない?」

「今何時?」

「十二時半」

 あと数分で予鈴が鳴る。

「あーそっかぁ。じゃあそろそろ帰んなきゃ」

 名残惜しそうにしながら立ち上がる彼女とともに、涼太も立ち上がった。

「昼休みってマジであっという間だよなぁ」

「ほんと。もう少し長ければいいのにね……」

「さてとっ、じゃあ汐風。俺、五限の準備あるから先戻ってるな」

「分かった」

「あっ、じゃあ私も戻ろうかな。歯磨きしたいし」

 涼太が立ち上がると、志崎さんも慌てた様子で立ち上がりながら、まるで用意しておいた言葉を並べるような口調で言った。

 そのあと、なにやら意味深に千鳥さんと目配せをしている。

 なんとなく察して、僕はそっとしておく。

 女の子には女の子なりのアプローチの方法があるのだろう。

 彼女のひそやかな好意には気付かないふりをして涼太と志崎さんを見送ったあと、僕と千鳥さんはふたりで昇降口へ向かった。

 その道すがら、千鳥さんが言う。

「あのね、汐風くん。彩ちゃんは好きになっちゃだめだからね」

「え、なにいきなり」

 突然の話題に、僕は困惑の眼差しで千鳥さんを見る。いきなりなぜそんな話になるのだろう。意味が分からない。

「だって汐風くん、今日なんか彩ちゃんのことすごく見てたからさ」

「いや、べつにそんなことないよ。そもそも、昨日今日知り合ったばかりのひとを好きになんてならないだろ」

「……え」

 千鳥さんの足が止まる。僕も歩くのをやめて彼女を見た。

「え、ってなんだよ」

「……や、べつに。でも……ふぅん、そうなんだ。ふぅん」

 千鳥さんは口を尖らせている。なんだかご機嫌ななめのようだ。なぜだ?

「なんだよ、その反応」

「べつにぃ? ……あ、そうだ汐風くん。それならちょっと協力してほしいんだけどさ、今週末ってなにしてる?」

「週末? 週末は特になにも予定はないけど」

「ほんと? じゃあ日曜の朝十時、紫之宮神社に来てくれないかな?」

「まぁ、いいけど……なにかあるの?」

 訊ねると、千鳥さんは、

「恋のキューピットになるんだよ!」

 と、これ以上ないくらいのドヤ顔をした。

「……はっ? キューピット? いや、なにそれ?」

 僕は眉を寄せ、千鳥さんを見る。

「今ね、彩ちゃんとふたりで告白大作戦を考えてるの! ほら、彩ちゃん涼太くんのこと好きでしょ? できれば海とかロマンチックなところでの告白がベストだって考えてたんだけど、それはなかなか厳しいってことで、とりあえず映画デートをすることになっててね。たぶん今頃、彩ちゃんは勇気を出して涼太くんを誘ってる頃だと思うんだよね!」

「……いや、それ僕たちになんの関係もないじゃん。デートってことはふたりで行くんだろ? それならなおさら、邪魔しちゃダメだろ」

「分かってないなぁ。陰ながらサポートするのが恋のキューピットでしょ! こっそり尾行して、ふたりが上手くいくようにサポートしてあげようよ!」

「なにそれ……ぜったい余計なお世話だよ」

 というか、とてつもなく面倒くさいのだが。どうして僕が、休日にひとのデートを盗み見なきゃならないのだ。

「とにかく、日曜日に紫之宮神社の桜の木の前に集合ね! それじゃまた!」

「えっ、ちょ……!?」

 慌てて呼び止めようとするけれど、彼女が昇降口を出ると同時に予鈴が鳴ってしまった。

 次の授業は体育だ。本鈴が鳴る前に、着替えを済ませて体育館に行かなければならない。

「やばっ」

 僕は急いで教室へ向かった。


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