第17話
「ねぇ、ふたりって同じクラスなんでしょ? 仲良しなの?」
あっという間にお弁当を食べ終えた千鳥さんが、僕たちを交互に見て訊いた。
僕は箸を手を止め、首を振る。
「べつにそういうわけじゃないけど――」と、僕が否定するより先に、横から奈良が「そうだよ!」と軽い口調で返した。
「っは!?」
びゅん、と音がしそうなほど勢いよく奈良へ顔を向けると、奈良は首を傾げていた。
「え、なんだよ、俺たち友だちだろ?」
「いや、いつから……?」
「いつからって、最初から」
最初から!?
「いやいや、僕、奈良と話したの、ほぼ今日が初めてなんだけど?」
僕は奈良と友だちになった記憶など、これっぽっちもないのだが。
「でも、席前うしろじゃん?」
「席が並んでるからって友だちじゃないだろ……」
「えっ、俺は同じクラスになった時点で全員友だちだと思ってたけど?」
「どんな理屈だよ……」
「あ、それよりさ、千鳥さんって、下の名前なんて言うんだっけ?」
奈良の奔放さに若干呆れていると、彼はあっさり話題を彼女へ変えた。自由なところが彼女に若干似ている気がする。
「私? 千鳥夢だよ」
千鳥さんはまるで用意しておいた言葉を並べるように、そう答えた。
「え」
僕はといえば、思わず声が出た。
だって、彼女が名乗った名前がおかしい。彼女の名前は、桜のはずだ。
千鳥桜。
初対面のとき、彼女はそう名乗っていた……はずだ。
聞き間違えたのだろうか?
僕は困惑気味に千鳥さんを見る。彼女はといえば、困惑する僕を見てどこか気まずそうに微笑んだ。
それについて追求できる雰囲気ではない。
「へぇ、夢ちゃんかぁ……。あ、俺は奈良涼太! よろしくな」
「うん、よろしくね」
奈良は当たり前のように彼女の名乗った名前を受け入れ、呼んでいる。そして、彼女もまた当たり前のように反応していた。
桜じゃなくて、夢。
やっぱり、僕が聞き間違えたということなのだろうか。
「気軽に夢って呼んでね! ……汐風くんも、ね?」
「……あ……うん」
ぎこちなく頷きながらも、その眼差しには強い違和感を覚える。
彼女らしくない、と感じたのだ。うまく説明できないけれど。
なにも言えなくなっていると、彼女の視線がふっと僕の手元に移動した。やはり移り気のようで、彼女の興味はお弁当といっしょに持ってきた文庫本に流れたようだった。
「あっ! ねぇ、これって汐風くんの本? 私も見ていい!?」
「あ……う、うん。どうぞ」
「あっ、それ、俺も気になってた! 錦野、いつもそれすごい集中して読んでたから」
「えっ、そうだった?」
千鳥さんだけでなく、奈良も食いついたことに驚いた。
「うん! 話しかけるの悪いなって思うくらい」
奈良の言葉には、悪意も他意も感じない。
奈良の言うとおり、僕は教室ではずっとこの本を読んでいた。はまっていたというより、クラスメイトたちに話しかけられないように。
ちょっと悪いことをしたかもと反省する。
「『生まれ変わっても、また君と』……。すごい素敵なタイトル!」
「なぁ、錦野。この本って、どんな話なんだ?」
ふたりから一度に訊かれ、僕は本の表紙を見る。表紙には、一面青い世界に描かれた男女の姿とタイトル。
「これは……えっと、未来からきた女の子と、現代の男の子との青春恋愛小説だよ。ちょっとSF入ってるけど」
「未来からきた女の子と、現代の男の子の……ふぅん。そうなんだ」
千鳥さんは本の表紙をじっと見てから、顔を上げて僕を見た。
「ねぇ汐風くん、この本面白い?」
「……うん、面白いよ」
「そうなんだ。じゃあ、読み終わったら私に貸してくれない?」
「……まぁ、もう読み終わるし、いいけど」
「やったぁ! 約束ね!」
「あっ、それなら俺にも貸してよ! 夢ちゃんの次でいいから」
「分かった」
「ふふっ、楽しみだね!」
「だな! 『生まれ変わってもまた君と』なんてめっちゃエモいタイトルじゃん」
「生まれ変わっても、かぁ。ねぇ、ふたりは生まれ変わったらなにになりたい?」
相変わらず突然に、千鳥さんが言い出した。
「え?」
突然の質問に、僕は呆ける。となりで奈良が元気よく手を挙げた。
「はいはい! 俺は鳥! 鳥になりたい!」
「えっ、なんで?」
僕の問いに、奈良がすっと顔を空へ向ける。
「空飛んでみたいから!」
「あーたしかに!」
千鳥さんも嬉しそうに空を見上げる。
僕もふたりにならって空を見上げてみるけれど、あまりの太陽の眩しさに目を細めた。太陽へ手を翳し、光を遮断する。
「鳥かぁ……」
手を翳して空を仰いでいると、指の隙間を鳥の影が横切っていった。
空ってどんな感じなのだろう。
飛行機に乗ったことがないから、空から見た景色というものをいまいち想像できないけれど。
「風を切るのって、きっと気持ちいいんだろうなぁ」
想像してみる。障害物のない真っ青な空のなか、雲を抜け、風をあやつり、自在に飛ぶ鳥。たしかに気持ち良さそうだ。
「ねぇ、汐風くんは、もし生まれ変わるならなにになりたい?」
目を閉じて空想にふけっていると、千鳥さんが僕に訊いた。
「僕は……」
答えに戸惑い、僕は千鳥さんに訊き返す。
「……千鳥さんは?」
「私? 私はねぇ……まだ分かんないや」
「えっ、そうなの?」
「……うん」
少し意外だった。
明るい彼女なら、笑顔で『生まれ変わってもまた私になりたい!』とか言うかと思ったのだが。
どこか寂しげな彼女の横顔に、僕の脳裏になぜかあの神社の桜の木が過ぎった。
その横顔と、不可思議な記憶の断片が気になりながらも、僕はそれ以上深く訊ねることはしなかった。




