第15話
「……君ってほんと、変なひとだね」
「えっ! なにそれ、ひどい!」
千鳥さんは口を尖らせてふん、とそっぽを向いた。
相変わらず怒りかたが小二だな、と思いつつ、僕はポケットから財布を取り出す。自動販売機に小銭を入れ、サイダーの真下にあるボタンを押した。
ガコン、と大きな音とともにペットボトルが取り出し口に落ちてくる。
もう一度同じ工程を繰り返して、僕はふたつのサイダーを手に取った。そのうちのひとつを彼女に差し出す。
「え……くれるの?」
「うん。入学祝いってことで」
「あ、ありがと……」
千鳥さんはそろそろと手を伸ばし、僕からサイダーを受け取った。
「すごい……! なんか、水がきらきらしてるよ……!?」
「炭酸だからね。振っちゃダメだよ」
「炭酸……!!」
千鳥さんは、サイダーなんかより目をきらきらさせて、僕があげたサイダーを抱き締める。
「ありがとう。一生大切にする!」
「いや、それは炭酸が抜ける前に飲んでよ」
「あ、そっか。えへへ……あ、ねぇ汐風くん。今日のお昼休み、また会いに来てもいい?」
「でも君、午前の授業が終わったら帰るんじゃないの?」
「ここに来るまではそのつもりだったけど……汐風くんとクラス離れちゃったし、昼休みくらいしか仲良くなれるチャンスないんだもん。ダメ?」
千鳥さんは少し不貞腐れたような顔をして言う。
どきり。ストレートな表現に、異性に慣れない僕の心臓は大袈裟に反応してしまう。
「……そ、それはかまわないけど……でも、どうせなら僕とお昼食べるより、同じクラスのひとたちと仲良くなったほうがいいんじゃない? 馴染むためにも」
あくまで、彼女に気を遣ったつもりだった。
だって、僕とかかわったところで彼女に得はない。
僕は、高校に入学してからだれともかかわろうとしてこなかった陰キャの代表のようなもの。一方で、彼女は可愛くて話題の転校生。
僕なんかにこだわらず、もっと明るいひとたちと仲良くなったほうが、より楽しい学校生活を送れるだろうと思ったのだ。
今だってそうだ。
僕なんかといるところを見られたら、彼女がまわりからなにを言われるか分かったものではないし、僕といたせいで彼女にマイナスのイメージがついてしまうかもしれない。
「それは……まぁ、そうなんだけどさ」
出会ってからというもの、いつだって軽やかな返答をしてきた彼女が、珍しく歯切れの悪い反応をした。その顔を見て、ハッとする。
千鳥さんは、現在進行形で入院している。口調こそ明るいけれど、きっと心の内はいろんな不安でいっぱいのはず。唯一知り合いである僕を頼ろうとするのは、当然のことなのではないか。
周りの目を気にするより、僕はまず彼女に優しくするべきだったのではないか。
「ごめん。僕、君の気持ちも考えずに」
慌てて謝ると、千鳥さんは首を振った。
「ううん。私こそ、ごめん」
「……なんで君が謝るの?」
訊ねると、千鳥さんは自嘲気味の笑みを浮かべた。
「……だって私、汐風くんに大きな口叩いたくせにまだだれにも話しかけられてないんだ」
「……だれにも?」
「うん。思えば、病院のひとたちは生まれたときからそばにいてくれて、話しかけるのもなにかを頼むのも当たり前の日常だったから、緊張なんてしたことなかったなって。ぜんぜん知らない大勢のひとのなかに入るって、こんなに怖いことなんだね。知らなかったよ」
罪悪感が胸に広がっていく。
「だから、汐風くんはすごいよ。ちゃんと学校にいるんだもん。すごい」
呟く千鳥さんは、やはり拠りどころのない顔をしていた。
「……そんなこと、ないよ」
彼女に言われて凪と向き合って、心は見えないものだと分かっていたはずなのに。
「……君のほうが、よっぽどすごい」
しゅんとしてしまった千鳥さんに、僕は微笑みを向ける。
「僕だって怖いんだから、君が怖いのなんて当たり前だよ。新学期は毎年緊張するし、本当は今だって……強がって平気なふりしてるだけで、本当はめちゃくちゃ怖い」
「汐風くんも?」
「……うん」
たぶん、本がなかったら僕はこの学校という社会を生きていけない。
「そっか。じゃあ、私たちいっしょだね!」
ようやく彼女がいつもどおりの朗らかな笑みを浮かべる。
「うん……そうだね」
その笑みに、僕の心はまた少しだけ軽くなる。
「……じゃあ、とりあえず昼休みにここに集合ってことで。お昼は教室じゃなくて違うところで食べよう」
「えっ……いいの?」
千鳥さんの顔に、わずかに驚愕の色が滲む。
「……うん」
僕とかかわって彼女がいやな目に遭わないか、心配だけれど。こんな顔をされてしまったら、さすがに断れない。それに、彼女には恩がある。
僕なんかが彼女の役に立てるとは思わないけれど、せめて彼女に友だちができるまではそばにいよう。
頷くと、彼女は花が咲いたような笑みを浮かべた。
「やった! じゃあお昼休み、楽しみにしてるね!」
昼休みに会う約束を取り付けると、千鳥さんは軽やかな足取りでじぶんのクラスに戻っていく。
呑気なうしろ姿に小さく苦笑しながら、ふと思い出す。
「あ、お礼」
凪と仲直りできたことを思い出し、彼女が消えたほうを見る。しかし、そこにはもう千鳥さんの姿はなかった。
まぁ、昼休みに言えばいいか。
僕も彼女のあとを追い、教室へと戻るのだった。




