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星空短編集

星を盗んだ男

作者: 浅葱秋星

 ふあぁと大あくびをした口に手をあて、裕美は窓へ向かった。友人の和美から借りた漫画が面白くて、つい、全部読んでしまっていた。

 カーテンを手で開いて、外を見る。これは、裕美の癖というか、習慣のようなものだった。寝る前に夜空を眺めておきたい、という事だったが、月や星空が見えると、なんとなく気分よく眠れる気がしたからだった。


 今日もそうして夜空を見ていると、雲が多く、雲間からちらほらと見える星では、どの星座かは直ぐには分からなかった。

 その、裕美の視界に、すうっと、光が流れて、一瞬、パアッと明るく輝いた。


――あ、火球だ!


 カーテンを持つ手に力が入った。次の瞬間、雷が落ちた時のような、大きな音が響き渡った。窓がびりびりと震える。

 その音に裕美はカーテンを握っていた手を離した。カーテンで窓が隠れる。

「びっくりしたぁ」

 裕美はそっと、カーテンを開いた。大きな音に、何事かと近くの家々で明かりが灯る。火球を何度か見たことがある裕美だったが、音を聞いたのは初めてだった。

 近くに隕石が落下したのかもしれない。 火球が流れた方向は学校と同じ方角だった。気にはなったが、夜遅く、眠ろうかと言う時間に外に出るわけにもいかない。

 外を気にしつつも、カーテンを閉めた。


「なんだか眠そうだね」

 生あくびを噛み殺す裕美を見て、友人の和美が声をかけた。

「ちょっと寝付けなくて。みんななんか騒いでるけど、なんの騒ぎ?」

 スマートフォンを見ながら何か言いあったり、男子は身振り手振りで声をだして賑やかだ。

「ああ。近くの家に、隕石が落ちたんだって。テレビのリポーターとか来てたみたいよ。星の好きな裕美が知らないなんて珍しいこともあるのね」

「え、朝ニュースを見たときには何も無かったよ」

 火球が流れた、というニュースは見たが、隕石落下は知らなかった。

「分かったのが朝になってからだからじゃないの。学校の近くの家だし、学校に来る途中でインタビューしているの見たって子もいたわよ」

「へえ」


 昼には、隕石落下はネットのニュースでも見ることが出来た。野球のボールくらいの大きさの隕石で、ほぼ鉄などの金属で出来た、隕鉄、と言われるものだったらしい。

 それが、落下した家の物置の屋根を突き破って、中にあった雑誌などをいれた段ボール箱に半ば突き刺さっていたという。

 隕石は天文台の職員が出向いて鑑定するとかで、まだ落ちた家の人が持っているらしかった。


――家に隕石が落ちて来るって、どんな感じなんだろう。


 ちょっと、ロマンというより若干の恐怖もあるが、落ちてきた隕石、と言うものを直に見てみたい、という気持ちもあった。


 その隕石騒ぎは、夜になって更に変な方向へと騒動が大きくなっていた。鑑定された隕石は、その組成から、これまで類例が無いものらしく、かなり珍しいものだと言うことだった。

 持ち主は、そういうものなら、科学的に検証してもらうのが良いだろうと、天文台に譲るということにしたそうだが、いざ隕石を渡そうとしたときになって、紛失していることに気が付いた。

 家には、マスコミや天文台の人や、他に近所の人やら、結構出入りがあったらしい。何時、どうやって盗まれたのか、または、どこかに置き忘れたのか。無くなった隕石のことがまたニュースになった。


 隕石騒動の翌日。裕美は図書館で、天文関係の書架を眺めていた。なんとなく、隕石について調べたくなったのだった。学校の図書館では、それほど関係する書籍は無いようだった。

「裕美ちゃん」

 不意に呼びかけられ、裕美は、ハッとして振り返った。クラスメートで図書委員の由衣が立っていた。「ごめんなさい、おどかしちゃった?」

「ううん。どうしたの?」

 由衣は、両手を祈るように前に組んで、眉根に皺を寄せ、そばかすの少し浮いた鼻は汗ばんでいるようだった。

「ちょっと、相談があるんだけど……」

 深刻そうな顔。同じ図書委員でも、適当に言いくるめて学校の予算で自分の読みたい本を買わせるような和美と違って、由衣はとても真面目な生徒だった。

「何かあったの?」

 ちょっと、裕美も不安になった。

「裕美ちゃんて、星に詳しいんでしょ。ちょっと見てもらいたい物があるの」

「見てもらいたいもの?」


 見てもらいたいもの、というのは、由衣の家にあるらしい。由衣の家は、学校から徒歩十分も無いマンションで、裕美は道すがら、話を詳しく聞いた。

 由衣には、兄がいて、裕美たちとは別の高校に通っていた。その兄が、昨日、なにやらちょっと興奮した様子で帰ってきて、台所で何かを洗っていた。何をしているのか、と尋ねたら、隕石を見つけた、と言う。兄はこのことは誰にも言うな、と言っていたが、学校近くの家に落ちた隕石が紛失したことを後で知って、不安になったのだという。

