9 変異種の出現
訓練場に警鐘の音が鳴り響き、皆訓練を中断し、静かに待機する。
伝令係の伝言魔法が飛んできた。鳥の形をした魔法は私の肩に留まり大声で情報を伝える。
「ジネットお嬢様! 南の森にコボルトの群れが現れました。数およそ六十。壁を越えられず。周囲を取り囲んでいる状況です。壁の外にいる者は既に避難が終わりました。被害者は巡回の兵士三名。突然襲われたようです」
イヌ科の小型魔獣のコボルトが何故?
いつもなら森の奥で静かに暮らしているはずだけど。巡回の兵士が何かしたとは思えない。
「コボルトは城壁を越えることはない。引き続き警戒を。私は原因を探してくるわ」
「畏まりました!」
―ピィィ
首から下げている竜笛でマリリンを呼ぶ。
「ジネット嬢、一人で行くのはよくない」
レオ様が心配して駆け寄ってきた。
「レオ様も一緒に行きますか?」
「ああ。君が良ければ」
「ではローダ、カイン、ザナット、レオ様と共に準備を」
「「「ハッ」」」
私は胸当てとガンレッドを装着し、大斧を持った。訓練していた人たちはマリリンが降り立てるように端に移動する。
その間にレオ様たちも準備をし、小型のドラゴンの騎乗に向かった。
グルルルッ。
「マリリン! 南の森に向かって欲しい」
マリリンは顔を近づけてきたので撫でながらお願いし、背に乗った。
マリリンは浮上し、南の森に向かう。離れたところでレオ様たちも付いてきている。
こうして誰かと出るのは久しぶりだわ。
嬉しい気持ちもあるけれど、彼らを守らなければならない責務の方が大きいかな。
私はマリリンとコボルトが普段テリトリーとしている場所に向かった。
……森がぽっかりと穴を空けて地面が露出している。
木々はなぎ倒され、所々毒で変色し、焦げた跡がある。
コボルトは何かに襲撃されてテリトリーを捨てて逃げてきた?
私とマリリンは地面へ降り立った。レオ様たちも後に続く。
「何があったのかしら」
毒を持つ敵……。
気を付けないといけない。
どんな毒なのか。
火を吐いて毒も使う魔獣なんて殆どいない。変異種なのだろうか。
「ジネット嬢、気を付けるんだ」
毒を見ていた私にレオ様が心配してくれている。
「ありがとうございます」
警戒しながら周囲を見回していると、マリリンが一点を見つめて警戒音を鳴らす。
「ジネット嬢?」
「シッ! 何かが来る」
レオ様を制した瞬間。
木々を揺らしながら森の奥から二つ頭のケルベロスが出てきた。変異種のようで体躯も大きい。片方の頭は口から火が漏れ、もう片側からは毒液を垂らしている。
「下がれっ!」
私の合図と共に三人は後ろへ下がり、剣を構え距離を取る。
レオ様はその場で剣を構えている。
……どうしよう。
この距離では彼を巻き込んでしまいそうだ。
そう思っていると、ローダがレオン様の腕を掴み、「このまま相手に視線を向けたまま下がって下さい」と引っ張り、私と距離を取った。
……大丈夫そうね。
マリリンも頭を低くし、戦う気でいるようだ。
この中で一番小さな私が一番の標的になりやすい。
思った通り、ケルベロスは火球を私に向けて吐いた。
「ジネット嬢、危ない!」
私が大斧で火球を割ったと同時にレオン様の声が聞こえてきた。
私は頷いて返す。
大丈夫。
これくらい問題ないわ。
身体強化で大きく飛び跳ねた勢いのままケルベロスの頭に大斧を叩きこむ。
ギャアァァ!!
そのまま大斧をぐるりと振り上げと隣の頭を斬った。だが、残念なことに二回目は深くは入らなかった。ケルベロスは血しぶきを上げ、後ろへ下がった。
グルルルッ。
マリリンは私の攻撃した後に火球を吐き、ケルベロスに飛び掛かった。ケルベロスの背に爪を立て、上空に一気に持ち上げて地面へ叩きつける。
ギャンッ!!!
ケルベロスが声を上げて倒れたところをまた爪を立てて噛みつき、体の一部を引きちぎる。
何度か同じことを繰り返し、ケルベロスはようやく動かなくなった。
「ケルベロスの変異種だったわね」
私は魔獣の血を被ったまま振り返る。
「この辺に変異種が出るのは珍しいですね」
一人は普段通りにタオルを取り出し、渡してくれ、あとの二人はケルベロスの被害状況の確認を始めた。
「レオ様、怪我はありませんでしたか?」
「……あ、ああ。君はいつもああなのかな?」
「? ええ、いつも一人で行ってマリリンと協力して倒します」
「そ、そうか」
レオ様の顔色はなんだか悪い。
初めて魔獣を倒すところを見たから?
私は心配し、のぞき込んだけれど、レオ様は視線を反らしてしまった。
「お嬢様、血がついていては魔獣が寄ってきますので、すぐに帰還しましょう」
「そうね。レオ様、行きましょう」
「ああ。そうだな」
いつもならレオ様は私に手を差し伸べてくれるのだが、私を見ることなくドラゴンに騎乗し、さっと邸へ戻ってしまった。
「マリリン、このケルベロスを焼いてくれる?」
グルルルッ。
ケルベロスの肉は興味がないらしく、マリリンは私の言葉に一鳴きし、ケルベロスに向かって火を吐いた。
ある程度焼けば毒も無毒化されるのでこのまま放置していれば森の生物たちが処理してくれるだろう。
轟々と燃えるケルベロスに魔法で水を掛け、鎮火させた後、私たちは邸に戻った。
「お嬢様、お帰りなさいませ」
「ただいま。今日はマリリンが頑張ってくれたから後で餌を奮発しておいて」
「畏まりました」
厩舎の職員に声を掛けて私は邸の中に一人戻った。
「お嬢様、お帰りなさいませ。今日もご苦労様でした。入浴の準備ができております」
「ケイティ、ありがとう」
私はぽつりと言葉を漏らした。
「レオ様は疲れていたのかな……」
私はポチャリと湯に浸かりながら目を閉じてゆっくりと疲れを癒した。