「でも、隕石は一個じゃないかもしれないし」

 裕美は慰めるつもりでそう言った。学者の見解では、落下する前に分裂して、大きいものは紛失した隕石だが、それ以外にも見つかるかもしれない、ということを言っていた。珍らしい隕石と聞いて、探している人もいることは確かだった。

「そうだと良いんだけど……お兄ちゃん、いつも危なっかしいし」

 由衣の家について、中に入った。

「おじゃまします」

 由衣の後について行く。部屋は奥の方だった。

「あ、そうだ、由衣ちゃん、磁石とか無いかな?」

「磁石? ちょっと待ってて」

 暫くして、由衣はU字型の磁石と、スプレーのようなものを持って戻ってきた。

「これでいい?」

「うん」

 由衣は先に立って、兄の部屋へ案内した。

「ちょっと、まってて」

 そう言って中に入ると、シューっと、スプレーの音がする。

「どうぞ」

 中から由衣が顔を出した。

「勝手に入っていいの?」

「部屋にいるときはカギをかけたりするけど、出かけるときは適当だから。お母さんに掃除もさせてるし」

 一人っ子の裕美には、兄妹というものは良く分からないものだった。

「おじゃまします……」

 なんとなく、小声で言って中に入った。思ったよりは、汚くないというか、それほども物がなく、殺風景に近かった。ベッドに机。机には漫画雑誌が置いてあって、その上に、白いレジ袋があり、その真ん中に、黒い石が、無造作に置いてあった。

「あれ?」

 裕美が石を指さすと、部屋の真ん中辺りで由衣が頷いた。隕石にはあまり近付きたく無いらしい。裕美が近づいて、ゆっくりと磁石を近付ける。カチン、と石にあたった。裕美はもう一度近付ける。手ごたえはない。磁石は表面を滑るだけだった。

「隕石じゃないよ。ただの石みたい」

 裕美の声に、とすん、と由衣はその場に座り込んだ。よっぽど、気にかかっていたようだ。

「だいじょうぶ?」

「うん。良かった……」

 裕美は石を拾あげて、眺めてみた。黒くて重い。すこし、白い筋のようなものも見える。河原を探せば見つからないこともないような石だった。

「この際だから、もっとちゃんと見てもらおうか」

 裕美たちは、学校に戻って、職員室に向かった。目当ての地学の教師は新聞を読んでいた。

「先生、これが隕石だっていう人がいて。私は違うと思うんですけど」

 裕美は持ってきた石を教師に見せた。

「隕石? いま騒ぎになってるやつか。どれどれ」

 新聞を机に置くと教師は石を受け取った。

「んー、これはカルセドニーってやつだな。質の良いものは、ブラックオニキスとか言って、宝飾品にもなる。ま、隕石じゃあ無い。残念だったな」

 教師は笑って、ぽん、と石を裕美の手に戻した。


「へえ、裕美が探偵みたいなことしたんだ」

 友人の正美がちょっと関心したように言う。正美の叔母の喫茶店には、和美も含めて何時もの三人が集まっていた。

「まあでも、お兄ちゃんの事、あんなに心配するんだなーって、ちょと関心しちゃった」

 生真面目な由衣の顔を思い浮かべて、裕美が誰にともなく言う。

「由衣ちゃん真面目だしね。あたしのくそ生意気な弟と交換したくなるね」

 正美が言う。

「裕美も、妹が欲しくなったの? お母さん、まだ三十代でしょ? 頼んでみたら?」

 和美が悪戯っぽい目で言う。

「ええ、何言ってるの」

 変な方向に話が向いてしまった。

「やめときなさい。年の離れた姉妹も結構大変よ」

 実感のこもった声で正美の叔母の知佳がいう。

「結局、あの隕石って見つかったの?」

「持ち主の息子が、勝手に売り払ってたらしいですよ」

 と和美。

 隕石は、持ち主の息子が、オークションサイトで売りにだし、外国の鉱物商が、数百万円で落札していて、それはそれで問題になっていた。持ち主は、息子のしでかしたことなのでそれ以上は追及せず、オークションは成立していた。

「まあ、その後、その鉱物商が、数千万で売りに出してますけどね」

「世知辛い世の中ねえ」

 知佳が首を振る。


 不意に落ちてきた隕石は、静かな町にちょっとした騒動を巻き起こして、身近な人の人間模様まで露わにしていた。

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― 新着の感想 ―
初めまして。繊細で落ち着いた書き方で、ゆったり読めました。
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